AIは電気を食う怪物で原発を増やしても電力は足りなくなる-。政府関係機関から「不都合な真実」が公表され、波紋を広げています。


観測史上最も暑かったこの夏、定番だった節電の呼び掛けが行われなかったことに気付きましたか? 経済産業省はことし5月、早々に夏季の節電要請は「実施しない」との方針を表明、発電の余力ありとの判断したのです。ところが、近い将来深刻な電力不足が懸念され、原発をフル活用しても足りなくなる-。そんな政府関係機関の報告書が公表され、波紋を広げています。

なぜ電力不足なのか。進化する人工知能(AI)は猛烈に電気を食う“怪物”で、脱化石燃料を目指すグリーントランスフォーメーション(GX)も現状では電力で代替せざるを得ない。原発をフル稼働させても危うい。電気のこれからを考えるとき「不都合な真実」だらけの現実に思いを致す必要があると報告書は警鐘を鳴らしています。

四半世紀先の電力需給

報告書をまとめたのは電力広域的運営推進機関(OCCTO=オクト)。電気事業法で規定された経済産業省の認可法人です。中部電力など全国の電気事業者が加入し、非常時の電力融通など電力の安定供給を担っています。

オクトはまず2040年と50年時点で必要になる電力量を調べました。四半世紀も先のことですが、電源開発が10年以上に及ぶことなどを考慮して設定しました。2050年は政府が公約したカーボンニュートラルの達成目標年に当たります。電力消費は経済活動の活発化で増加し、少子化や省エネ技術の進展が減少要因になります。調査はこれらの指標を精査し、需要の伸びを40年時点で2パターン(伸び率約2%、約25%)、50年時点で4パターン(同約7%~約42%)設定しました。

対応する発電量は火力や原子力発電所の状況、再生可能エネルギーの進展などを予測しました。再エネは、近年の動向からDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術による業務変革)やGXの進展と連動して拡大すると推計。一方、火発や原発は経年劣化に伴う建て替え(リプレース)が不可欠で、政府の環境対策や政治的判断に左右されます。技術開発の進展も影響するため有識者や業界団体などへのヒアリングを重ね、供給モデルを構築していきました。

電力充足は4モデルのみ

シミュレーション結果は衝撃的でした。需要、供給のパターンを組み合わせ、2040年時点で4モデル、50年時点で16モデルを設定したところ、発電量が消費量を上回るのは4モデルのみ。いずれも電力需要の伸びが限定的で、かつ火力発電所を全てリプレースしたケースでした。火発は化石燃料に頼るため球温暖化の原因となり国際社会で削減の要請がありますが、需要の増減にかかわらず、火発を使い続けなければ必要な電力需要はまかなえないことが分かりました。

さらに50年時点では、デジタル化やGXの進展に起因する電力使用が総需要の25%まで拡大すると、全ての原発を寿命まで稼働し、かつリプレースさせたとしても電力不足になるとの結果でした。

オクト「将来の電力需給シナリオに関する検討会報告書」より

原発は将来3基に?

原発は、政府が天候に左右されず昼夜安定的に発電できるベースロード電源と位置付け、重視しています。いま、どうなっているのでしょうか。

経済産業省によると、国内には2025年5月時点で33基の原子炉があり、建設中が3基。福島第一原発事故を受けた新規制基準に適合し14基が再稼働を果たしました。ただ、原発の運転期間は法律で原則40年間、最長で60年間と規定されています。原発事故後、新増設の動きは限られ、運転を認められた原発の半数近くが30年以上経過しています。経産省の試算では、今後40年規定を厳格に適用すると、2050年に稼働している原子炉は3基になるそうです。

環境に優しい再エネへの期待が高まります。しかし、太陽光発電はメガソーラーの開発が環境破壊を引き起こす事例が散見され、風力発電では初期投資の増大が企業の参入の阻害要因になっています。政府はエネルギー基本計画で「再生可能エネルギーか原子力かといった二項対立的な議論ではなく、再生可能エネルギーや原子力などの脱炭素電源を最大限活用することが必要不可欠」と訴えています。何をどう優先させ、言力を確保すべきか分からなくなってきます。

「原発脳」を言う識者

オクトの報告書は推計に基づく分析ですから不確実性を伴います。不確実性とはそうならない可能性もあるという意味です。ただ、だから放置していい、とはなりません。危機にはならないとの証明や危機を回避する対応を怠れば最悪の事態が来る可能性があるからです。精査し、他の資料と併用することで政策判断の質を高めてほしい。一部の「不都合な事実」に反論することで全体の価値を貶めたり、自分に「好都合な事実」だけを強調したりする姿勢は避けるべきです。

ところが、オクトの分析に関連し、主要メディアのサイトにアップされた識者インタビューはセンセーショナルでした。インタビューの要旨は以下の通りです。

「とんちんかんな『原発脳』」

日本政府や電力業界の論法は非常に単純で、AIとDX(デジタルトランスフォーメーション)でデータセンターが増える、だから電力需要がものすごく増える、だから原発を増やさないといけない-という三段論法だ。2030年を過ぎたあたりから電力需要の伸びは止まる。全くとんちんかん。日本は再生可能エネルギーの主力電源化を掲げているが、政府も電力会社もそこを飛び越えて原子力の議論を先行させている。まさに「原発脳」だ。


原発脳とは何でしょう。ネットで頻出する俗語で「放射脳(ほうしゃのう)」から派生し、原発政策を巡る批判合戦で多用されます。脱原発論者は原発の危険性を過小評価する人を、原発推進論者は原発の危険性を煽る人たちを、それぞれ批判する際に多用します。放射線が思考を狂わせ、誤った判断に導いているような不気味な印象を与えます。

不確実性が伴う分析に別の解釈や批判的見解があるのは当然です。政府や電力会社に、再エネを軸にした電源確保策に戦略不足があるのも事実でしょう。ただ、異なる見解の表明は冷静な情報発信に徹していただきたい。有識者やオピニオンリーダーが原発政策を巡り「放射脳」や「原発脳」のごときスラングを用いるのは不適切だと感じます。

最も「不都合な真実」

人気バンドback numberの楽曲「水平性」。歌詞に「正しさを別の正しさで失(な)くす悲しみに出会う」とのくだりがあります。この曲は新型コロナウイルスの感染拡大が暮らしと経済に広範な影響を及ぼす中で発表され、インターハイ(全国高校総合体育大会)の史上初の中止で苦渋の経験をした高校生の応援歌になりました。

感染の拡大阻止を優先した正しさに、挑戦の場を切望する自分たちの正しさがかき消される社会に高校生は苦悩したのです。Back numberは「できるだけ嘘は無いように、優しくあれるように、人の痛みを自分のことのように思えるように」と若者に寄り添いました。

私たちは時に、自分が見つけた正しさこそが真実で、周りの人が間違っていると思うことがあります。そして、誰かの、別の正しさを攻撃したくなります。ネット空間ではその攻撃性に拍車がかかります。少数意見に配慮し、話し合いで合意を目指す民主主義の理念とは相いれません。私たちの暮らしを支える電力の議論で、異なる見解を原発脳のごとき表現でこき下ろす識者評論がばっこする言論空間の存在こそ、最も不都合な真実だと感じます。

参考:電力広域的運営推進機関「将来の電力需給シナリオに関する検討会 報告書」
https://www.occto.or.jp/iinkai/shorai_jukyu/index.html
中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

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