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水のレジャー 命守るポイントまとめ

 自分や身近な人が海や川で溺れかけた時、予備知識の有無が、生死を分けることがあります。冷静に状況を見極め、生存率を高めるための行動を取ることが大切。海の救助のプロ野口貴史さん(49)=御前崎市=と、川の救助のプロ佐野文洋さん(49)=富士宮市=の2人に、いざというとき「助かる」方法、「助ける」方法をそれぞれ解説してもらい、ポイントをまとめました。
 〈静岡新聞社編集局社会部・伊豆田有希〉

助かるために 手を振る・浮いて待つ・急流で立たない

 野口さんは「一般の人は、溺れたと自覚した瞬間にパニックになりやすい。『あれ』『どうなるのかな』と思った時点で手を打とう」と呼び掛ける。「自分だけ沖に流されている気がする」など異変を感じたらすぐに救助を求める。両手を大きく振ることが、海と川共通のSOSの合図。片手を振るだけでもいい。「体力があるうちに助けを呼ぶことが大事」

水かさの多い急流で行われる救助訓練。つま先が水面に出るくらい足を高く上げ、進行方向を目視しながら、流れが緩やかな場所まで移動する。手前は指導者の佐野文洋さん(本人提供)
水かさの多い急流で行われる救助訓練。つま先が水面に出るくらい足を高く上げ、進行方向を目視しながら、流れが緩やかな場所まで移動する。手前は指導者の佐野文洋さん(本人提供)
 流された時、浮いて待てれば生存率が高まる。たった一つのペットボトルも浮力体(浮具)になる。浮力体がない時は、「息を大きく吸い込んで肺に空気をため、脱力してあおむけの体勢に」(野口さん)。視認性の高いライフジャケットは、浮いて待つだけでなく、救助者に発見してもらうのにも役立つ。
 海水が沖に帰る道筋「離岸流」に乗ってしまった時は、流れから横にそれるように泳ぐのが最善策。泳げなくても浮いていられれば、流れに身を任せたとしても、いったん沖に出てから再び波に乗り、岸に戻れる。
 最も避けるべきは、焦って体力を消耗すること。野口さんによると、「流された子供を助けようと大人が泳いで向かい、大人だけ亡くなるケースがある。専門家の間では、最近の子供は学校で『浮いて待て』を学習しているからだとの見方がある」。
 佐野さんは「流れがあるほど、泳げば体力を使う。プールと海・川の25メートルは、決して同じではない。泳げると過信しないで」と注意を促す。水流が速い場所では、立つことが命取りになることもある。底の岩間などに足が捕らわれると、体が下流側に倒れる。頭が水につかると息ができず、水圧を受け続けるので起き上がることもできない。「急流では立とうとしない。つま先が水面に出るくらい足を高く上げ、浮いた状態で進行方向を目視しながら流れに身を任せ、流れが緩やかな場所で岸に向かおう」と助言する。

助けるために 119番と118番・岸から声掛け・浮く物投げる

 「溺れた人を助けようと、浮力体を持たずに泳いで行くのは自殺行為」。野口さんと佐野さんはそう口をそろえる。溺れている人は、助けに来た人によじのぼろうとするので、共に沈んでしまう。

水上オートバイによる救助訓練を行う野口貴史さん。派手な色のライフジャケットは視認性が高いため発見しやすい。「海でも着用が推奨される」(本人提供)
水上オートバイによる救助訓練を行う野口貴史さん。派手な色のライフジャケットは視認性が高いため発見しやすい。「海でも着用が推奨される」(本人提供)
 救助するには、踏むべき手順がある。①まず119番通報。海なら118番にも必ず通報する。両方に通報することで、事故現場が早く特定されやすい②溺れている人に声を掛ける。「もう少し下流に行くと草があるのでつかまれ」などと情報を伝える③水に浮くロープや竹ざお、浮輪など、近くにある浮力体を差し伸べたり、投げたりする④ボートがあれば、こいで向かう⑤相手と自分がしっかり浮いていられる浮力体を持って、泳いで助けに行く。
 佐野さんは水に浮くロープが袋に入った「スローバッグ」を、いつも腰に着けている。ロープは数十メートル先へ届く。「何度か練習すれば、誰でも遠くに投げられるようになる」。ライフジャケットとともにセットで用意しておくよう勧める。
 
 佐野文洋(さの・ふみひろ) 救助訓練プログラムの構築と講習を行う世界的組織RESCUE3(レスキュースリー、本部・カリフォルニア州)の急流救助インストラクター。県消防学校水難救助科講師。「人間は、自然にはかなわない無力な存在。謙虚でいよう」
 野口貴史(のぐち・たかふみ) プロウインドサーファー。ウォーターリスクマネジメント協会理事。県水上オートバイレスキュー連合体(USPR)代表。第3管区海上保安本部海上安全指導員。「海を安全に楽しむ入り口として、マリンスポーツの講習で身の守り方を学ぶのがおすすめ」

周辺見渡し 危険要因チェック

 日本列島沖で台風が発生すると、海辺で急な高波(土用波)にさらわれる危険がある。川の上流部で雨が降った後は水かさが増し、流れが速まっている恐れがある。出掛ける前に、気象情報のチェックは欠かせない。

近づく前にチェック! 海や川のリスク
近づく前にチェック! 海や川のリスク
 海や川に着いたら、水辺へ下りる前に周辺を俯瞰[ふかん]する。近くに、堤防や消波ブロック、堰[えん]堤(小規模なダム)、岩、コンクリート、流木など、水流を変化させたり加速させたりする構造物はないだろうか。野口さんによると「一部だけ波が立たない場所があれば水深が深い可能性がある」。佐野さんは「水が濁っていたら、いつもより流量が増しているかもしれない。入らない方がいい」と勧める。流木を投げて、流れの速さを見るのも良い。
 「川に入る時は必ずライフジャケット着用を」。事故防止に最も重要という。全てのストラップを締めて、体にフィットさせる。川底の岩などで足が傷つくことがある。脱げないようかかとが固定された、滑りにくい靴を履こう。
 水は体温を急速に奪うため、低体温症になるリスクがある。専用の素材でできたウエットスーツの着用も有効だ。
 「海や川に慣れていない人は、たくさん人が居る場所で遊ぼう。ライフセーバーがいる海水浴場は安全性が高い」と野口さん。海上保安庁によると、2020年の海で遊泳中の事故の86%が「遊泳可能な海水浴場」以外で起きている。

ライフジャケット着ていても...急な高波「土用波」注意 水難事故増える夏

 海や川での水難事故が発生しやすい時期。静岡県内の海で起きた死亡事故では、波打ち際や浅瀬で高波にさらわれたり、離岸流で沖に流されたりしたケースが目立つ。救助の専門家によると、水に入る時にはライフジャケット着用が基本だが、川の堰堤(えんてい)直下など、着用していても命が危ない場所があるという。

静岡県警が認知した水難事故337件(2015~20年)の内訳
静岡県警が認知した水難事故337件(2015~20年)の内訳
 県警の2015~20年の水難事故認知件数は、無傷の事案を含めて337件。発生場所は海が85%を占める。行為別では、魚取り・釣り、水遊び、スキューバダイビング、水泳の順に多い。
 プロウインドサーファーでウォーターリスクマネジメント協会理事の野口貴史さん(49)=御前崎市=によると、好天で海は穏やかなのに、突然高波が打ち寄せることがある。夏の土用にちなみ「土用波」と呼ばれる。はるか沖合にある台風の影響という。高波にたたきつけられて転倒し、引き波にさらわれる事故は後を絶たない。「波の大きさは一定ではない。海へ行く前に気象情報の確認を」と注意を促す。
 海、川を問わず、構造物の周りは水流が変化して危険が増す。急流救助が専門の県消防学校講師佐野文洋さん(49)=富士宮市=は、プロの救助者さえ命を落としかねない場所として、堰堤(小規模なダム)とストレーナー(こし器)を挙げる。
 堰堤直下では垂直方向の逆流が生じ、はまると脱出できない。佐野さんは「激流で見られる白い波はスリルを呼ぶが、空気が混ざっているためライフジャケットなどの浮力を半減させる」と指摘する。ストレーナーは流木など、水は通すが人は引っ掛かる、こし器状の構造物。捕らわれると、水圧を受け続けるため脱出が困難だ。
 野口さんによると、消波ブロックも同様。海に転落してブロックにしがみついていると、波が押し寄せると同時に隙間に引き込まれる。すぐ陸に上がれない時は沖に出た方が助かりやすいという。「堤防や、極端に湾曲した浜の周りも、潮の流れが加速する。近づく時には十分注意してほしい」と呼び掛ける。
地域再生大賞