
デフリンピックの「デフ」は英語で「耳が聞こえない」って言う意味です。耳が聞こえない、聞こえにくい人のためのオリンピックです。
突然ですが、日本の公用語、つまり公式な場で使う言葉って何か知ってます?
(山田)ちょっとよく分かっていないです。日本語?
(寺田)実は決まりがないんです。もちろん、皆さん当たり前のように日本語を使っていますし、憲法は日本語で書かれていて、国会でも日本語で議論が行われています。事実上、日本語が公用語だと言えると思いますが、実は明文化されていないんです。
でも、世界を見渡してみると、例えばニュージーランドでは、公用語が英語、先住民族が使うマオリ語、そしてニュージーランド手話の三つと決まっています。
(山田)手話も入ってくるんだ。
日本には、手話を禁止した歴史も
(寺田)聴覚に障害がある人は手話を使いますね。手話は手指の動きや表情などを使って視覚的に表現する言語です。手話を使えなくても、「手話というコミュニケーション手段がある」こと自体は認識している人は多いと思います。テレビでは、手話の同時通訳がつく場合がありますよね。でも、災害の発生時や首相会見など特別なときだけです。しかもそれをニュース番組の中で、その場面を取り上げるときには手話がカットされることもあります。必要に応じて地方自治体が手話通訳者を派遣することを義務付けている法律があるんですが、現状では、手話が広く普及して一般的に親しまれているとは言えないと思うんですよね。
(山田)確かに。
(寺田)歴史を振り返ると、実は日本では、手話を聴覚障害者の教育で厳しく禁止した時代があったんです。聴覚障害がある子どもを「聞こえる子ども」と同じように育てるという方針もあって、発音した口の形を読み取る「口話法」を主体にした教育が行われてきました。また、今はないと思いますが、社会的に手話が「手まね」と言われ、聴覚障害者が差別されたこともあったそうです。
(山田)なるほど。
(寺田)でも、口の形を読み取る口話法って、スパイか忍者の修行のようで、集中力が要りそうですよね。また、生まれたときから耳が聞こえない人は自分の声を聞いたことがないので、自分で発したことがないのにその口の形を覚えるって、想像しても難しそうですよね。
口話法にも利点があって今も使われており、現在のろう学校では主に手話を使い、口話法なども合わせた教育が行われているようです。
手話にも種類がある

(山田)えーっ。
(寺田)一つは「日本手話」、もう一つは「日本語対応手話」です。
「日本手話」は、日本語とは文法も語順も語彙も違って、由来をたどると、ろう者のコミュニティーで自然発生したものです。同様に、世界各国にそれぞれの国の手話があるんです。生まれたときから耳が聞こえない人の多くは、このろう者のコミュニティーで発展してきた日本手話を母語としているようです。
一方で「日本語対応手話」は、日本語が先にあって、その文法や語順に合わせて、日本語の単語を手話の単語に置き換えていくものです。日本語を習得した後、病気や事故などで耳が聞こえなくなった人や、難聴者などは、この日本語対応手話を使う人が多いようです。実際はこの二つの手話が混ざった状態で使われているとも聞きます。
最初に、「日本の公用語は?」という問題提起をしましたが、音声言語と手話言語が対等の関係だと考えれば、耳が聞こえる人を基準に日本語に対応した手話というのは付属的なものですよね。「日本語対応手話」は「英語を片言の単語で会話するようなものだ」って言う人もいます。
(山田)なるほど。
手話は聴覚障害者のアイデンティティーなので、耳が聞こえる人も「日本語対応手話」と別に「日本手話」があることを知った上で、手話を学び理解しようとする姿勢が重要なのではないでしょうか。
国内認知度は低い
(寺田)デフリンピックと別に「パラリンピック」もありますが、この二つの認知度って、日本国内でどんな感じだと思いますか?(山田)圧倒的にパラリンピックが高いと思います。
(寺田)そうなんですよね。ある調査によるとパラリンピックを知ってる人は98.2%。ほとんど全国民が知っています。デフリンピックは、この調査によると、11.2%。
(山田)えっ!そうなんですか。
(寺田)認知度に大きな差があるんですよね。実はデフリンピックの方がパラリンピックよりも歴史が古く、パラリンピックの第1回大会は1960年ですが、第1回デフリンピックは36年前の1900に1924年に開催されています。そして今度の東京大会が100周年記念大会なんです。
デフリンピックのコミュニケーションは全て「国際手話」という、日本手話とまた別のものです。競技のスタートの音や審判の声による合図は、視覚的に工夫して、光や旗を使ったりしますが、それ以外はオリンピックと同じルールで運営します。出場資格は通常会話が困難とされる聴力(55dB)を失った人と決まっていますが、それ以上のクラス分けはないんですね。
試合中には補聴器を付けてはいけない決まりです。まさに聴覚障害者のナンバーワンは誰なのかを決める大会なんです。競技のレベルも高く、実際に聴覚障害がありながらオリンピックで金メダルを取ったアスリートは過去に何人もいます。
(山田)僕の知り合いの、三遠ネオフェニックスというバスケットボールチームにいる津屋一球(かずま)選手は、デフリンピックにも出ていながらBリーグの選手でもあります。Bリーグに出るときは補聴器をつけて、デフでは外すようですね。デフの方が、点が入ると言っていました。
(寺田)ただもちろん、スポーツにおいて耳が聞こえないということはハンディになります。耳にはバランスを取る機能があるのでバランスが取りにくくなる上、聴覚がないことで情報量が少なくなりますね。団体競技だと、チームメートに声で合図することができません。個人競技でも、音からイメージをつかむことってスポーツにおいて重要ですが、デフの選手は聞こえない中でプレーしなくてはなりません。例えばテニスでは、風の音や打球音が大事ですよね。
注目すべき県勢の選手たちは

「何色でもいいから、支えてくれた家族にメダルを掛けてあげたい」と意欲的です。
女子サッカーでは、県リーグ1部の清水第八プレアデスに所属する酒井藍莉選手もメンバー入りしています。酒井選手は27歳で、先天的に両耳が聞こえませんが、普段は健常者と一緒にプレーしています。「自国開催のデフリンピックは最初で最後。サッカーに区切りを付けたい」って覚悟を決めているんですよ。
(山田)気合が入っていますね。
(寺田)そして、「聞こえない子どもたちのヒーローになりたい」って強い決意を持って臨む選手がいるんですよ。柔道男子66キロ級の佐藤正樹選手は三島市在住の32歳で、金メダル候補です。
佐藤選手は3兄弟の次男で、先天的な聴覚障害がありました。柔道に出会ったのは戦隊ヒーローが好きだった5歳の時で、「柔道着を着たらヒーローになれるんじゃないか」と先に柔道を始めていた兄の道着を身につけて離さなかったのがきっかけだったそうです。
ただ、練習中の指示が分からなかったり、手話が通じない他の子どもたちと打ち解けられなかったり、苦労があったそうです。小1で出場した大会で初めて優勝した時、周りに認められ、初めて耳が聞こえる友達ができたということです。
(山田)そこから、柔道がこの佐藤選手を変えたんですね。
(寺田)佐藤選手はインタビューで、「これまでに最も影響を受けた人は」という問いに、「高校時代の担任の先生」と答えています。聞こえないということを受け止めきれず反抗的になっていた時、担任の先生の「足が速い人も遅い人もいる。聞こえないことも個性なんだ」という言葉で、悩んでいたことが吹っ切れたそうです。
柔道漬けの高校生活を送り、卒業後は就職で4年間競技を離れましたが、職場の先輩からデフ柔道を紹介されたのを機に畳に戻り、2021年のデフ世界選手権で準優勝。昨年のデフ世界選手権では見事に優勝しました。
(山田)そうなんですね!
(寺田)5月に結婚し、最近は妻のまりあさんが、指導者の助言が分かるようにと練習の動画を撮影し、字幕を付けてくれています。まりあさんは耳が聞こえますが、手話を覚えて、最近、柔道も始めたそうです。二人三脚で東京での金メダルを目指しているんです。楽しみですよね。
デフ選手の活躍が、聴覚障害の子のロールモデルに
(寺田)今回の日本で初開催のデフリンピックに、大会を通じてどんな期待があるのかー。応援アンバサダーを務める、自身もろう者で日本財団職員の川俣さんに同僚の記者がこう聞いたところ、「活躍する選手が、聴覚障害の子どものロールモデルになってほしい」と答えたそうです。川俣さんご自身の体験から、聞こえる人に囲まれて育つ中で「自分は誰かに助けてもらわないといけない存在」だと劣等感を抱くことがあったそうです。「聞こえない不便さはあるが、それ以外は何でもできるし、楽しい思い出もたくさんある。デフの選手の姿を通して、『あなたもきっと大丈夫。豊かな人生が待ってる』って伝えたい」と話しています。
(山田)東京開催だからたくさんの方が見れますからね。
(寺田)そうなんです。最後に、今回のデフリンピック東京大会を10倍楽しむ方法を教えます。今回の大会のために作られた、手話を元にした「サインエール」というものがあるんですよ。
(山田)サインエール?
(寺田)大会公式サイトで紹介されているので、リスナーの皆さんにもぜひ見ていただけたらと思います。例えば、「行け」っていう応援は、まず、両手を顔の横に上げて手首をひらひらさせ、そこから両手をパーにして前に突き出します。
声援や鳴り物の代わりに、このサインエールを試合会場のみんなで一斉にやったら、選手に勇気を与えることができると思うんです。
今、秋の運動会シーズンですが、小学校の運動会や中学高校の体育祭でも、このサインエールを取り入れてみたらどうですかね。「赤組、行け!」とか声援と一緒にやったら盛り上がるんじゃないでしょうか。
(山田)いいですね。
(寺田)静岡は自転車競技の聖地ということで、今回の大会でも自転車競技は伊豆市の日本サイクルスポーツセンターで行われます。
皆さんも、ぜひデフリンピックを生で観戦して、選手にサインエールを送って選手を勇気づけ、そして感動を受け取って、誰もが個性を生かし力を発揮できる共生社会の実現について考えるきっかけにしていただけたらと思います。
(山田)皆さん、ぜひ間近で見ていただきたいなと思います。今日の勉強はこれでおしまい!