サクラエビは“復活”したのか 体長回復、稚エビ生育順調 静大研究グループ【ニュースを追う】 

 駿河湾産サクラエビは“復活”したのか。春漁初日の4月4日の水揚げ量は計約40トンと昨春(0・9トン)の40倍以上に達し、その後も漁獲量は安定的に推移する。静岡大創造科学技術大学院・サステナビリティセンターの研究グループによれば、水揚げされたサクラエビの体長組成分析からも資源状況の改善は見て取れる。

4月4日夜にあった今年の駿河湾春漁初日に取れたサクラエビの体長などを翌朝に分析する鈴木利幸特任助教=静岡市駿河区の静岡大
4月4日夜にあった今年の駿河湾春漁初日に取れたサクラエビの体長などを翌朝に分析する鈴木利幸特任助教=静岡市駿河区の静岡大
2022年春漁初日
2022年春漁初日
2023年春漁初日
2023年春漁初日
駿河湾産サクラエビの主産卵場の環境などを調べるためフィールドワーク中の静岡大研究グループ(手前左から、鈴木利幸特任助教、豊田圭太学術研究員、カサレト・ベアトリス特任教授、鈴木款特任教授)=2020年10月、静岡市清水区の由比漁港
駿河湾産サクラエビの主産卵場の環境などを調べるためフィールドワーク中の静岡大研究グループ(手前左から、鈴木利幸特任助教、豊田圭太学術研究員、カサレト・ベアトリス特任教授、鈴木款特任教授)=2020年10月、静岡市清水区の由比漁港
①卵 ②24時間以内に卵がふ化し初期幼生「ノウプリウス」が生まれる。 ③3~4日で「エラフォカリス」になる。この段階までは植物プランクトンを食べる ④さらに数週間で「アカントゾマ」になる。次第に動物プランクトンも食べるようになる ⑤さらに数週間で成体のサクラエビに。ふ化から成体になるには1~2カ月かかる (静岡大カサレト研究室提供)
①卵 ②24時間以内に卵がふ化し初期幼生「ノウプリウス」が生まれる。 ③3~4日で「エラフォカリス」になる。この段階までは植物プランクトンを食べる ④さらに数週間で「アカントゾマ」になる。次第に動物プランクトンも食べるようになる ⑤さらに数週間で成体のサクラエビに。ふ化から成体になるには1~2カ月かかる (静岡大カサレト研究室提供)
4月4日夜にあった今年の駿河湾春漁初日に取れたサクラエビの体長などを翌朝に分析する鈴木利幸特任助教=静岡市駿河区の静岡大
2022年春漁初日
2023年春漁初日
駿河湾産サクラエビの主産卵場の環境などを調べるためフィールドワーク中の静岡大研究グループ(手前左から、鈴木利幸特任助教、豊田圭太学術研究員、カサレト・ベアトリス特任教授、鈴木款特任教授)=2020年10月、静岡市清水区の由比漁港
①卵 ②24時間以内に卵がふ化し初期幼生「ノウプリウス」が生まれる。 ③3~4日で「エラフォカリス」になる。この段階までは植物プランクトンを食べる ④さらに数週間で「アカントゾマ」になる。次第に動物プランクトンも食べるようになる ⑤さらに数週間で成体のサクラエビに。ふ化から成体になるには1~2カ月かかる (静岡大カサレト研究室提供)


産卵場所 海水温上昇?
 静岡県民の「ソウルフード」が戻ってきた-。今年の駿河湾サクラエビ春漁(漁期は6月9日まで)は初日に最大の水揚げ(5月8日現在)を記録した後は、4月27日夜までの計8回の操業でほぼ毎回十数トンから数十トンの水揚げを安定的に確保。ここまでの総水揚げ量は168トンに上り、漁期途中ですでに昨春(202トン)の8割以上となった。価格は1ケース(15キロ)当たり3万円台(浜値)でおおむね推移。不漁のどん底で十数万円台を付けていた数年前に比べ、庶民にも手が届く価格になっている。
 今春の資源の改善傾向は、漁獲量の動向のみならず、春漁初日に水揚げされたサクラエビの体長組成の分析からも印象付けられるという。
 同大学院のカサレト・ベアトリス特任教授(海洋生物学)を中心とする研究グループの鈴木利幸特任助教は、2022年と23年の春漁初日に水揚げされたサクラエビ200尾の体長を比較。今年は比較的大型のサクラエビが多いことが分かった。昨年春漁初日の22年3月30日は体長36ミリ程度のエビの出現率が14%と最も高かったのに対し、今年春漁初日の23年4月4日はそれより4ミリ大きい40ミリ程度のエビが全体の19・5%と最も多かった。念のため今春2回目の出漁日となった9日に取れたエビ200尾も分析した結果、初漁日同様の結果を確認した。
 国立中央水産研究所元所長の中村保昭上海海洋大教授=焼津市=は「主産卵場の湾奥の飼料環境の良さが加わり、昨年生まれの卵がふ化し、稚エビが順調に育っていることがうかがわれる」と話す。加えて中村教授が注目するのは、23年春漁初日の体長組成のグラフの形状が「一つのヤマ(単峰型)のように見える」ことだ。22年春漁のグラフの場合、36ミリ(21年生まれ)と42ミリ(20年生まれ)の二つのヤマ(双峰型)があり、産卵期の遅れが示唆され、前年生まれのエビが十分に育っていない状態が読み取れる。こうしたグラフの形状はどちらかというと秋漁の特徴に類似していて、中村教授は「今年の春漁は近年の漁況に加えて、グラフの形からも『通常の春漁』に戻りつつある兆候がある」とみる。
 なぜ今春のエビは大きいのか-。カサレト特任教授らのグループは、サクラエビが産卵する水深50メートル以浅における水温に関係している可能性があるとみる。国立研究開発法人水産研究・教育機構の沼津・内浦沖の観測ブイデータによれば、深刻な不漁に陥った18年春漁前の14~17年の春場は22年春に比べ数度程度水温が低かった。水温と脱皮間隔には相関性がある、との研究があり、そうしたことが今年のサクラエビの体長を左右した可能性もあるとする。
 中村教授はこうしたことに加え、主産卵期の遅れがそれほど大きくなかったことや、成長度合いを示す肥満度などからも、さらに科学的に裏付けていく必要性も指摘する。

専門家らが指摘したポイント
 ①2022年春漁初日に比べ23年は出現率のピークを記録した長さが4ミリ大きくなった 
 ②22年春漁初日のグラフは「双峰型」。産卵期が遅れ、前年生まれのエビが十分に育っていない状態。23年春漁は「単峰型」に改善し、「通常の春漁」のグラフに戻っている

栽培漁業 可能性探る 水槽でふ化 幼生育つ
 「マダイやヒラメのようにサクラエビを栽培漁業で増やせないか」。カサレト・ベアトリス特任教授らの研究グループは、温暖化など地球環境の変動下でも持続可能な伝統漁が成り立つよう、栽培漁業の可能性を念頭に幼生の生育実験を繰り返している。これまでに産卵期のアタマグロと呼ばれる個体を海で採取、2021年夏には水槽内でふ化した幼生から稚エビまで最長63日間生育することに成功した。
 栽培漁業とは、卵から稚エビなどになるまでの一番弱い時期を陸上養殖などで育て、無事に外敵から身を守ることができる大きさになってから放流し、自然の海で成長したものを漁獲する漁業。県はマダイ、ヒラメ、トラフグ、アワビ類の4種を放流対象にし、深海魚のキンメダイなどの種苗生産も試験的に行っている。ここに、近い将来再び訪れる可能性もある深刻な不漁に備え、サクラエビを加えられないか-。
 これまでの水槽実験で1匹のアタマグロから平均約800個体、最大1800個体の初期幼生「ノウプリウス」のふ化を確認した。ふ化後4日目には大半が「エラフォカリス」となった。研究グループが最も苦慮したのは、エラフォカリスまで植物プランクトンを食べていたサクラエビの幼生が、次のステージの「アカントゾマ」に移る際、次第に動物食に転じ、植物プランクトンと動物プランクトンの両方を餌にするようになる食性変化への対応だ。アカントゾマになるエラフォカリスは1割程度しかおらず、餌となるプランクトンのサイズや割合などを現在検討中だが、徐々に生存率が改善されつつあるという。
 サクラエビの幼生は一般市民が目にすることはあまりなく、半透明でいずれも美しい。カサレト特任教授のグループは将来的に漁業者自身が稚エビを陸上養殖できる簡潔な手法を開発、資源管理の意識を高めたいとする。

蒲原沖海水に多量の海洋プラ 静大・三重野客員教授調査
 近年、海洋環境に及ぼす深刻な悪影響が指摘される「海洋プラスチック」。静岡大の三重野哲客員教授(実験物理学)は、静岡市清水区蒲原の沖合約1500メートルの海域で、サクラエビが産卵する水深50メートルより浅い海中に漂うマイクロプラスチックの分析を進めている。
 これまでに計5回程度、毎回約20リットルの水を採取。微細な穴が開いているフィルターでこした後、特殊な薬液で残留物の中にある生物由来の細胞を溶かし、電子顕微鏡で観察すると0・01~0・2ミリ程度のマイクロプラスチックが1リットルの海水に平均千個程度存在した。
 三重野客員教授は富士川河口などからのマイクロプラスチック流入の現状をさらに調査予定で、一般に海底にたまるとされる比較的重い海洋プラスチックについても分析を進める意向だ。

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