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【「第九」初演から200年】 世界の人々を励まし続ける高揚感ある楽曲、過去には政治利用された歴史も。節目の年にその存在意義を見直そう!

静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「第九初演から200年」。先生役は静岡新聞の川内十郎論説委員です。(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2024年5月21日放送)
 
(山田)今日は、川内さんが以前​、​静岡新聞の「時論」に書いた「第九」についてです。

(川内)今年はベートーベンの最後の交響曲「第九」が初めて演奏されてから200年の節目に当たります。合唱の歌詞に登場する「全ての人々は兄弟となる」というメッセージは、ロシアによるウクライナ侵攻や中東ガザでのイスラエルの攻撃をはじめとする対立や分断が続く今こそ、求められているのではないでしょうか。この「第九」がオーストリアのウィーンで初演されたのが1824年の5月7日なんです。

(山田)なんかイメージは年末ですけど、5月なんですね。

(川内)ベートーベンはドイツのボンに生まれ、ウィーンを拠点に活動していました。晩年は聴覚を失い、自ら指揮を務めた「第九」の初演では、大喝采に気が付かず、見かねた近くにいたソリストが聴衆の方を向かせたという逸話が伝わっています。

(山田)へぇー。

(川内)ベートーベンは、「総指揮」という形で、実質的にオーケストラを操るもう1人の指揮者の横にいたというような話が伝わっています。作曲家にとって、聴力を失うということは致命的にも思えますが、ベートーベンの人生そのものである「苦悩を経ての歓喜」が、テーマとして投影された曲です。

個人的な話をしますが、「第九」は私をクラシック音楽の世界にいざなってくれた曲なんです。最初に家にあったレコードを聞いたのは小学生のときでした。その後、生で聞く機会もあったし、大学のときは男声合唱団に入っていたので、年末はオーケストラとの共演で歌っていましたね。

さらに、大学のドイツ語の授業の単位を落としそうになったとき、教室でこれを歌って何とか切り抜けたという思い出もあります。

(山田)そんなことあるんですか。

人間の声を交響曲に取り入れた

(川内)「第九」のすごさはとても語り尽くせませんが、まず言えることは交響曲に人間の声を取り入れたことの革新性ですね。

指揮者にもよりますが70分ぐらいを要する音楽で、非常にスケールが大きく高揚感にあふれています。オーケストラと4人のソリスト、合唱という大編成の演奏は迫力がありますね。第4楽章では「全ての人々は兄弟となる」という人類愛への思いを込めた「歓喜の歌」が高らかに響きます。

(山田)これ、作詞もベートーベンなんですか。

(川内)歌詞はドイツの詩人のフリードリヒ・フォン・シラーの詩「歓喜に寄す」からの抜粋です。これは1789年に勃発したフランス革命の精神である「自由、平等、博愛」というものにも通じていて、ベートーベンはこの詩に共感して、いつか曲をつけようと構想をあたためていたようなんですね。

年末の風物詩…は日本だけ!?

(川内)日本では年末の風物詩のように受け止められていますが、これは日本独特の慣習と言われています。

(山田)そうなんですか。

(川内)これは諸説あってはっきりしないんですが、有力なものの一つは、オーケストラが年越しの臨時収入、つまりボーナスを稼ぐためのいわゆる「餅代稼ぎ説」です。

(山田)ほう。

(川内)戦後の1940年代後半に、NHK交響楽団の前身である日本交響楽団が、暮れに3回連続でやったことが成功し、先例となったようです。「第九」は以前から日本でも人気があり、さらに大合唱団が参加すれば家族や友人がチケットを買ってくれるので、「必ず客が入りチケットも売れる」というもくろみがあり、戦後は市民参加の「第九」が全国の地方都市でも演奏されるようになりました。日本各地で、アマチュアでの合唱が盛んだったという下地があったことも関係しています。

静岡県内でも毎年各地で「第九」が演奏されています。日本では、毎年5万人以上が「第九」を歌い、12月の1カ月だけで百数十回の演奏が行われるという推計もあります。

(山田)以前、「第九」を歌っている合唱の方にも話を聞いたんですが、すごく長いし大声で歌うので、肺活量が必要だと…。

(川内)そうですね。一つ言われているのが、ベートーベンは歌をほしかったというよりも、人の声をほしかったということです。必ずしも歌の部分は声楽的ではないとも言われ、歌うのが難しい曲だと思います。

(山田)しかもずっと立っていますよね。

(川内)「第九」は全4楽章で、自分の記憶でもそうですが、今は第2楽章の後に合唱やソリストが入るのが一般的ではないでしょうか。静かな第3楽章を打ち消すように、時間を空けずに激しい第4楽章に入りたいという判断もあるようです。

通常はあくまでも聞く側であるクラシック音楽に、舞台に立つ側として参加できる機会がこれほど豊富な曲はほかにありませんね。

世界各地で節目の時に演奏、しかし政治利用された歴史も

(川内)「第九」はこれまでも大きな節目で度々演奏されてきました。例えばベルリンの壁の崩壊直後は現地で「フロイデ(歓喜)」を「フライハイト」つまりドイツ語の「自由」に置き換えて歌われました。日本では1998年の長野五輪の開会式で、2月に亡くなった小澤征爾さんの指揮で歌われ、衛星で五大陸を結んでの歌声が一つの響きになりました。

東日本大震災直後の2011年4月には、世界的指揮者のズービン・メータさんが急きょ来日して、この曲を演奏しているんです。メータさんはインタビューで、「第九こそが、危機を乗り越えるときにふさわしい作品と言えるでしょう」と話していますね。

(山田)そういう思いがある曲なんですね。

(川内)今日、触れておきたかったんですが、「第九」は強いメッセージ性があって高揚感をもたらす音楽です。そういう連帯を呼びかけるメッセージ性がある故に、政治利用されてきた歴史があるということも知っておくべきでしょう。

特に第二次大戦中です。ナチス・ドイツ政権下の1942年には、ヒトラーの誕生日の前夜祭でも演奏され、日本では1944年8月に東京大学で開かれた学徒出陣の壮行会でも演奏されています。戦時下の3年8カ月の間に、日本で「第九」の演奏は22回に上ったという調査結果があります。

ドイツは日本の同盟国でもあったし、ドイツ音楽の世界でベートーベンは神格化されていたので格好の選曲だったのでしょう。この曲の「苦悩を経ての歓喜」というテーマが、「欲しがりません勝つまでは」のメッセージに重ねられたと見ることもできるのではないでしょうか。

(山田)そういうふうに、使われてしまった過去があるわけですね。

(川内)多くの若者たちが、「歓喜の歌」に送られて戦場に向かい、多くの人が還ってこなかった。そういう歴史もありました。

多くのエピソードをもつ「第九」


(川内)日本で初めての公演は、第一次大戦中の1918年6月1日、徳島県の板東町(現鳴門市)にあった「板東俘虜収容所」、つまり捕虜収容所で、ドイツ兵の捕虜によるものだったんです。

日本は日英同盟に基づいてドイツと戦い、収容所には中国・青島で日本に敗れたドイツ兵の捕虜のうち、約1000人がいたそうです。そこの所長の松江豊寿大佐という人は非常に寛大で、人道的な運営方針を持っていました。捕虜たちは住民とも交流しながら、音楽や演劇などの文化活動やスポーツ、パンやソーセージ作りなどを盛んに行っていたようです。

(山田)そうなんですね。

(川内)「第九」の演奏は、そのような環境の中での、まさに奇跡のような出来事だったと思います。捕虜の中に音楽の専門家や楽器職人がいたのも幸運でした。捕虜に女性はいなかったので女声パートは男声に置き換えたり、足りない楽器は作ったりして、全楽章を演奏したということです。これは「鳴門の第九」として知られている話ですが、この初演は、まさに博愛、平和、人類愛といった、第九の精神そのものだなと感じます。

(山田)なるほど。意外な過去が「第九」にあったんだ。

(川内)本当に、「第九」にはいろんなエピソードがあります。代表的なトリビアを少し紹介すると、CD(コンパクトディスク)は基本の収録時間が74分です。これは1980年代に決まったようですが、当時オランダのフィリップスが60分を主張したのに対し、ソニーの社長で沼津市出身の大賀典雄さんは74分を主張しました。背景には、彼と親交があったヘルベルト・フォン・カラヤンの「CDは第九を1枚で収められる長さにすべき」という助言があったとされます。

(山田)へぇー。すごい。

(川内)あと、「第九」はまさに人類永遠の財産だと思いますが、「第九」の自筆のスコアはユネスコの世界記憶遺産にも登録されています。「歓喜の歌」は欧州評議会によって、ヨーロッパ全体をたたえる「欧州の歌」に採択されています。

「第九」はこれまで人々を励まし続け、国や民族や宗教を超えた融和を願う場にふさわしい曲であることに間違いありません。同時に、政治利用されてきた負の歴史もあるということも胸にとどめておくべきだと思います。

初演から200年の節目は、「第九とは何か」考える好機ではないでしょうか。「第九」にまつわる現象を観察することで、その途方もない力、音楽をも超えた「何か」が見えてくるかもしれません。

(山田)とても勉強になりました。今日の勉強はこれでおしまい!

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