【パメラ・ホーガン監督「女性の休日」】1975年10月24日のアイスランドの社会運動。ドキュメンタリーの過去映像にはビョークの姿も!?

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、浜松市中央区のシネマイーラで12月25日まで上映中のパメラ・ホーガン監督「女性の休日」を題材に。
大まかな情報だけで劇場に足を運んだ。冒頭から示唆的なモノローグ。「雪原に足跡をつけても、すぐに埋もれてしまう。足跡は記憶の象徴とも言える。雪に埋もれないよう、気をつけなくては」
 
カメラが切り替わり、一人の女性のインタビューのシーンになる。どうやらアイスランド人らしい。簡潔な英語で受け答えしている。こんな話をしていた。「子どもの頃、将来の夢を聞かれたら『船長になりたかった』と答えた。でも周囲の大人は言った。『無理だよ。女の子だからね』」
 
1975年10月24日、アイスランドの全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ「女性の休日」。世界で最もジェンダー平等が進んだアイスランドだが、このムーブメントは画期的だった。これをきっかけ女性の価値が認められ、さまざまな領域で男性と女性の立場が同等となった。
 
さて、冒頭の女性はその後どうなったか。映画の最終盤で明かされる真実に、驚愕した。これは自分の無知があってのことだからほめられたことではない。だが、映画の結末として胸がすく思いがした。ドキュメンタリーなのに、大きな物語の理想的なハッピーエンドのように感じられた。
 
71分の比較的短い作品である。「女性の休日」運動の当事者だった人々の証言と、ポップなアニメーションで構成されている。アイスランドの首都レイキャビクの広場を埋め尽くす女性の群衆に圧倒される。
 
ただ、そこに「憤怒」や「憎しみ」は感じられない。映像や写真に残る女性たちの表情は、一様にやわらかい。証言者たちの口調もどこかユーモアが感じられる。みんながこの運動を「楽しんで」いる様子が伝わってくる。
 
映画パンフによると、右派の人々はこの運動を「ストライキ」という言葉で語るのを嫌がったそうだ。「だったら『女性の休日』にしよう」。この柔軟さがいい。イデオロギーの壁を乗り越えるのは、いつだってユーモアのセンスなのだろう。
 
ホーガン監督は米国人だから、外部の人間、「エイリアン」としてこの国を見つめていることになる。アイスランドのジェンダー平等に対する監督の共感が製作の出発点だが、インタビューを重ねるごとにその思いが深まっていく様子が分かる。
 
本作に感じられる「親密さ」は、人口は40万人ほどのアイスランドだからこそか。本作のエンディング曲を歌う世界的アーティストのビョークは、1975年10月24日のデモの記録映像の中にも映り込んでいるようだ。筆者はそれに気がつかなかったが、10歳のビョークがフルートを手にしてステージを下りる瞬間があるという。
 
近しい人たちとより良い社会を築くために緩やかに連帯した。それが実際の社会変革につながった。現代のおとぎ話のようだ。50年の時を超えたビョークと本作の関わりは、アイスランドという国の魅力に直結しているように感じた。
 
(は)
 
<DATA>※県内の上映館。12月22日時点
金星シネマ(伊東市、 2026年1月2日~18日))
シネマイーラ(浜松市中央区、12月25日まで)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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