「まもなく1番線に臨時列車が到着します。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。」
2025年1月12日、三連休まん中の日曜日。静岡県のJR東海・三島駅に臨時快速列車が入ってきた。「大井川鐵道かけはし」号。東海道線の三島駅を始発とし、金谷駅が終点となる。この日、静岡県島田市金谷地区で開かれたJR東海の「さわやかウォーキング」に合わせた臨時列車で、ウォーキングコースと並行するローカル私鉄・大井川鐵道とのコラボ企画だ。
JR東海373系3両編成。ヘッドマークには茶畑を背景に大井川鐵道のSLとJR東海373系が描かれ、虹の橋がかかっている。373系は普段、身延線の特急ふじかわ号などで運用され、平日のホームライナーや今回のような休日のイベント列車でも活躍している。
<車掌アナウンス>
「指定券をお持ちでないお客様はご乗車いただけません。ご注意ください。ドアを閉めます」
午前7時45分、多くの席を埋め、列車は三島駅を出発した。全車指定席で1か月前に発売された指定券は、わずか数分で売り切れたという。
<車掌アナウンス>
「きょうも JR東海をご利用くださいまして、ありがとうございます。臨時快速大井川鐵道かけはし号です。この先、沼津、富士、清水、静岡、終点金谷の順に停まります。この列車は3両編成で、お手洗いは一番前の車両にございます」
1日限定の超レアな臨時快速。車掌による案内に続いて、鉄道ファンの間では超有名なあの人の声が聞こえてきた。
JRの列車で初めてマイクを握った名物広報

<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「皆様おはようございます。本日はJR東海さわやかウォーキング臨時列車、大井川鐵道かけはし号にご乗車いただきまして、誠にありがとうございます。マイクを握っておりますのは、大井川鐵道で広報を担当しております山本豊福でございます」
大井川鐵道の名物広報・山本豊福さん。「SL列車」や「きかんしゃトーマス号」、日本唯一の「アプト式列車」などが全国のファンに愛されている大井川鐵道で長年にわたり、その魅力を発信してきた。テレビやラジオにも多数出演し、最近では、山本豊福さんと行く鉄道ツアーが大人気となっている。
「よその会社の放送マイクって、使ったことないんですよ。よその鉄道事業者の車掌室に入って、しかも『373』ですもんね。マイクを握るなんて、それがドキドキしましたよ」
JRの列車で初めてマイクを握ったという山本さんは、のちの取材に対し、感想を語った。
臨時列車は、次の停車駅・沼津駅を午前7時51分に出発。再び、山本豊福さんがマイクを握る。

<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「ただ今より皆様に、ささやかではございますが記念品をお配りにお邪魔したいと思っております。3号車の方からでございます。お配りするものとしましては、かけはし号の記念乗車証、ステッカー、そして大井川鐵道から千社札、こちらシールになっていて、お配りしたボールペンで文字が書けるようになっております。今回、金谷駅につきましたら、ぜひ門出駅まで大井川鐵道線にご乗車ください。そちらの方に千社札を貼るスペースを用意してございます」
千社札には、お願いごとや大井川鐵道、JR東海への要望などを自由に思いを書いてほしい。どうか門出駅まで移動して、駅名標の下にあるスペースにペタッと貼ってほしい。山本さんは語った。
「どうか門出駅まで足を運んで」
この言葉の背景には、大井川鐵道が置かれている苦しい現状がある。
2022年の台風被害 一部区間の運休が続く

大井川鐵道には、金谷駅(静岡県島田市)〜千頭駅(静岡県川根本町)間の大井川本線と、千頭駅〜井川駅(静岡市葵区)間の井川線がある。大井川本線には、SLや往年の大手私鉄車両などが走る。また、井川線は全国で唯一のアプト式鉄道で南アルプスの麓の風光明媚な区間を走る。大井川鐵道にとって、観光客に少しでも長い区間を乗ってもらうことが鉄道収入のアップに欠かせない。しかし、SLが走る主要区間の大井川本線は、2022年9月の台風15号による被害で、川根温泉笹間渡駅〜千頭駅の間で運休が続いている。全ての復旧にかかる費用は約22億円だといい、財源をどう確保するのかが課題となっている。
2024年6月には、いすみ鉄道(千葉県)や、えちごトキめき鉄道(新潟県)でローカル鉄道の再生請負人とも呼ばれるほどの手腕を発揮した鳥塚亮氏が社長に就任した。大井川鐵道は2025年に100周年を迎える。食堂車や100万円の純金製きっぷなど、様々なイベントを打ち出し、訪れる人を増やし、復興を目指している。

<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「2号車、3号車のコンパートメント席には、過去、大井川鐵道で走らせましたSL列車のヘッドマーク、サボ、列車種別表を4区画に展示してございます。どうぞ、この列車に乗った記念として、お写真をお撮りいただければ」
鉄道ファンはもちろん「さわやかウォーキング」の参加者にも大井川鐵道の魅力を知ってもらいたい。1人でも多くの人に足を運んでもらうことが「大井川鐵道かけはし」号の役目だ。
<車掌アナウンス>
「まもなくいたしますと富士駅に到着いたします。快晴の日にはお客様の進行方向右側 に富士山をご覧いただくことができますが、本日はあいにくの天候のため、富士山は姿を隠しております。富士山の神様コノハナサクヤヒメは大変美しい女性の神様でございますので、おそらく素敵な殿方が多くいらっしゃるこの列車が来ると知って、お姿を隠しているのかもしれません。お帰りの際には晴れていることをお祈りいたします」
JR東海の車掌による観光案内も特別な列車での旅に華を添える。
富士駅を午前8時8分に出発。由比駅では、特急列車の通過待ちのため、しばらく運転停車(乗降できない停車)。由比駅を午前8時27分、次の停車駅の清水駅を午前8時37分に出発し、臨時快速「大井川鐵道かけはし」号は、静岡駅に到着した。
静岡〜金谷間はノンストップ 大鉄とJR東海をたっぷりPR
静岡駅にしばらく停車。ホームでは多くの人が特別なヘッドマークをつけた車両の写真を撮影していた。静岡駅の出発は午前8時54分。ここからはノンストップで終点の金谷駅を目指す。

<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「本日だけ有効、金谷駅から門出駅の1日乗り放題の乗車券を特別に販売しております。販売箇所は金谷駅です。大人280円、こちらの切符でぜひ門出駅にお出かけいただければと思います。なお、本日ですが『さわやかウォーキング』に協賛いたしまして、大井川鐵道も臨時電車を増発しております。8往復の臨時電車を増発しております。こちらの電車ですが、昨年の暮れに我々の営業運転に入りました元南海電鉄の6000系車両を充当する予定となっております。ぜひ、この臨時快速の乗り心地も大変よろしいのですが、大井川鐵道の元南海電鉄の車両の乗り心地も体験してみていただければありがたいと思います」

大井川鐵道では、大手私鉄各社を引退した車両が第二の活躍を魅せている。近鉄特急16000系。南海21000系。東急から十和田電鉄を経た7200系。そして2024年12月、南海6000系がデビューした。大井川本線を走る毎日運転の電車は区間運転を含めて8往復。これに8往復の臨時電車が加わるというのだから、大井川鐵道にとっては「大増発」だ。1月12日は、ほかにSL列車や、SL運転日に走る区間運転の普通電車もあった。
名物広報の山本豊福さんが案内を続ける。
<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「JR東海さんでは、例えば、新幹線の乗車券などエクスプレス予約というのをスマートフォンアプリで行っておられますね。実は大井川鐵道のSL列車、昨年12月からこちらのエクスプレス予約の方から我々のSL列車の予約ができるようになっております。ぜひエクスプレス予約を経由して予約をなさってみてください。なかなか便利なものなんじゃないかと思います」
コラボ列車ならではのPRも欠かさない。
まだまだ続く名物広報のトーク 車内からは拍手が…
臨時快速「大井川鐵道かけはし」号は、焼津市内に入った。

<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「石部トンネルを過ぎまして、焼津に入っておりますけども、今回、金谷の街を歩いていただくということで、皆様にも金谷の街のことをご案内できればなと思います。今回のさわやかウォーキングのタイトルは『すべらず地蔵尊祈願祭と大井川鐵道沿線の御利益スポットを訪ねて』となっております。金谷地区には三大地蔵がございます。1つ目が旧東海道石畳にある『すべらず地蔵尊』がございます。旧東海道で石畳を復元した坂道の途中にある地蔵なんですが、江戸時代、雨が降ると街道がぬかるんでしまって、旅人が大変苦労したという風に言われてるんですね。そこで、すべらないように石を路面に敷き詰め、石畳を作りました。石畳の中腹に六角堂というのがございまして、そちらに祀られております。すべらないと言いますと合格祈願の名所になっているところでございます」
山本豊福さんは、このほか「何日に」「何日までに」というように日を限ってお願い事をすれば願いが叶うと評判の「日限地蔵尊」。大井川鐵道・合格駅の駅舎の中にある「合格地蔵尊」を紹介。ウォーキングのゴールは、大井川鐵道・門出駅で、縁起の良い駅が続くこともPRした。
<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「藤枝となりました。まもなく金谷でございます。一旦、僕の方からのご案内は、こちらの方で失礼をさせていただきます。皆様、もうしばらく『かけはし号』のご乗車をお楽しみください。ありがとうございました」
名物広報・山本豊福さんのトークを楽しんだ乗客。車内では拍手が起きた。
終点・金谷駅で列車をバックに記念撮影
<車掌アナウンス>
「まもなく終点・金谷。終点・金谷です。出口は左側です。ドアから手を離してお待ちください。お降りの際には車内にお忘れ物をなさいませんよう、いま一度、網棚の上、お座席の下など、ご確認をお願いいたします。また本日、JR東海さわやかウォーキングにご参加いただくお客様は、この先もお気をつけていらっしゃいませ。きょうもJR東海・大井川鐵道をご利用くださいましてありがとうございました。まもなく終点の金谷です」

午前9時19分、臨時快速「大井川鐵道かけはし」号は、東海道線の金谷駅に到着した。列車は数分間ホームに停まり、列車をバックに記念撮影が行われた。
<大井川鐵道・広報 山本豊福さん>
「マイクを握るなんて、それがドキドキしましたよ。とりあえず、しゃべることはしゃべれたのかなっていう気はして、原稿も何もなく、きょうはしゃべっているので、なんか、ほとんど事務連絡に終わってるんですけども、まあ、焼津、藤枝ぐらいで車内を巡回したところ、皆さん楽しそうな表情をしていたので、良かったのかなと思いましたね。拍手をもらうほどのことはやってないような気がするんですけどね、それはちょっとびっくりしました」

臨時列車に乗ることが目的の人は、大井川鐵道のことは、まあまあ知っている人だと思う。単に「さわやかウォーキング」に来る人は、たぶん大井川鐵道への認知はあまり無いと思うんですね。その人たちにちょっとでも知ってもらうことが大きい。名物広報の山本豊福さんは、今回のコラボ企画の狙いを語った。
ウォーキング参加者で大井川鐵道が満員のにぎわい

1月12日のJR東海「さわやかウォーキング」は、金谷駅をスタートし、旧東海道石畳のすべらず地蔵、茶畑を抜け、金谷の街を見渡す絶景の牧之原公園、大井川鐵道・新金谷駅、日限地蔵尊、合格駅、門出駅に隣接する商業施設KADODE OOIGAWAをめぐる約9.5km、2時間半のコースだった。多くの人が参加し、鉄道ファンもウォーキングを楽しんでいた。ゴールの門出駅には、南海6000系を使用した増発列車のほか、普段は通過するSL列車も臨時停車した。
ウォーキングの帰りは、多くの人が大井川鐵道を利用したことから、どの列車も満員のにぎわい。「混雑のため次の列車には乗り切れないかも知れません」そんな案内があるほど活気にあふれた。

『全線復旧へ がんばれ大鉄』
臨時快速「大井川鐵道かけはし」号の車内でもらった千社札に復興への願いを込めて、門出駅の駅名標の下のスペースに貼った。
JR東海と大井川鐵道のコラボ企画。次の機会にも期待したい。