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世代を超えて受け継がれる遠州織物 新しい魅力発信

 静岡県西部で作られる「遠州織物」。その品質の高さから国内外で評価されていますが、後継者の不在や、廃業の増加など課題も抱えています。そのような中、遠州織物を使った蚊帳を世界に広めたり、先月末には渋谷にショールームがオープンしたりするなど、新しい動きもあります。関係者が「遠州織物」の魅力の発信に奮闘する様子などをまとめました。

遠州織物の魅力、全国に発信 渋谷にショールーム

 浜松市で遠州織物ブランドを展開する「HUIS」(ハウス)は3月1日、東京・渋谷スクランブルスクエア9階に遠州織物を全国へ発信する「HUIS渋谷ショールーム」を開設する。このほど松下昌樹社長と妻でデザイナーのあゆみさん、古橋織布の古橋佳織理社長、遠州織物工業協同組合の松尾耕作理事が市役所で中野祐介市長に報告した。

オープンに向け設営作業が進む渋谷ショールーム=東京・渋谷スクランブルスクエア
オープンに向け設営作業が進む渋谷ショールーム=東京・渋谷スクランブルスクエア
 HUISのショールームは全国7カ所目。渋谷は“旗艦店”と位置づけ、これまでの施設より広く豊富な品を扱う。おおむね2週間ごとに、遠州をはじめ全国の織物産地の魅力を紹介する産地イベントギャラリーを開き、職人が来店客に直接特徴を伝える機会も増やしていく方針。
 松下社長は「遠州は優れた織機メーカーを生み、今も昔ながらの高密度な生地を作り続けている世界的にも珍しい産地。いかにすごいか、都内の一等地で実物を見せながら多くの人に伝えたい」と抱負を語った。
〈2024年03月03日 あなたの静岡新聞〉

日本の「蚊帳文化」世界に 遠州織物の技術生かす

 磐田市中泉の寝具・麻製品販売「菊屋」が、日本の蚊帳文化を海外に向けて発信している。「蚊よけだけでなく、安眠空間としての蚊帳をアピールしたい」と三島直也社長(28)。昨年8月に67歳で亡くなった父で先代社長の治さんの思いを引き継ぎ、遠州織物の技術を生かした蚊帳の価値を世界に広めようと奔走している。

蚊帳文化の海外発信に取り組む三島社長=磐田市中泉の菊屋
蚊帳文化の海外発信に取り組む三島社長=磐田市中泉の菊屋
 1月9~12日に米ラスベガスで開催された世界最大の家電IT見本市「CES」。パナソニックブースの受付の装飾に、藍染めされた菊屋の蚊帳カーテンが採用された。徳島県の染め師が「日本らしい生地」として菊屋を指名し、コラボレーションが実現。光沢のある藍色が映える生地が好評を得たという。
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CESのパナソニックブースに飾りつけられた蚊帳カーテン=米ラスベガス(菊屋提供)

 菊屋の蚊帳は産業用大麻「ヘンプ」の糸を、遠州地域では古くから漁網に使われていた絡み織りの技法で生地にすることで、丈夫で型崩れしにくくした。治さんはそんな独自素材を生かして「世界の菊屋」を目指した。マラリア予防で蚊帳をアフリカに贈ったり、ヘンプ麻の産業化に着手したタイ政府に助言したりと海外に目を向けていた。
 若くして菊屋を継いだ三島社長も「戦前は日本でもヘンプ産業が盛んだった。そんな日本のものづくり文化を大切にしたい」と海外進出に乗り出している。
 都内の家具製販会社は3月中旬から、イタリア・ミラノの自社拠点に、テント風にした菊屋の蚊帳を展示する方向で検討しているという。流行発信地での和の住空間提案に蚊帳が活用される。三島社長は「環境意識の高い欧州で、自然由来の材料を使った蚊帳がエコな商品と認知されれば」と期待する。今後は販売サイトの英語対応なども進め、海外からの受注増を図っていく。
 (磐田支局・八木敬介)
〈2024年02月08日 あなたの静岡新聞〉

遠州織物の未来は若手が守る 他県産地を訪問し振興のヒント

 静岡県西部の繊維産業の20~30代の担い手でつくる「ひよこのかい」と遠州織物のアパレルメーカー「HUIS(ハウス)」(浜松市西区)が、他産地との交流や上質な遠州織物の県外での魅力発信など産地振興活動を活発化させている。2月中旬には日本一の毛織物産地を掲げる尾州の一宮市(愛知県)を訪問し、若手による産地活性化の取り組みを視察した。後継者不在や廃業増加、コロナ禍と逆風の中、生産者とメーカーがタッグを組み、活路を切り開こうと挑戦を続ける。

遠州産地の「ひよこのかい」と尾州産地の若手が意見を交わした交流会=2月中旬、愛知県一宮市の「尾州のカレント新見本工場」
遠州産地の「ひよこのかい」と尾州産地の若手が意見を交わした交流会=2月中旬、愛知県一宮市の「尾州のカレント新見本工場」

 一宮の訪問先は、繊維企業で働く若手が立ち上げた自主サークル「尾州のカレント」。産地に新風を吹き込み、尾州の認知度向上に寄与したとして業界で注目される。活動拠点「新見本工場」で彦坂雄大代表(34)から、企業の垣根を越えた販売会や消費者が選んだ尾州生地を使った産地直送の服づくりなどの状況を聞いた。
 ひよこのかいで代表を務める古橋織布(浜松市西区)企画営業の浜田美希さん(32)は「外からも刺激を受け、変化を起こしたい」と強調する。2018年9月に始動し、織布や染色、糸、産元など各分野の後継者や従業員約15人が意見交換やPR事業を進めてきた。
 廃業などで産地特有の「分業の仕組み」の維持が難しくなる中、個々の事業所の生き残りだけでなく、「産地全体の盛り上げを考えなければ」と語る。
 産地発ブランドとして遠州織物のシャツなどを展開し、全国でファンを増やすHUISの松下昌樹代表(42)もメーカーの視点で産地振興に携わる。「消費者と生産者の接点づくり」が鍵と捉え、首都圏の百貨店や商業施設の期間限定販売イベントなどに、ひよこのかいメンバーの織物企業と共同出展する。松下代表は「生産者が、商品が売れる様子を見るとともに、消費者に直接説明することでモチベーションを高めてほしい」と期待する。
 浜松では、遠州織物の生地を選んでシャツを作るセミオーダー会開催も計画している。

 <メモ>経済産業省工業統計調査に基づく本県繊維工業の2019年の全事業所数(従業者3人以下の事業所の推定値含む)は664社で、00年の1907社に比べて約3分の1に減少。従業者数は6048人で、00年の1万5319人から縮小した。繊維産業集積地で織物製造加工が中心の県西部は、整経やサイジングなどの準備工程、織布、染色、仕上げ加工、縫製など各工程の分業制が特徴。一方、準備工程の事業者減が目立ち、分業のバランス維持が困難になっている。
〈2023年03月09日 あなたの静岡新聞〉

コロナ禍ではネット通販で販路の拡大も 若者の心つかむ作戦

 遠州織物を手掛ける県西部25の生産者やクリエイターが1月、日本最大級のハンドメードマーケットプレイスに特設サイトを設け、生地や服飾品、業界の魅力を消費者に直接売り込む試みを始めた。コロナ禍で祭りやファッションショーの中止が相次ぎ、浴衣などの需要減に直面する中、遠州産地振興協議会や県繊維協会の支援を受け、生産者はネット環境充実や商品開発に奔走した。新たなオンライン販売形式の確立で、若年層など新規顧客の開拓を図る。

オンライン販売の売れ筋などをパソコン上で確かめながら、新商品の開発アイデアを絞る二橋教正社長(右)=1月下旬、浜松市中区の二橋染工場
オンライン販売の売れ筋などをパソコン上で確かめながら、新商品の開発アイデアを絞る二橋教正社長(右)=1月下旬、浜松市中区の二橋染工場

 「デザインを多数用意した手ぬぐいがすごく売れている。第2弾、3弾の新製品を早速考えないと」
 1月下旬、浜松市中区の二橋染工場の本社事務所。二橋教正社長(58)が声を弾ませ、パソコン前に座る販売戦略担当の女性社員と打ち合わせを続けた。
 事業者間取引が中心で、ネット環境はホームページ(HP)だけだった同社。開設から4日間で2千人が閲覧し、お気に入り登録は200件近くに上る。えとの丑(うし)を多種多様な色彩で表現した手ぬぐいに加え、自宅で裁縫できる浴衣セットは特に人気を集める。新作のステテコも近々売り出す計画だ。
 サイト「遠州産地 織りもの・染めもの紀行」を特設したのは出品数1千万点以上を誇る「Creema(クリーマ)」。浜松市が事務局を担う同協議会などの公募に手を挙げた25の事業者が参加した。HPさえ持たない工場も多かったが、昨秋から販売手法の勉強や社内の環境整備を進め、出展名や出品商材には若者を意識したポップな名称を付けるなどした。
 市産業振興課の杉浦健太さんは「コロナ禍だからこそ始められた挑戦。売り場を持たなかった生産者にとって大きな転機で、掘り起こせる顧客層はまだまだ多い」と次なるPR策に知恵を絞る。
 (荻島浩太)

 <メモ>遠州織物は、安価な輸入品の増加などで厳しい環境に立たされている国内繊維産業の中で、高い生産技術を売りに、多くの世界的高級ブランドに素材を提供している。カーテンなどのインテリアや車のシートベルトなど身近な製品にも使われ始めている。
 生産者はアパレルメーカー向けの商談会や国内外の展示会を通じて業界への売り込み、販売ルートの拡大に力を注ぐ。だが、これまでは事業者間取引が主流で、多くの小規模生産者は消費者への直接的な販売網を持たずにきた。コロナ禍を機に生産者の目線や意識が変わりつつある。
※2021年02月01日 静岡新聞夕刊
地域再生大賞