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知られざる展示室の仕組み紹介 静岡県立美術館”再始動”

 約7カ月の改修工事を終え、再始動した静岡県立美術館。4月2日から、全国でもほぼ類例がない展示室の機能や仕組みをテーマにした企画展「大展示室展」が開幕しました。来園者の快適さを確保するための構造や照明などを紹介しているとのことで、美術館の裏側を発見できそうですね。展示会の概要や解説など1ページにまとめました。ぜひお出かけの参考にしてみてください。
 〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・安達美佑〉

美術館の機能可視化 「大展示室展」開幕

 静岡県立美術館(静岡市駿河区)で2日、展示室の機能や仕組みをテーマにした企画展「大展示室展」が開幕した。約7カ月の改修工事による休館を経て再始動した同館が、全国でもほぼ類例がない展覧会をスタートさせた。

作品を安全に展示する用具や工夫に加え、ロダン館建設時の模型など同館の過去の姿も展示した「大展示室展」=静岡市駿河区の県立美術館
作品を安全に展示する用具や工夫に加え、ロダン館建設時の模型など同館の過去の姿も展示した「大展示室展」=静岡市駿河区の県立美術館
 来館者の快適さを確保するための展示室の構造、作品を安全に展示するための器具や照明について、備品と解説文で紹介。普段は『脇役』の移動壁、スポットライト、作品の梱包(こんぽう)用具などに焦点を当てた。空調や温湿度の管理、空気中の有害物質計測にも言及し、通常の作品展では目につかない工夫を可視化している。
 「変わった預かり品」「はらはらさせる展示物」など、監視員が業務のこぼれ話を語るボードも随所に掲示した。開館前の同館の完成予想図や、ロダン館建設時の模型も出品。過去と現在の姿を対比させ、美術館の普遍的な役割を問い掛ける。
 企画展を手掛けた新田建史上席学芸員は「美術館に備わった、資料や作品を“物”として保存するための機能をご覧いただきたい」と力を込めた。
 関連企画として、9日午後2時から新田学芸員の講座、5月3日午後2時から木下直之館長の講座を、ともに同館で開く。問い合わせは県立美術館<電054(263)5755>へ。
 <メモ>県立美術館の「大展示室展」は2日から5月15日まで。展示室のさまざまな機能や、来館者に快適に作品を見てもらうための工夫を紹介する。同館創建当時の様子を模型や資料で見せるコーナーも。観覧料は一般300円、70歳以上と大学生以下無料。
 〈2022.4.3 あなたの静岡新聞〉

7カ月ぶり展示再開 空調、照明、壁…設備に作品生かす工夫いろいろ

 耐震工事などによる臨時休館を経て4月、県立美術館が約7カ月ぶりに展示を再開する。2日からの「大展示室展」は作品展示の工夫や美術館内の知られざる仕組みがメインテーマ。これを機に、地域の財産とも言うべき収蔵品のより良い見せ方や、美術館・博物館の意義を考えたい。県立美術館で収蔵品の保存管理を担う新田建史上席学芸員に、「大展示室展」の内容に沿って展示室の設備を解説してもらった。

 ■移動壁 
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高さ4メートルに達する県立美術館の移動壁=3月中旬、同館

 美術館の展示室は企画内容に応じて可動式の移動壁を設置します。壁は鉄骨の上に木板を貼りクロスで覆ったもの。当館の移動壁は高さ約4メートル、幅は2・6メートルから7メートル超までさまざまです。
 展示室上方のレールからローラー付きの支柱2本でつるしていて、設置する際は壁の下にある固定用の足で動かないようにします。
 展示室を見上げてみましょう。レールが線路のように配置されています。部屋ごとに縦横それぞれ3、4本のレールがあるのが分かるでしょう。壁はこのレールでスイッチバックするなどして所定の位置に移動させるのです。
 壁に展示する作品は額装された油彩画や水彩画、間近で見たい小さな素描などですね。日本画は物理的な衝撃に対して脆弱(ぜいじゃく)なので、ガラスケースに展示します。
 作品展示の際はワイヤとフックでぶら下げるのが基本。作品の少し上でタッカーを打って固定します。軽い作品であれば、壁に打つフックも活用します。

 ■空調 
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ガラスケースの下スペース。ケース内の温度湿度を一定に保つため、下から上への空気の流れを作る

 展示室内は作品のことだけを考えれば、ずっと同じ環境がいい。温度湿度が一定で、酸素や光がないことが望ましいのですが、それでは鑑賞できません。人に見せることが宿命づけられている美術館の収蔵品なので、バランスが大切です。
 湿度の変化は作品の物理的な変形を招きかねません。極端に湿度が変わると、絵の具が紙やキャンバスから離れてしまう可能性があり、木彫や漆芸などは崩壊もあり得ます。
 湿度は虫菌害にも関係しています。特にカビは湿度が60%を超えると住みやすいとされているので、胞子を発芽させないようにする必要がある。湿度52~55%が理想です。
 室内の温度も一定が良いのですが、外気は季節によって0度前後の時もあれば、40度近い時もあります。お客さまの立場を考えたら室内外で落差があり過ぎると観覧環境として厳しいはず。そのことを考慮して、季節に応じて湿度をコントロールしながら緩やかに上げ下げしています。
 室内の空調は天井から新鮮な空気を吹き出し、ガラスケースの下から吸い込んでいます。ケースの中は下から上に緩やかな空気の流れがあり、最適な温湿度が保たれています。

 ■照明 
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ガラスケース内部に設置された3列の照明

 当館の展示室の照明はLED化されています。LEDの最大の特徴は放熱がないこと。ハロゲンランプや蛍光灯を使っていた時代に比べて、作品にダメージを与える熱線が激減しました。
 LED照明は改良が進んでいて、屋外の光の下で見ているような自然な色に近づけようと、各社が競っています。展示室内と作品周辺の照明環境をかなり緻密に制御できるようになりました。
 小回りの利く小さな灯体を複数組み合わせることで理想的な照明環境をつくるというのが基本的な考え方。当館では天井のライティングレールに最大265個の灯体を設置します。
 作品は「ここだけは照らしたい」という所にぴたっと照明を当てないと、鑑賞に堪えられません。理想を追求するとたくさんの照明器具が必要になりますが、お客さまの安全のために展示室内にも明かりが必要です。作品か、鑑賞環境か。器具の数は限られているので、状況に応じて案配する必要があります。
 ガラスケース内は3列のライン照明が上部に付いています。壁に対してそれぞれ上半分、下半分、床面という分担で照らしています。むらのない均整の取れた壁面をつくり、その中に作品を置きたいので、こういう当て方をしています。
 〈2022.3.30 あなたの静岡新聞〉  

所蔵品をデジタル保存へ 閲覧サイトも開設予定

 静岡県立美術館は、2026年の開館40周年を見据え、22年度からの「5カ年計画」の策定を進めている。所蔵品を活動の基盤とし、本格的なデジタルアーカイブを構築する方針で、来春以降には多くの所蔵品が見られる新しいウェブサイトを開設予定。デジタルデータ化された作品の画像や来歴情報の教育分野の活用も促す。

「地獄の門」を撮影するカメラマン=11月上旬、県立美術館
「地獄の門」を撮影するカメラマン=11月上旬、県立美術館
 同館は、休館中(※4月3日現在は再開しています)に所蔵品の撮影を順次行っている。新しいアーカイブサイトには、現在の公式サイト内で閲覧できる作品も含め、所蔵品約2700点の8割をデジタル画像で収録する計画という。美術情報の検索利便性を高めることで、小中高校など教育現場で使えるオンライン教材の開発や、美術館の新しい楽しみ方の提案につなげる考えだ。
 木下直之館長を中心に検討する「5カ年計画」の一部は、県が策定中の新しい文化振興基本計画にも盛り込まれる見込み。県内大学の学生と美術館が双方向で情報交換できる仕組みなど、SNS(会員制交流サイト)を積極的に活用した広報戦略にも言及する。伏見光博副館長は「観光業界とも連携し、地域の資産である所蔵作品の価値の浸透を図りたい」と、22年度以降の同館の在り方を展望する。

 ■ロダン館「地獄の門」3D撮影 「上下左右から細部を」
 県立美術館はこのほど、ロダン館の「地獄の門」を3D撮影した。10、11月の5日間、カメラマン2人が計5日間にわたって作業を行った。
 「美術館では下から仰ぎ見るだけだった作品を、ウェブページで上下左右から細部を見ていただける」と石上充代学芸課長。新設アーカイブサイトの目玉コンテンツとして位置付ける。国の重要文化財である池大雅「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」も高精細撮影した。繊細な色の重なりが、ウェブ画面を通じて理解できるという。
 本年度は所蔵品約450点を新しく撮影し、新アーカイブには2千点以上を蓄積する予定。石上課長は「オンライン授業で使える教材など、まとまった情報として発信するための基礎的な素材になる」と話した。
 〈2021.11.29 あなたの静岡新聞〉
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