大自在(9月29日)リール

 子どもの頃から魚釣りに親しんでいる。道具の進化は著しく、糸を巻き取ったり、出したりするリールもその一つ。以前に比べ、信じられないくらい滑らかに回転するようになった。
 日本のリールの輸出額は昨年、前年比49・7%増の227億円と比較可能な1988年以降で最高だった。新型コロナをきっかけに、人と離れて楽しめる釣りの人気が高まったことが主因のようだ。
 国別の輸出先のトップは中国で、全体の3割以上を占めた。経済発展によるレジャーの多様化もあり、中国では若者を中心に釣りブームが起きているという。品質が高い日本製の釣り具は特に人気だ。
 釣りに通じていた文豪・幸田露伴の作品に「釣車考[ちょうしゃこう]」という随筆がある。中国唐代には既にリールがあったことを考証する内容で、唐詩に出てくる「釣車」がそれだと論じる。リールの歴史では“大先輩”と考えられる中国で日本製が一目置かれているのも興味深い。
 かつて本県発の一世を風靡[ふうび]したリールがあった。沼津市で作られていた「黒潮リール」で、今でも中古釣具店で時々見かける。これに竹の「沼津竿」を組み合わせてクロダイを狙う。56年10月31日付の本紙朝刊は「輸出の引合い急増」「製作に急ピッチ」の見出しでこのリールの人気を伝える。
 釣りに行けない雨の日や秋の夜長。掌中のリールを何げなく回していると、過去の釣りの思い出や、まだ見ぬ大魚の数々が頭に浮かんでは消える。魚を釣るために水辺で使う道具であることはもちろんだが、安らぎのひとときのためにも欠かせない。

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