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大井川とリニア 論点を整理

 20日投開票の静岡県知事選で争点の一つとされるリニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題。水源の南アルプスを貫く長大トンネルの工事が、中下流域の水利用にどのような影響を及ぼすのか。国土交通省専門家会議での議論はどこまで進んだのか。JR東海の説明や県側の見解を含めて紹介します。

そもそもリニアの水問題とは Q&A形式で分かりやすく

リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事が大井川流域で、なぜ問題になっているのでしょうか。

 ―大井川とは。
 「上流は水力発電、中下流では8市2町(島田、焼津、掛川、藤枝、袋井、御前崎、菊川、牧之原、吉田、川根本)の住民約62万人の水道水、農工業用水としてフル活用し、流域の生活と産業を支えています。慢性的に水が不足し、雨が少なくなると利用する水量を抑える取水制限を行っています。直近5年に8回あり、2018~19年にかけては147日間に及びました」
 ―リニア中央新幹線はどこを通りますか。
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 「磁力で車両を浮かせて最高時速約500キロで走行し、東京・品川―名古屋間を40分、品川―大阪間を67分で結ぶ予定です。工事が進む品川―名古屋間は南アルプスを横切る直線ルートが選ばれました。全長25キロの南アルプストンネルは大井川の水源に当たる静岡県北端部を10・7キロ通り、山梨、長野を含む3県にまたがります」
 ―何が問題ですか。
 「トンネルが大井川上流の真下を通ります。掘削すると河川から浸透する水や地中に蓄えられた水がトンネル内に湧き出ます。JR東海はこの湧水を大井川に戻すと言っていますが、貫通するまでは県外に流出し、中下流域でも水が減る可能性があります。流域を代表して県がJRと協議していますが、懸念が残され、静岡工区の着工を認めていません。国土交通省が調整に乗り出し、JRを指導する専門家会議で議論を進めています」

国交省専門家会議 計11回開催 JR、専門家、県の見解は

 国交省専門家会議はJRへの指導を目的に同省鉄道局が昨年4月に設置した。水文学やトンネル工学などの専門家が、①トンネル湧水全量の大井川表流水への戻し方②トンネルによる大井川中下流域の地下水への影響―をテーマに水利用への影響を議論している。県が求めている「トンネル湧水の全量戻し」を担保する対応として「山梨、長野両県に発生した湧水をトンネル貫通後に時間をかけて戻す案」もJRから示された。

【表流水】
JR東海の説明 減少分補い維持可能
 流量予測(トンネルをコンクリートや防水シートで覆わない前提)によると、中下流域の表流水は減少しないと推測する。静岡側の区間の湧水を大井川に戻し、上流の表流水減少分を補うため、流量は維持される。
 ただし、予測の前提になる地質や降水量などの想定が異なれば、県外流出量と大井川に戻す量が変化し、中下流域の表流水の量は減る可能性がある。
 工事の安全性を考えると、トンネルが貫通するまでの間は山梨県側や長野県側から掘った区間の湧水は大井川に戻せず、県外に流出する。その場合でも静岡工区内のトンネル湧水をポンプアップして大井川に戻せば、停電などの場合を除き、中下流域の表流水量は維持される。

国交省専門家会議の議論 予測通りなるか不明
 JR東海の想定するトンネル湧水量であれば、導水路トンネルやポンプアップでトンネル貫通後に湧水の全量を大井川に戻せる設備計画になっている。
 ただし、JRの施工計画では、工事の安全確保の観点から静岡、山梨県境付近を山梨側から掘削するため、貫通までは県外へトンネル湧水が流出し、全量戻しにならない。
 JRの複数の流量予測ではトンネル湧水が県外に流出しても表流水の量は維持される計算結果になったが、予測する上で地質や降水量などは既存のデータに限られ、十分なのか検討されていない。予測の通りになるかは分からない。
 電気探査と呼ばれる地中の状況を面的に把握する方法も検討すべきだ。

県の見解 着工前の追加調査を
  県外にトンネル湧水が流出すれば大井川中下流域の水利用への影響は避けられない。国交省専門家会議は湧水県外流出の影響に関する議論が特に不十分だ。着工前の追加地質調査や、推定される県外流出量の精度向上が必要になる。
 県外流出の影響を回避するには、掘削時にトンネル先端で大量発生する「突発湧水」がどの程度の水量になるのかを詳細に把握することが重要だ。県境付近の想定トンネル湧水量が少なければ工区境を県境に合わせ、静岡側から山梨、長野両県境に向けて下向きで掘り、トンネル湧水の県外流出を防ぐべきだ。
 地震などの大規模災害で停電が長期化した際、湧水のポンプアップに必要な予備電源の確保も課題になる。

【地下水】
JR東海の説明 上流で水位低下収束
 上流域と中下流域の地下水の成分分析によると、中下流域の地下水の主要な涵養源は上流域の地下水ではないと考えられる。トンネル掘削による地下水位の低下範囲は、導水路トンネル出口付近で収束している。

国交省専門家会議の議論 水位観測の継続必要
 上流域の地下水がいったん表流水になって流れ下り、中下流域の地下水になるため、中下流域の表流水の量が維持されれば、地下水量への影響は極めて小さい。具体的な影響は分からず、地下水位の観測を継続すべきだ。

県の見解 対策に役立つ観測を
 影響がゼロはない。上流から中下流にかけて観測用井戸を連続して設置すべきだ。地下水位の観測地点を増やし、把握する対応が必要。観測をどのようにリスク対策に役立てるのか、分かりやすく説明してほしい。

【貫通後の湧水戻し案】
JR東海の説明 10~20年かけ同量を
 トンネル湧水の県外流出は避けられないが、代わりにトンネル貫通後、山梨、長野両県内のトンネルに湧き出た水を流出分と同じ量、時間をかけて戻す。想定する山梨側への流出量は300万~500万トン(小学校プール約1万個分)。同じ量を戻すのに10~20年かかるとみられる。

国交省専門家会議の議論 有効なリスク対策に
 リスク対策の一つの方策として有効ではないか。事務局(国交省鉄道局)も含めて考えた案だ。時間差の問題があるが、流出した湧水を代償する考え方。具体的な方法に関してはJRが県、流域市町と今後協議する。

県の見解 影響は回避できない
 水を戻すのに時間がかかると、その間に大井川の水が減り、影響を回避できない。突発湧水による大量流出を考えた時、戻す量や水質が十分確保できるのか疑問だ。詳しい地質は不明で想定通りにならない可能性もある。

JR東海のこれまでの説明まとめ 「中下流域の地下水への影響小さい」

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知事選立候補者の見解は

 Q リニア中央新幹線トンネル工事で山梨県や長野県に流出するトンネル湧水に関してトンネル貫通前に全量を戻す必要性があると考えますか。トンネル工事中止やルート変更、工事を許容した上での金銭補償を求めますか。

川勝平太氏 じっくり対話尽くす
 
 工事中止やルート変更を現段階で求めるのは早い。大井川の水資源や南アルプスの豊かな自然環境に影響を与えないよう、じっくりと対話を尽くすべきである。失われる可能性のある流量、水質、地下水脈、自然生態系は戻らない。補償問題は時期尚早、軽々に結論を出すべきでない。

岩井茂樹氏 理解得るまで認めず
 流出するトンネル湧水の量や、水利用に与える影響について科学的なコンセンサスが得られてない現時点で、その後の対応を考えることはできない。また、将来的にも命の水を金銭であがなうという発想はあり得ないと考える。十分な検証と技術的な担保が得られ、地域の皆さんのご理解が得られるまで着工を認めることはない。
〈2021.6.11 あなたの静岡新聞〉 ⇒元記事
地域再生大賞