「桜湯」守る100歳の番台 静岡で終戦直後から切り盛り 庶民の憩い存続「使命」

 100歳でなお、銭湯の番台に座る男性がいる。静岡市葵区駒形通の銭湯「桜湯」店主の小長井正さんは、20代半ばからこの仕事を続けて70年余り。「おじいさんの作ってくれた伝統を守りたくて、やってきた。この仕事は生まれながらの使命」。そう淡々と語りながら、今日も客を迎える。

番台に座り、次女の谷口まさゑさん(右)と話す小長井正さん=静岡市葵区の桜湯
番台に座り、次女の谷口まさゑさん(右)と話す小長井正さん=静岡市葵区の桜湯

 桜湯は1882(明治15)年に祖父房次郎さんが創業した。小長井さんは26歳の時、当時の支店の店主になった。終戦直後から今日まで、市民生活に欠かせない銭湯を守ろうと必死に働いてきた。「昔は、湯を沸かす燃料にするために、げたやひき物の工房で出た端材をリヤカーで集める仕事があって、なかなかの重労働だった」と振り返る。
 現在、桜湯は小長井さんと次女の谷口まさゑさん(68)の2人が中心になって営む。入り口にあり、高い位置から脱衣場と浴室を見張る番台。小長井さんがここに座るのは1日4時間ほど。さらに、午後2時の開店と同11時半の閉店に合わせた作業も担う。「店主なんだから、当然のこと」
 番台の仕事は、入浴料やせっけん、シャンプー、飲み物の代金の受け渡しなどが中心。計算にはずっと、そろばんを愛用している。「昔は社会情勢とか株、相撲の話を客と気安くしたね。クロスワードパズルも一緒にやった。でも、最近は客との関係性も変わってきて、会話は減っている」と少し残念そうに語る。
 仕事を休むのは週1回の定休日と年始のみ。健康の秘訣(ひけつ)については「体のことなんて考えている暇はなかった。仕事のためにコンディションを整えるんじゃなくて、仕事があるから体がついてきた」。以前は所属するハーモニカグループで高齢者施設などを回るのが趣味だったが、新型コロナウイルスの流行で途絶えてしまったという。
 内風呂の普及などで、昔ながらの銭湯は年々減少している。県衛生課によると、静岡県内で営業許可を受けている銭湯は10軒。静岡市内は桜湯ともう1軒だけだ。「銭湯の仕事はいったん始めたら、途中でやめるわけにはいかないんだよ」と小長井さん。その言葉に、谷口さんも「常連さんは1人暮らしの高齢者が多い。ここに集まって、誰かと話すのを楽しみにしている。やれる限り、ここを残していきたい」と決意を口にした。
 小長井さんは、年齢はあまり意識しない。「100歳まで生きたら、どういうふうになろうなんて思わない。イージーゴーイングで生きてくよ」。庶民の文化を笑顔で守り続ける。

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