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富士・岳南電車 地域交通支え70年 経営には課題も

 富士市の岳南電車は今年、全線開通70周年を迎えました。記念ヘッドマークをつけた電車や工場夜景を楽しめる夜景電車の運行などのイベントに加え、地域の高校生が沿線周辺の着地型観光を盛り上げようと力を入れています。一方で、経営が厳しく存続が危惧される状況が続いています。岳南電車のこれまでの歩みと課題をまとめます。

全線開通70年 当時と現在見比べて 開業時の風景ヘッドマークに

 富士市の岳南電車(通称・岳鉄)は20日、全線開通70周年を迎え、21日に記念式典を岳南江尾駅で開いた。70年前の写真をあしらった記念ヘッドマークがお披露目され、地元関係者がテープカットで節目を祝い電車の出発を見送った。

全線開通70周年を記念して作られたヘッドマーク=富士市の岳南江尾駅
全線開通70周年を記念して作られたヘッドマーク=富士市の岳南江尾駅
 岳鉄は1953年、岳南富士岡駅より東の須津、神谷、岳南江尾の3駅を開業した。延伸により、現行の9・2キロの運行が始まった。
 ヘッドマークには開業当時の3駅の様子が分かるモノクロ写真が使われた。電車が走っていた70年前の風景と現在が見比べられる。
 式典で橘田昭社長は、少子化や貨物輸送休止、コロナ禍という数々の困難を地域や行政と共に向き合ってきた歴史を振り返り「利用者を増やし、地域の課題を地域と一緒に解決する好循環を生みたい」とあいさつした。
 岳鉄の運営に協力しているとして、駅舎清掃に取り組む吉原工高野球部と、沿線の動画を配信する「おさんぽがくでんプロジェクト」の市立高生に同社から感謝状が贈られた。
 岳鉄は記念切符セット(税込み900円)を500部限定で発売した。3駅の開業当時の日付が刻まれた復刻入場券や、往復乗車券が入っている。吉原駅などで販売している。(富士支局・国本啓志郎)
 〈2023.1.22 あなたの静岡新聞〉

経営状況厳しく 2012年から年間6500万円支援受ける

古びた駅舎に止まる岳南電車。夜景を観光資源にした取り組みが広がっている=11月中旬、富士市の岳南江尾駅
古びた駅舎に止まる岳南電車。夜景を観光資源にした取り組みが広がっている=11月中旬、富士市の岳南江尾駅
 ※2014年11月21日 静岡新聞朝刊から
 富士市の岳南電車(通称・岳鉄)が今夏、「日本夜景遺産」に鉄道本体として全国で初めて認定された。(2014年)10月には、市内工場群の「工場夜景」を売り出す同市が、県内初となる全国工場夜景サミット加盟都市にも内定した。ただ夜景遺産も工場夜景も知名度はいまひとつ。官民挙げた積極的な情報発信と、市民の理解がまず不可欠だ。
 岳鉄は吉原駅から岳南江尾駅までの全長9・2キロを結ぶ。「昭和」の面影を残すレトロな駅舎に、どの駅からも眺めることができる富士山、海抜0メートルから仰ぐ市街地の光―。昔懐かしい単線の雰囲気を堪能しようと各地から鉄道ファンが訪れるほか、映画やドラマのロケ地としても注目が集まる。味のある風情と根強いファンの存在が、夜景遺産の認定につながったようだ。
 ただ、岳鉄の経営は苦しく、存続が危惧される状況だ。2012年度から年間6500万円の市の支援を受けている。「夜景」を前面に経営を軌道に乗せ、市民の協力を得ることが急務となっている。
 岳鉄存続を目指す市民団体は活発に動いている。ハロウィーンに合わせたイベントを開いたり、車内で楽しむビールとワイン電車を企画したり。地元商店街とも連携し、さまざまなイベントで盛り上げている。
 岳鉄も富士山の世界遺産登録を記念し、ボールペンや手拭い、切手といった関連グッズの販売を本格化させている。こうした努力が奏功したのか、利用客数はようやく微増に転じている。
 各工場を抱える企業の協力も欠かせない。経営が苦しく、コスト削減に取り組む各社は電気代の節約に躍起。市内外の観光客を連れて回る工場夜景ツアーの際には、工場の保安灯のほかに、さまざまなライトアップの演出でツアー客をもてなしているが、かさむ費用に各社の思いは複雑という。100年以上受け継がれてきた「工業都市」の歴史を生かし、観光という新分野への本格参入を目指すが、クリアすべき課題も多い。
 市民にとっては見慣れた岳鉄の情景や工場群の明かりも、立ち位置を変えると大きな魅力になる。今回の全国団体のお墨付きは、それを証明した。ぜひ地域資源としての価値を見つめ直すきっかけにしてほしい。(富士支局・水野紗希)
 ※内容は当時のまま

23年度以降 定額→財政計画に即して交付へ
 ※2022年8月3日 あなたの静岡新聞から
 富士市公共交通協議会が(2022年8月)2日、市役所で開かれ、岳南電車(通称・岳鉄)への2023年度以降5年間の公的支援を、同社の財政計画に即して交付する従量制にすることを了承した。
 22年度までは定額で補助し、施設や車両の整備などの財政計画に沿った支援が行われていないとの指摘があった。5カ年の総額は約3億4700万円だった。
 23年度以降はより実態に沿った支援を進めるため、欠損額の91%を補助し、残りの9%は自助努力を求める。5カ年の総額は約3億8千万円を見込む。
 コロナ禍による利用者の減少で経営が厳しくなる中、経済効果などの評価が下がることに配慮した。岳鉄の運行によって得られる経済的な効果を補助額が上回らないよう、環境や観光効果を算出して比較していく。(富士支局・宮城徹)

ファン獲得へ マニアもうなる攻め企画 運転士専属案内、車内泊…

運転士からマンツーマンで電気機関車の解説を受ける鉄道ファン(右)=1日、富士市の岳南富士岡駅
運転士からマンツーマンで電気機関車の解説を受ける鉄道ファン(右)=1日、富士市の岳南富士岡駅
 ※2020年11月11日 静岡新聞夕刊から
 新型コロナウイルスの影響による乗客数の落ち込みで全国の地方鉄道が危機に陥る中、富士市の「岳南電車」(通称・岳鉄)が、鉄道マニアもうなる攻めのイベントや、グッズ販売で危機脱却を目指している。SNSを活用した情報発信で全国の鉄道ファンを引きつけている。
 「秋の岳南電車まつり月間」が始まった(2020年)11月1日、岳南富士岡駅には、1927(昭和2)年製造の電気機関車「ED501」などを目当てに関東や東海地方のファンが集まった。運転士発案の「岳鉄機関車ガイド極」(参加費5千円)は、乗務歴約30年の運転士が約30分間、付きっきりで機関室や運転室を案内し、触り放題、撮り放題。定員いっぱいの盛況だった。初めて岳鉄に乗車した愛知県の男性会社員(34)は「運転士さんを独り占めできるぜいたくな体験。岳鉄ファンになった」と再訪を誓った。
 同社は感染症対策とイベント両立のため、通常は2日間の同まつりを1カ月間に設定し、少人数で高付加価値の体験を複数回開催する。期間中は親子向け以外に新たに三つの「大人限定企画」を用意した。終電後の吉原駅ホームの電車に泊まる「ナイトステイホーム」は参加費1万円という高めの料金設定ながら反響は大きく、日程を追加した。
 工場夜景を楽しむ岳鉄名物「夜景電車」は、料金を上げた全席指定の貸切列車「ナイトビュープレミアムトレイン」の人気が定着して増便を図る。急きょ5月に開設したオンラインストアもコーヒーなど新商品を投入し、5月は前年平均の4倍を売り上げるなど成果が出ている。
 参加者の獲得など各種展開を支えるのが公式ツイッター「岳ちゃん」。こまめな投稿や返信で全国の鉄道ファンを獲得し、昨年春の開設からフォロワーは1万4千人(10月末時点)を超えた。鉄道好きのツイッター担当竹村優一郎さん(26)は「岳南電車の魅力とともに、親しみやすさが伝われば」と話す。(富士支局・青島英治)
 ※内容は当時のまま

高校生が盛り上げに一役 SNS発信、話題に

動物のマスクをかぶって撮影する生徒たち。紙製のミニチュア車両「おさがくちゃん」を散歩させている=9月中旬、富士市の岳鉄本吉原駅
動物のマスクをかぶって撮影する生徒たち。紙製のミニチュア車両「おさがくちゃん」を散歩させている=9月中旬、富士市の岳鉄本吉原駅
 ※2022年10月12日 あなたの静岡新聞から
 富士市の岳南電車(通称・岳鉄)を舞台にした写真や動画をSNSで発信する「おさんぽがくでんプロジェクト」が、市内の高校生らによって動き始めた。車両の形をしたミニチュアアートを、女子高生がペットのように連れて歩く不思議な映像が話題だ。岳鉄や富士商工会議所が撮影に全面的に協力し、沿線周辺の着地型観光の盛り上げに期待が高まっている。
 プロジェクトの中心になっているのは富士市立高3年の椎木菜央さん。岳鉄の利用者が年々減少し、経営が苦境に立たされていると知って発案した。通学に欠かせない地域の財産としての魅力を広めようと「岳鉄の推し活」として企画を練った。「赤くてかわいい電車」(椎木さん)の認知度を高め、撮影などで富士を訪れる人を増やすなど、新たなコミュニケーション空間の創出を狙う。
 ミニチュアアート「おさがくちゃん」は、実際の車両から生まれた子どもという設定で、富士の造形作家あしざわまさひとさんが提供した。全長約70センチの紙製で、のどかな散歩の情景に結びつくよう、車輪とリードが取り付けてある。
 椎木さんは同級生とあしざわさんと共に、(2022年)8月末から駅舎や車内で撮影を開始。9月中旬の撮影では、乗客にあしざわさんの動物作品を紛れ込ませたり、生徒が動物のマスクをかぶったりと、SNSで注目される場面づくりに工夫を凝らした。
 作品は、おさがくちゃんのかわいらしさに加え、ローカル電車、女子高生、異形アートが交じり合って目を引く。動画投稿アプリTikTok(ティックトック)には再生回数が100万回に迫る投稿もある。
 岳鉄を市内の景色の一部ととらえた発信に橘田[きった]昭社長は「不思議な世界は電車に興味が薄い若者世代に刺さり、沿線観光が盛り上がるのでは。高校生の活動に全面協力する」と期待を寄せる。椎木さんは「岳鉄を媒介に地元の魅力を多くの人に届けたい」と思いを込める。(富士支局・国本啓志郎)
地域再生大賞