
床面が正方形の展示室の1辺の壁に「オリッサの寺院」だけが掲げられている。白い壁に横長の画面。壁面の余白も含めて一つの作品のようだ。厚く重ねられた金箔が白の中で際立つ。寺院の塔の下には白く雲のようなものが配置されてて、風の音やにおいを喚起させる。居合わせた鈴木英司館長が教えてくれた。
第1展示室には「オリッサの寺院」の素描が2プラン、掲げられている。今回展でも出品されている「ラージャラーニー寺院」の建物を再構成して「オリッサの寺院」が出来上がっていることが、よく分かる。完成作より、建物がずいぶん混み合っている。不矩はここから「引き算」して画面をこしらえていったのか。
秋野不矩と言えば、インドの風景を題材にした作品のイメージが強いだろう。だが今回の所蔵展を見れば、この作家のモチーフの多様さに気づくはずだ。古面シリーズ(1987年)は天竜区の上阿多古に伝わる国の重要無形民俗文化財「懐山のおくない」で使われる各種の面を描く。紙をすいたのは作家水上勉だそうだ。
雨雲(2000年)は六曲一隻にプラチナ箔を貼った抽象画。実態が判然としない黒の塊が、確かに動いている。「魂」を感じさせる。「柚子」(制作年不詳)「紅梅」(同)といった植物の静物画も生命力あふれる色がいい。
不思議なのは鉛筆の素描「ミルクを飲む子供」(同)。牛乳鉢に唇を付けた子供を描いているが、地の白よりミルクが入っているだろう鉢の中の白が違って見える。優れた美術家の筆力は、こうしたマジックすら生み出すのか。
(は)
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■浜松市秋野不矩美術館「≪有為転変≫ 変化してやまぬ創造の源Ⅳ ~ 理 ~」
住所:浜松市天竜区二俣町二俣130
開館:午前9時半~午後5時
休館日:月曜(月曜が祝日の場合は次の平日)、年末年始(12月29日~2025年1月3日)
観覧料(当日):一般(大学生・専門学校生を含む)310円、高校生150円
会期:2025年1月23日まで