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~準備編~ 大地震に備えて何をするべきか? 新聞連載で一緒に考えましょう【東海さん一家の防災日記】

 1日に最大震度7を観測した能登半島地震が発生し、不明者の生存率が著しく低下する「発生後72時間」が迫っています。救助隊による懸命な活動により、今なお閉じ込められている方が一刻でも早く助け出されることを心から願っています。
 2024年元日から地震の恐ろしさを再認識させられました。大地震に対してどのように備えたら良いのか、静岡新聞連載中の「東海さん一家の防災日記」で一緒に考えましょう。

連載【東海さん一家の防災日記】ってどんな話? 登場人物は?

 災害時には静岡県民一人一人が自分や家族の身を守る自助と、地域で助け合う共助の意識が不可欠だ。いざという時にどう行動すべきか。自治会・自主防災会会長の東海駿河[とうかいするが]さん(71)と妻の伊豆美[いずみ]さん(66)、長男の会社員遠州[えんしゅう]さん(36)親子、長女の小学校教諭富士子[ふじこ]さん(33)の3世代の親族をモデルに、地域や家庭での備えを紹介していく。

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長女・富士子さん(33)小学校教諭/妻・伊豆美さん(66)専業主婦/すんぴー 愛犬/東海駿河さん(71)自治会・自主防災会会長
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長女・かのちゃん(5)保育園年長/東海遠州さん(36)会社員/妻・三保さん(34)パート従業員/長男・竜洋君(7)小学1年

 ■2002年にも連載 東海地震を考えた
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2002年に掲載されていた「東海さん一家の防災日記」
 「東海さん一家の防災日記」は、静岡新聞の過去の特集「週刊地震新聞」の一企画として2002年4~12月に計32回掲載しました。当時のシリーズでは東海駿河さん(50)、妻の伊豆美さん(45)、長男の遠州さん(15)、長女の富士子さん(12)が東海地震の防災のために家庭で何ができるかを読者の皆さんと共に考えました。
※2023年7月9日 あなたの静岡新聞【いのち守る 防災しずおか】から

「どこに」「いつまでに」わたしの避難計画 家族で作ろう

 静岡新聞を読んでいた東海駿河さんは維持管理が行き届いていない津波避難施設の記事に目がとまった。静岡県内は東海地震対策で長年、避難路や高台への避難階段などの整備に取り組んできたが、過去に設置された施設は雑草が生い茂るなど使えない状態のものもある。「いざという時に困るな」。津波浸水想定区域に暮らす遠州さん家族が心配になり、防災ベテラン家族「わたひな家」に相談した。

 東海さんは後日、わたひな家の3人と一緒に遠州さんの自宅を訪れた。「遠州さん、地震が発生したらどこに、どう避難するか、ちゃんと考えていますか」。わたひな父は問いかけた。「え…」。答えに詰まる遠州さん。最近はコロナ禍で訓練にも参加していない。そういえば最近、地区内に新しい命山ができた。「そこでいいのかな…」
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静岡県の「わたしの避難計画」普及に取り組む防災ベテラン家族「わたひな家」
 わたひな父は「一緒に『わたしの避難計画』を作ってみましょう」と呼びかけた。初めて聞く「わたしの避難計画」。「計画って何だか大げさで難しそうだわ」と遠州さんの妻三保さん(34)は不安な表情を浮かべる。
 実は家庭内でハザードマップすらちゃんと見たことがない。「大丈夫ですよ。わたしの避難計画はすでに地区ごとのハザードマップと作成ガイドがセットになっています」とわたひな父。ガイドに沿って「どこに」「いつまでに」避難すればいいのか、津波の場合を早速考えてみた。
 まず自宅に津波が到達するのか、しないのか。「家の近くは青色が掛かっているね」。長男竜洋君(7)も身を乗り出してマップをのぞき込む。10~15分で津波が到達し、津波浸水深は5メートルと確認できた。自宅から5分のところに津波避難ビルに指定された民間施設がある。「ここが一番近いから避難場所に良さそうだな」と遠州さん。「ちょっと待ってください。民間施設の場合、夜間でも逃げ込めるのか確認した方がいいですよ」とわたひな父からアドバイス。施設によっては夜間は施錠され、24時間使えるとは限らない。
 妻の三保さんは新しくできた命山を候補にあげた。自宅からの距離はやや遠く、早歩きで7分ほど。5歳と7歳の子ども2人を連れて避難することを考えるとぎりぎりだ。「最短距離で行く道だと途中で古いブロック塀の建物もあるから迂回[うかい]しないといけないな」と遠州さん。結論が出ない中、「一番近いビルをいつでも使えるようにしてもらうのはどうかな」と竜洋君がひらめいた。
 わたひな父は「とても大事な視点ですね」と強調する。揺れを検知して自動で開錠するキーボックスを取り付けるなど工夫の余地はありそうだ。ひとまず、「わたしの避難計画」には「10分以内に津波避難ビルに到着する」と書き込んだ。
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  ※2023年9月24日 あなたの静岡新聞【いのち守る 防災しずおか】から

地震の危険性が高まったと判断される「南海トラフ臨時情報」とは?

 静岡県内で開催された南海トラフ地震対策の講演会。自主防災会の代表として参加した東海駿河さんは2019年5月に運用が始まった「南海トラフ地震臨時情報」の説明に疑問が膨らんだ。「運用が始まってしばらくたつけど詳しくは知らないし、何やら複雑だな…」。講演会終了後、気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の平田直会長(68)を訪ね、疑問をぶつけた。

 「平田会長、東海地震の予知情報や警戒宣言はどうなってしまったのでしょうか」。県内では長年、突発地震への備えと併せて、地震予知を前提とした対策が行われてきたはずだった。
 平田会長は「警戒宣言や予知情報が発表されることはもうありません」と明言した。「想定震源域の一部では、地震発生前に『前兆すべり』と呼ばれる現象が起きます。この変調を観測すれば地震予知ができると考えられていました」と平田会長。「しかし、現在の科学では、通常と違うゆっくりすべりが観測されてもそれが地震の“前兆”なのかは分からないのです」
 長年、地震予知と呼ばれてきたような確度の高い地震発生予測は難しいと理解した東海さん。「これまでやってきた対策は無駄になってしまうのだろうか」
 大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づくこれまでの制度では、「警戒宣言」が発令されると住民避難や鉄道の運休など一律の強い制限が求められ、社会が混乱する可能性があると懸念された。一方で新しい「臨時情報」の場合、警戒宣言のような一律に強い行動制限はない。どんな行動を取るか事前に決めておく点は同じだが、一律の規制ではない分、住んでいる地域によって防災対応が変わるのが難しい点だ。平田会長は「避難をするかどうかなどの取るべき行動を、地域や個人でそれぞれ考えておくことが重要です」と強調した。
 
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   東海地震の想定震源域を含む南海トラフ沿いでは過去に大地震が繰り返し起きているが、次がいつかは分からない。「自然現象はとても複雑。簡単には予測できません」と平田会長。ただ、ひとたび大地震が発生すれば周辺の地域で普段よりも地震の発生確率が高まるということは言えるため、後続する大地震には備えられる。「この科学の知見を防災対策に生かすための仕組みが臨時情報です」
 そういえば、昭和南海地震は昭和東南海地震の約2年後、安政南海地震は安政東海地震のおよそ32時間後に起きたことを思い出した東海さん。「大地震は1回だけとは限らないんだ」。平田会長の話を聞き、臨時情報が出たら具体的にどうするかを考えてみようと思った。津波浸水想定区域に住む長男遠州さんも誘い、大学教員で元県職員の岩井山仁さん(68)に助言を求めることにした。
対応 個々に検討必要
 臨時情報について、事前に気象庁や内閣府のウェブサイトで調べた東海さんと遠州さん。地震の規模などに応じて「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」「調査中」「調査終了」の4種類があることを知ったが、発表のタイミングが分かりにくいと感じた。岩井山さんと一緒に「巨大地震警戒」が発表されるケースをイメージしてみた。
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 東西に長い南海トラフ地震想定震源域の西側、高知県沖でマグニチュード(M)8の地震が発生したと想定。この時点で県内にも大津波警報が発表される。気象庁では専門家が観測データから発生した地震の評価を行う。プレート境界でM8以上の地震が発生した「半割れ」状態と判断されると、気象庁が「巨大地震警戒」を発表するという流れだ。西側で大地震が発生すると、東の本県側でも同規模以上の後発地震が発生する可能性が高まる。なるべく普段通りの生活を送りつつも、事前避難対象地域は1週間程度の避難の継続が求められる。
 遠州さんは「事前避難対象地域は浸水想定区域とは違うのか」と疑問に思った。後発地震が発生してからでは津波避難が間に合わない地域が事前避難の対象になるので、想定浸水区域であっても避難タワーなどが整備されていれば事前避難の対象にならないことがある。岩井山さんは「各市町がそれぞれ区域を設定しているので、まずは自宅が事前避難対象地域かどうか確認してほしい」と訴え、「夜間に確実に避難できるかも確認しておきたい。高齢者や障害者がいる世帯は事前避難対象地域でなくても夜間だけは安全な親戚・知人宅に身を寄せることも考えておいたほうがいい」と付け加えた。
 一方では避難が必要としつつ、なるべく普段通りに過ごすとは…。「内陸部なら結局何もしなくていいということなのか」と東海さんは少し混乱した。岩井山さんは「耐震性が十分で、日ごろから備蓄や家具の固定が万全なら特別な行動は必要ないけれど、そうでなければ備えを再確認してほしいということなんだ」と説明した。鉄道や企業、店舗も原則営業するが、沿岸部に事業所がある場合は一時的に休業する対応なども考えておく必要がある。「事前に検討しなければならない事項は多いのに議論はまだまだ足りない」と岩井山さんは懸念を口にした。
 南海トラフの想定震源域では1944年の昭和東南海地震の約2年後に昭和南海地震が発生した。1週間過ぎれば安全ということはなく、何年たっても後発地震が起きない可能性もある。「巨大地震警戒」が解除されても地震がいつ起きてもおかしくない状況は変わらず、事前避難対象地域などでは継続して警戒が必要だ。「自宅の耐震化は必須で、家族の状況に応じては緊急避難しなくてもいい安全な場所に移転することも考えてほしい」
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  ※2023年7月9日 あなたの静岡新聞【いのち守る 防災しずおか】から

登下校時に津波の恐れ どこに避難? 家族と決めよう

 ある平日の午後。小学1年の東海竜洋君(7)は学校を終えて自宅へ歩いていると、地面の揺れを感じた。「地震かな」。立ち止まっていると防災行政無線の放送が流れた。「津波注意報が発表されました。海岸付近の方は注意してください」

 「えっ、どこに逃げればいいの。あっ、そうだ!」。学校も自宅も津波浸水想定区域内にある竜洋君は、ランドセルに入れてあった「避難カード」を思い出した。校外にいて地震が起き、「家族と一緒の時」「登下校中の時」「自宅にいて親がいない時」を想定して家族と決めておいた避難先を記入するカードだ。一番下に太字で「学校の近くにいる時は学校に行くこと」と印刷されている。竜洋君が急いで校内に戻ると、教員が児童に説明していた。「大丈夫、津波注意報で予想される津波は最大1メートルだから。学校はもっと高いし海岸から1キロ以上離れている。少し様子を見よう」
 教員はスマートフォンで情報を収集。三重県沖でマグニチュード(M)6・4の地震があり、太平洋沿岸に津波注意報が発表されていた。三重県では最大震度4で、観測された津波は0・5メートル程度。注意報は解除され、竜洋君は帰宅した。
 母の三保さん(34)が保育園児の妹かのちゃん(5)を連れて帰宅すると、竜洋君を抱きしめて言った。「よかった、大きな津波が来なくて。緊急地震速報が流れた時は『南海トラフ地震かも』とパニックになりそうだったわ」。竜洋君は教員から聞いた話を語った。「3階建ての校舎の屋上は地上10メートル以上あるから、学校に避難すればきっと大丈夫だよ。僕たちの家から5分のところには津波避難ビルもあるしね。『登下校中は近い方に逃げる』って避難カードに書いてあるよ」
 竜洋君は先日、県が普及を進める「わたしの避難計画」を家族で作ったことをしっかり覚えていた。自宅付近の津波到達時間は地震発生10~15分後、浸水深は最大5メートルで時間的余裕は乏しい。帰宅した父の遠州さん(36)は津波ハザードマップを広げ、三保さんと話し合った。今回は津波注意報だったが、1~3メートルの津波が予想される津波警報、3メートルを超えると見込まれる大津波警報だったら―。
 「会社から10~15分で家には戻って来られないな」と遠州さん。三保さんは「私のパート先は近所だけど避難場所はやっぱり竜洋の学校かな。日中はかのも保育園だし、4人とも別の場所に避難する場合もありそうね」とため息をついた。一家は次の週末、自宅から行ける何カ所かの避難場所までの移動時間を実際に歩いて確かめることにした。
危機管理マニュアル 各校作成
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津波浸水想定区域では校舎最上階や屋上を避難場所とする学校も少なくない=沼津市の第三小
   竜洋君の祖父・駿河さんは津波浸水想定区域外の自治会で自主防災会会長を務めている。津波注意報発令を受けて竜洋君や近隣の学校のことが気になり、県教委に津波防災の態勢について尋ねた。
 静岡県教委によると2021年度現在、県内の公立学校で津波浸水想定区域にあるのは16幼稚園・こども園、41小学校、18中学校、11高校、8特別支援学校など計95校・園。このうち91校・園が津波を想定した危機管理マニュアルを作成し、避難訓練を実施している。同マニュアルでは「児童生徒の在校時」「校外学習時」「登下校中」などの状況別に、避難場所、各教員の役割分担や最終判断の責任者などを定めている。
 例えば沼津市の第三小は津波浸水深が1~2メートルで、在校中に大地震が起きた時は校舎4階の空き教室か屋上への避難を基本とする。周囲に高台はなく、校外への避難は想定していない。学校自体が津波避難ビルに指定され、校舎に外付け階段も設置されていて、住民の避難も受け入れる想定だ。全校児童による津波避難訓練は4月と9月、目標時間を設定して行っている。
 高橋信一教頭は「今の児童は東日本大震災を知らないので、命を守る訓練であることを強調している。地域の防災訓練への参加率を高めようと、今年から参加証を配り始めた」と言い、児童の意識向上に取り組む。
 
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  ※2023年11月12日 あなたの静岡新聞【いのち守る 防災しずおか】から
地域再生大賞