一度は死刑判決を受けながら、2024年、再審=裁判のやり直しで無罪となった袴田巖さん(89)が逮捕された事件の捜査に関わった男性がSBSの取材に応じました。男性は裁判所がねつ造と断じた証拠について、当時から違和感を覚えていたと告白しました。
<元科捜研職員の男性>
「被害者4名の寝室、その辺でいわゆるガソリン臭というものが、そういう異臭を感じた。『これは放火事件ではないかな』というそんな感覚は持った」
こう話す男性は袴田さんが逮捕された殺人事件の捜査に携わった1人。今回、初めてテレビの取材に応じました。
59年前、袴田さんは静岡県旧清水市(現静岡市清水区)でみそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして逮捕され、その後死刑が確定しましたが、2024年、静岡地裁は再審で無罪を言い渡しました。
裁判所は過酷な取り調べの末の自白、そして、犯行着衣とされた衣類は捜査機関によるねつ造だと断じました。
無罪になり、半年が経ちましたが死刑執行の恐怖によりむしばまれた袴田さんの精神はそのままです。
判決を受け、静岡県警は2024年末、捜査に関する事実確認の結果を公表。元捜査員にヒアリングを行うなどしましたが、「ねつ造があったかどうかはわからない」と結論付けました。
実際にはどのような捜査が行われていたのか。男性は当時、科学捜査研究所の技師の1人で、証拠の鑑定を担当していました。取調官の刑事と話すこともあったといいます。
<元科捜研職員の男性>
「『おとしの神様』といわれているベテランの刑事を充ててやっている。『まだおちない、しぶとい野郎だ』とか、そういう話は直接その人から聞いた」
<取り調べテープより>
「お前は4人も殺しただぞ。お前が殺した4人にな、謝れ、謝れ、お前。お前は人を4人殺した犯人だぞ」
取り調べは1日平均12時間。裁判所が「非人道的」とまで指摘した取り調べの背景には、刑事捜査の転換期だったことがあると男性は話します。
<元科捜研職員の男性>
「過去の自白偏重の供述による捜査から、証拠第一主義に切り替わったという過渡期。完全に捜査員の中に、そういう考えが定着していなかったという過渡期に発生した事件ではないか」
取り調べのほか、ねつ造とされた最大の証拠が「犯行着衣」。当初の捜査で警察は、袴田さんはパジャマで犯行に及んだとして調べを進め、袴田さんもそう自白していました。
しかし、裁判で袴田さんが否認に転じると、事件から1年2か月後、現場近くのみそタンクからパジャマとは別の血染めの「5点の衣類」が見つかりました。男性は発見直後の衣類を見たといいます。
<元科捜研職員の男性>
「1年2か月もみそタンクに入っていたとしたら、素人でもそう感じると思いが、ちょっと(生地の)色が白いかなと。血痕も赤っぽいな、と」
裁判所も1年以上、みそに漬かった血痕は黒くなるはずだと判断。赤い血痕が残る「5点の衣類」は、捜査機関が自ら発見直前にみそタンクに入れたとねつ造を認定したのです。
検察も県警と同時に検証結果を公表しましたが、ねつ造を認める結論には至りませんでした。これらの検証について、専門家は「冤罪の検証になっていない」と批判します。
<冤罪に詳しい西愛礼弁護士>
「自分たちが間違えたことを前提に向き合ってなぜ間違えてしまったのかと、次に間違えないためにどうしたらいいのかということを検証しなければならなかった。これは当時の静岡の問題として矮小化されてしまっていて、実はそれが今も残っているかもしれないのに、共通項なり今に残せることをまったく検証していないというのが大きな問題だと思う」
袴田さんのような冤罪を二度と繰り返さないための検証が求められます。
<社会部 山口駿平記者>
裁判所は、主に2つの証拠をねつ造としましたが、県警と検察それぞれの検証で取り調べについては「不適切だった」とした一方、「5点の衣類」については、ねつ造を認めることはありませんでした。
西弁護士は「ねつ造があったことを前提としていないこれらの検証は自己保身に留まっていて、今後の冤罪対策のためにならない」と指摘しました。過去最大の補償が必要となったこの冤罪事件を無駄にしないためにも適切な検証と対応が必要です。