【ユニークポイント「59(ごじゅうきゅう)」】 プレイヤーが一切出てこない野球演劇。それなのに、打って投げて走っての展開に興奮

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は藤枝市を拠点に活動する劇団「ユニークポイント」の新作「59(ごじゅうきゅう)」を題材に。同市の「ひつじノ劇場」の6月14日午後7時の公演を鑑賞。同作は15日午後1時、6時、16日午後7時にも同じ会場で上演。

6月3日にプロ野球巨人で活躍した長嶋茂雄さんが亡くなった。訃報を受けていくつか記事を書いたが、調べれば調べるほど、「野球を国民的娯楽に高めた立役者だったのだなあ」という思いが強くなる。

野球のルールは難しい。得点までの過程が複雑だし、局面ごとに細かい禁止事項がある。一度、テレビの中継を見ながら自分の長男にルールを説明してみて、その難しさが分かった。でも抜群に面白い競技であることは間違いない。もしかしたら「競技としての面白さ」を最大化するために、少しずつルールを整えていった結果が今の野球の姿なのかもしれない。

長嶋さんの最大の功績は、本来は「ルールが難しい競技」を老若男女に定着させたことだ。高校野球の応援席で競技経験のない男女生徒が、「何がどうなると得点か」をきちんと理解して声援を送っているのは、冷静に考えると驚くべきことだ。大リーグドジャーズの大谷翔平選手についても同じで、報道で前置きなしに「打率」「盗塁」「防御率」などというワードが出るが、国民のほとんどが説明なしで了解している。難しい概念だと思うのだが…。

ユニークポイントの新作は、こうした「国全体にうっすら染みついている野球への理解」を実に見事にすくい上げた。舞台は少年野球チームの練習試合が行われているグラウンドから少し離れた木の下のベンチ。8番ライト夏川君の母(山田愛さん)、夜勤明けに酒を飲みながら野球を見るのが楽しみなシゲさん(ナギケイスケさん)が、絶望的な点差のゲームを眺めている。二人は試合があるたびにこの場所で出会っているらしい。床屋政談的な野球談議が続く中、「新顔」が次々現れる…。

プレイヤーは一切出てこないが、ゲームの展開は手に取るように分かる。演劇を基にした映画「アルプススタンドのはしの方」もこんな感じだった。観客は一喜一憂する観戦者たちの会話から、ゲームの展開や選手の人となりを知ることになる。

大リーグボール2号、宜野座カーブ、左のアンダースロー、ドカベン全48巻など各年代に届く「小ネタ」を交えた山田裕幸さんの脚本は、「うっすら染みついている野球への理解」に基づいて構成されている。全くルールを知らない人に「振り逃げで塁に出て守備側のミスでノーアウト3塁」という展開が理解できるかどうか。リアリティーラインをどの高さにするかは大きな問題だったはずだが、名うての劇作家の眼力はさすがと言えよう。ドッカンドッカン受けていた。

単なる野球談議で終わらないところもユニークポイントらしいところ。ゲームを眺める視線が、いつしか「人間交差点」的な色彩を帯び始める。野球という競技の懐の広さが透けて見えた。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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