知っとこ 旬な話題を深堀り、分かりやすく。静岡の今がよく見えてきます

富士山噴火 一部エリア「徒歩避難」に方針転換

 富士山が噴火した際、迅速かつ安全な避難ができるよう、避難が必要なエリアや避難対象者などの基本方針を定めている「富士山火山広域避難計画」をご存知ですか? 2019年に改定され、専門家らがハザードマップを踏まえた避難計画の見直し作業を進めています。今回新たに示された中間報告では、溶岩流が3時間以内に到達する範囲の一般住民は噴火後に、徒歩での避難を原則としました。車での避難を原則としていたこれまでの計画から方針を大きく転換。避難方法見直しの経緯や専門家の見解など、1ページにまとめました。
 〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・安達美佑〉

到達3時間内の富士宮など5市町、原則車を転換

新たな避難対象エリアマップ
新たな避難対象エリアマップ
 静岡、山梨、神奈川の3県などでつくる富士山火山防災対策協議会は30日、改定富士山ハザードマップを踏まえた新たな富士山火山広域避難計画の中間報告書をまとめた。溶岩流が3時間以内に到達する範囲の一般住民は噴火後に、徒歩で避難することを原則とする基本方針を示した。車での避難を原則としていたこれまでの計画から方針を大きく転換した。各自治体は新たな基本方針を踏まえて、個別避難計画を改定する。
 新計画では溶岩流が3時間以内に到達する範囲を「第3次避難対象エリア」として新設した。このエリアでは、噴火開始後に一般住民は徒歩で、溶岩流が及ばない安全な場所への避難を始める。静岡県では御殿場、裾野、富士宮、富士、小山の5市町の一部が対象となる。
 一方、想定火口範囲と、火砕流や大きな噴石などの影響が及ぶ範囲、溶岩流が3時間以内に到達する範囲にいる高齢者や福祉施設入所者などの要支援者は従来通り、噴火前に車で避難する方針を維持した。
 溶岩流に対する避難対象エリアと避難方法を見直したのは、改定ハザードマップで想定火口範囲が拡大し噴火の影響が市街地方面に大きく広がったため。計画改定を進める検討委員会の推計では従来通りに退避した場合、ハザードマップ改定前の約7倍に当たる約11万6千人が車で一斉に避難することになり、市街地は深刻な渋滞が想定される。
 委員会が車と徒歩での避難を比較した試算によると、例えば富士宮市の市街地の一部は車で避難した場合、徒歩よりも2倍以上の時間がかかるとの結果が出た。一方で市町によって避難対象者が少ない地域は、車での避難の方が早いケースもある。このため中間報告は、渋滞が発生しない対策などが取られれば車での避難も可能とし、徒歩と車を組み合わせるなど地域特性に合った効果的な避難計画の策定を市町に委ねた。
 委員会は今後、要支援者や登山者らについてより実効性のある詳細な避難方法などを検討し、2022年度中の最終報告書の取りまとめを目指す。
 〈2022.3.31 あなたの静岡新聞〉

備えたことしか役に立たない 「まずはリスクを知って」

 富士山火山広域避難計画検討委 藤井敏嗣委員長
 ハザードマップの改定で、溶岩流が3時間以内に到達する可能性がある地域の住民数が大幅に増えた。車による避難を基本とした現行方針のままだと、市街地は大変な渋滞が生じることになる。徒歩ならば噴火後に避難を始めても溶岩流到達前に安全地域に到達できるのに、車ではかえって安全な避難が困難になる。
 このため新計画では、噴火後では対処が困難な、大きな噴石、火砕流等の到達範囲からの避難は現行通り噴火前に行うが、溶岩流については、健常者は噴火発生後に徒歩で避難することを基本方針とした。避難準備に時間がかかり、車による避難が不可欠な要支援者を渋滞に巻き込まないためでもある。また噴火発生後ならば、溶岩流の流路も予測できるので、現行計画のように想定到達域の外にまで一挙に避難する必要はなく、流路から離れる方向の避難でも対応できる。
 住民の皆さんには、この機会にハザードマップを見ていただきたい。自分の居場所やその周辺に影響があるのは、どのような噴火現象で、どのような場所に火口ができた場合なのか、影響が及ぶとしたら噴火後どのくらいの時間なのか、影響範囲を描いた分布図である「ドリルマップ」で確かめてほしい。リスクを知ることが身を守るための備えの第一歩である。
 委員会は今後、降灰からの避難対策等の検討を行うが、関係市町村では、最終報告を待つことなく、今回の中間報告の方針に沿って、観光客を含む詳細な避難計画の再検討を進め、いつ起こるかも知れない噴火に備えてほしい。
 「備えたことしか役に立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった」という、東日本大震災直後の防災担当責任者の言葉をかみしめたい。
 〈2022.3.31 あなたの静岡新聞〉

徒歩原則に地元戸惑い 住民「噴火後で間に合うか」

 静岡、山梨、神奈川の3県などでつくる富士山火山防災対策協議会が30日に示した広域避難計画の中間報告書は、溶岩流が3時間以内に到達する範囲の避難方法を現行の車での避難から原則、噴火後の徒歩避難に大きく転換した。市町によって道路状況や避難対象人数は異なり、今後、個別避難計画の見直しに入る自治体の対応はさまざま。「噴火後で間に合うのか」「財産を手放して逃げるのは難しい」。発表を受け、地元住民からは徒歩による避難への戸惑いの声も上がった。

南北交通の要となる国道139号。通勤時間帯は多数の車が行き交う=29日午後、富士宮市内
南北交通の要となる国道139号。通勤時間帯は多数の車が行き交う=29日午後、富士宮市内
 溶岩流が3時間以内に到達する範囲(第3次避難対象エリア)に全域が入る御殿場市時之栖区の田代教雄防災部長(64)は「噴火後に避難では間に合わない恐れがある。徒歩での避難は非常に難しい」と語る。
 第3次避難対象エリアに市街地の大部分が含まれた富士宮市。中心市街地に店を構える富士宮商店街連盟の増田恭子会長(73)は「いざとなったら徒歩も覚悟しているが、自分の財産で商売している商店主が手放しで逃げるのは正直難しい」とし、「科学的根拠だけでなく住民の気持ちをうまく取り入れた情報発信が必要」と協議会や行政に注文した。
 富士宮市は2022年度、庁内に組織を立ち上げ、初動態勢の検討を始める。市危機管理局はまず、発生前の警報段階で避難が必要な第1次、2次避難対象エリアの計画に取りかかる。第3次避難対象エリアについては「噴火口ごとに避難対象エリアを絞って検討する」とした。須藤秀忠市長は3月中旬の市議会で避難計画について「市独自の方法を今から検討していく」と強調した。「車で逃げても渋滞してしまう。それなら歩いて逃げた方が賢明」と述べた。
 御殿場市危機管理課は徒歩避難について「検討はするが主に車での移動を考えている」と言う。「新しい道路を使えばシミュレーションよりもスムーズに避難できる」と構えた。

 ■静岡県 渋滞状況を再現
 新たな広域避難計画に沿って各市町が取り組む個別避難計画の見直しを支援するため、県は徒歩や車で避難した場合にかかる時間や渋滞の発生の有無などを再現した独自の交通シミュレーションを行った。効率の良い避難ができるよう、各市町に情報提供する。
 今回の新避難計画で、原則徒歩での避難が求められる富士宮市など5市町を中心に、日常の交通量や交差点、車線数などの交通状況を前提に実施した。青信号の時間を調整したり、徒歩と車を織り交ぜたりした対策を取った場合の所要時間の変化を示すなど、複数のパターンを再現した。県危機情報課の担当者は「経路と避難先をセットで考えてもらう際の参考にしてほしい」としている。
 〈2022.3.31 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞