
「チケット完売…こんな日が来るなんて」満員5,696人が見つめた“元祖サッカーの街”クラブの歴史的一戦【静岡三国決戦】

「本日の入場者数は5,696人でした。ご来場、誠にありがとうございます」
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藤色とサックスブルーのサポーターで埋まったスタジアムに、こうアナウンスが流れると、自然と拍手が沸きあがった。元祖・サッカーの街、その名も『蹴球都市』を掲げる静岡県藤枝市などをホームタウンとする小さなプロサッカークラブが掲げていた目標がひとつ、叶った瞬間だった。
2023年5月17日、今季から戦う舞台をJ2リーグにあげた藤枝MYFC。J1リーグ3度の優勝を誇るジュビロ磐田を初めて地元・藤枝総合運動公園サッカー場に迎える、まさに“歴史的一戦”に挑んだスタジアムの半日を見つめた。
「三国決戦のホームゲームでスタジアムを満員に」
「今季2度目のナイターです。大勢のお客様がいらっしゃることが予想されます」。
試合当日の午後1時、メインスタンド下にある一室で始まったミーティング。藤枝MYFCの牧田善明取締役のひと言で、集まったスタッフは表情は一気に引き締まった。無理もない。Jリーグに参入して10年目を迎える藤枝にとって、ホームスタジアムを満員にしたことはこれまで1度もないからだ。
過去最多観客数は今年記録した4,363人(5月3日、対大分)。現在、バックスタンドが改修工事中のため、満員となっても5,937人。それでも、クラブとしては今年ひとつの目標を掲げた。静岡県勢3クラブがしのぎを削る「静岡三国決戦」のホームゲームでスタジアムを満員にする、というのだ。
「観客が10倍に…大きく変わった」
「激アツな1週間になる」。
広報担当の伊藤早紀さんは、5月13日のアウェー清水戦、そして、17日のホーム磐田戦と続く1週間に狙いを定め、SNSなどをフル活用してPRに力を入れてきた。これが功を奏す。J2初年度ながら奮闘を見せるチームの勢いもあり、チケットは順調に売れ、当日朝10時段階で残り枚数は100枚を切った状態に。ここで、伊藤さん、さらに煽る。
「クラブ史上初!満員のスタジアムまであと92席」。
これに選手たちも応える。
「100席きりました。後少しです!」(FW渡邉りょう選手)。
「満員にしましょう。是非お友達も誘って応援に来てください」(MF水野泰輔選手)と自身のSNSで後押し。
午後1時33分、「チケット、全て売れました」。スタッフの弾む声に伊藤さんは思わず「ウルウルしちゃう…」。正面玄関に設けられたチケット売り場には「完売」と書かれた貼り紙が掲げられた。知らせを聞いた徳田航介社長(38)も「僕が関わり始めたころは(観客が)500人とか700人。それが10倍になった。大きく変わったなと」。
「一度見てもらえれば…」
JR藤枝駅から北へ約5キロに場所に位置する藤枝総合運動公園サッカー場。2002年のサッカーW杯でセネガル代表がキャンプを張ったことでも知られるスタジアムは、いまや『蹴球都市・藤枝』のシンボルだ。藤枝もJFL昇格後からここをホームとしてきた。
しかし、自慢のスタジアムにも課題はある。それが大勢の観客を一度に招き入れるためのハード面。公園内には、駐車場こそあるものの、一度に6,000人もの観客を迎え、無事に帰ってもらえるのか。「(スタジアムへの)移動手段がまだ足りていない部分がある」(徳田社長)。J2昇格で観客が増えることを想定し、昨シーズンまで無料だった駐車場を有料化、予約制にすることを決断。
さらに、バス会社に協力を仰ぎ、駅とスタジアムの間を走るシャトルバスの充実を図った。すべては多くのサポーターにスタジアムに来てもらいたい。「一度、見てもらえれば『藤枝のサッカーっておもしろい』と感じてもらえるはず」(伊藤さん)。その一念だ。
「小さなクラブだからこそ応援したくなる」
「チケットが完売するなんて、僕らも感無量ですよ」。
そう言って目を細めたのは、スタジアムそばの木陰で休憩していた増田正明さん(70)と佐苗さん夫妻=静岡県焼津市=。サポーター歴は8年ほど、藤枝のサッカーに魅了された人たちだ。
きっかけは、もらった招待券。「たかが、J3だと思ってきたら、けっこうやるじゃん」。気がつけば、シーズンチケットを購入、藤色のユニフォームを身にまとい、ホームはすべての試合、昨シーズンはJ2昇格を決めた最終戦・長野にも足を運んだという。「地元にプロのサッカークラブがある。小さなクラブだからこそ、応援したくなる」。きょうもゴール裏で、大漁旗を打ち振り、“わたしのフットボールクラブ”を後押しする。
みんなが“クラブスタッフ”
では、磐田サポーターはどうか。
「どこにスタジアムがあるのか、と思って車を走らせていたら、突然姿を現した」。正午前、横浜からやってきた女性2人組は、自然の中にあるスタジアムに驚いたという。「藤枝のサッカーを観たことがなかったので」。この日、応援するGK三浦龍輝選手の誕生日だったこともあり、藤枝行きを決めた。
記者と雑談をしていると、そこに藤色のユニフォームを着た女性サポーターが2人に声を掛けてきた。「午後2時になったら、入場列の場所取りを始めても大丈夫よ」。聞けば、スタッフの手が回らないところを代わりに手伝いをしているとのこと。「人手が足りなければ私たちがやればいい」と女性サポーターは笑う。これには2人も「会場スタッフもそうですが、藤枝のみなさんはこうやってやさしく声を掛けてくれる。本当にありがたい」と感謝しきりだった。
「こんな行列、みたことない」
時間を追うごとに長くなる行列。午後4時半の先行入場開始前、スタジアムの周りは人であふれかえった。長年、チームのカメラマンをしてきたという男性も思わず、「こんな行列、みたことない」。藤色のユニホームを着た観客が次々とスタジアムに吸い込まれる光景を写真に収めながら「チケットが完売して、テレビの生中継もあって…こんな日がくるなんて」。
観客が一度に大勢集まったことで思わぬことも起きた。携帯電話が通話も、ネットも繋がりにくい状態となった。入場券がQRコードという人も多く、クラブでは「これから来場される皆様はQRチケットの画面のスクリーンショットのご準備を」と急ぎツイッターで告知。これも注目度が上がったことで、わかった課題だろう。
「まだまだやれる」
Jリーグの野々村芳和チェアマン、そして、スタンドを埋めた多くの客が見守る中、午後7時3分にキックオフされた“静岡三国決戦”第3ラウンド。アウェー席を埋めた磐田サポーターの歌声と藤枝サポーターの声、手拍子、そして「ハリセン」を打ち鳴らす音で、5月とは思えぬ日中の暑さから少し解放されたはずのスタジアムは、再び熱くなった。
藤枝と清水の両方を応援しているという男性は藤枝の可能性をこう語る。
「藤総(藤枝総合運動公園サッカー場)のメインスタンドは、純粋にサッカーを観るのが好きな人が多い。日本平は“ゴール裏経験者”のサポーターがメインやバック(スタンド)にも増え、スタジアム全体が戦う雰囲気になってきている。藤枝だって、ゴール裏も、メインもまだまだやれる。これだけ魅力的なサッカーをやっているんだから、もっと声で選手の背中を押してあげれば、さらに強くなれるはず」
「チーム、運営、そしてホームタウン、みんなで少しずつ前に」
ゲームは0-1の敗戦。「序列を変える」と宣言し、挑んだ“先輩クラブ”との2連戦はいずれも悔しい結果となった。MF横山暁之選手は「ウォーミングアップの時から(スタジアムの)雰囲気がよく、大きな声で支えてくれた。勝たなければいけない試合だった」と唇をかんだが、須藤大輔監督は「これまでなら、多くの観客に圧倒される選手もいたが、J2の雰囲気に慣れてきたなと。たくましさや自信がついてきたと感じている」と前を向いた。
一歩、また一歩と階段を上り続ける藤枝MYFC。徳田社長は「果敢に攻め、全員で必死に守る藤枝らしいサッカーを見せることができたが、これが勝ち点に繋がれば、もっとファンになってくれると思う」と手ごたえを感じている。「チーム、運営、そして、ホームタウンとみんなで少しずつ前に進んでいきたい」。
静岡三国決戦のホームゲームはもう1試合ある。相手は、0-5で敗れた清水。ここで選手たちが、クラブがさらなる進化を見せた時、そして、勝ち点をもぎ取った時、きっと新たな景色が見えるはずだ。


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