静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市文化振興財団が発行した、市民参加型舞台芸術プロジェクト「ラウドヒル計画」の10周年記念メモリアルブックを題材に。ラウドヒル計画とは、ダンスカンパニー「コンドルズ」の勝山康晴さん(藤枝市出身)を総監督・プロデューサーに据えた、静岡の人が集まって静岡オリジナルの舞台芸術作品を作り上げるプロジェクト。静岡市民文化会館(葵区、2028年まで休館中)の中核事業である。 メモリアルブックは、2013年に上演されたJリーグ清水エスパルスのオフィシャルダンスミュージカル「GO!!ALL」から、2024年のハイポジション+ノーボーダーズ「TWINKLE」までの全上演作の記録と写真を収録している。 折に触れて彼らの舞台に接してきた人間にとって、この冊子は不思議な吸引力がある。各作品の上演時期に自分が何をしていたか、を考えてしまうのだ。プロジェクトの外側にいる人間ですらそうなのだから、関わった人はそうした思いがさらに強いだろう。
冊子の中には干支一巡り分の時間が流れている。初期の作品に関わった高校生はアラサーになった。静岡を去る者、静岡に来る者がいた。関係者のコメントを眺めていたら、すでにこの世を去った方もいた。時間の重みを強く感じる。エンターテインメントに徹するのがこのプロジェクトのポリシーだが、冊子からは舞台裏に潜む悲喜こもごもが伝わってくる。 演目の写真や出演者の言葉には、ポジティブなバイブレーションを感じる。静岡県初の女性知事が登場する「STAND UP!~シズオカ独立宣言 家康再起動~」(2015年)、超管理社会を打ち破って安倍川花火大会を復活させる「FLASH!~アベハナネヴァーエンド~」(2021、2022年)、ジョン・レノン的な理想を真っ向から提示する「LOVE&PEACE」(2025年)ー。 プロジェクトは「望ましい未来」「こうあってほしい世界」を打ち出し続けている。「理想論」と笑いたくば笑え、と言わんばかりに冷笑主義に「NO」を突きつける。発信源は勝山さんや演出家の河田園子さんだろうが、冊子の写真やコメントを見ていると、出演者もそうしたマインドを共有していることが分かる。「熱量の伝播」だ。 エンターテインメントが前提だが、全体的に「何かに立ち向かっている」雰囲気がある。実のところ、それはしんどい作業ではないだろうか。年々しんどくなっている、と言うべきか。メモリアルブックはもしかすると「闘いの軌跡」を記録した一冊なのかもしれない。 (は)
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静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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