海洋放出へ準備進む 福島第1原発、限界迫る処理水保管 国民、地元の理解なお課題

 東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出について、政府は1月、関係閣僚会議で「今年春から夏ごろ」の開始を見込むと確認した。ただ、安全性に問題がないと訴える政府・東電に対し、風評被害などを懸念する漁業者らは反対の姿勢を崩していない。放出に向けた設備の工事が進む中、開始までに幅広い理解を得られるかどうかが最大の課題として横たわる。

処理水放出までの仕組み(イメージ)
処理水放出までの仕組み(イメージ)
水揚げされた魚種の放射性物質検査の下処理=2月2日、福島県いわき市の小名浜魚市場
水揚げされた魚種の放射性物質検査の下処理=2月2日、福島県いわき市の小名浜魚市場
福島第1原発
福島第1原発
処理水放出までの仕組み(イメージ)
水揚げされた魚種の放射性物質検査の下処理=2月2日、福島県いわき市の小名浜魚市場
福島第1原発

 2月1日、日本原子力文化財団による報道関係者向けの視察に参加し、第1原発構内に入った。事故で建屋が激しく損傷するなどした1~4号機から少し北側に離れた5、6号機そばの海辺で、2機のクレーンが目に入った。「処理水をいったんためる(放水立て坑の)上流水槽の建設が行われています」。東電担当者がこう説明した。

 工事、春に完了
 放出設備の工事は、原子力規制委員会の認可を得て昨年8月に着手した。一連の設備では、タンクに保管されている処理水を必要に応じて二次処理し、測定・確認を実施。除去することのできないトリチウムを1リットル当たり1500ベクレル未満(国の安全基準の40分の1)の濃度になるように大量の海水で希釈し、放水立て坑から海底トンネルを経由して沖合約1キロで放出する。トンネルは既に830メートルまで掘削されている。放出口の位置には、紺碧(こんぺき)の海面から4本の赤い柱が突き出ているのが見えた。
 東電の阿部俊一執行役員福島第一廃炉推進カンパニー・バイスプレジデント兼廃炉情報・企画統括室長は「春の完了を目指して工程を進めている」と進捗(しんちょく)状況を明かす。東電が計画している1日の放出量の上限は主要なタイプの保管タンク(約千トン)の半分に相当する約500トン。シミュレーションでは、全ての処理水の放出が終わるのは2051年ごろになるという。

 廃炉作業の障壁
 保管タンクは現在1066基あり、計画容量の137万トンに対して既に132万トンがたまっている。年内に満杯になる見通しで、東電は「これ以上、敷地にため続けるエリアがない」と主張する。タンクが林立する状態は災害時の倒壊リスクを高め、廃炉作業の障壁にもなる。この先に控える事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)取り出しなどの設備を置くスペースを確保するため「数を減らして解体したい」。海洋放出を「福島復興のために必要」とする一番の理由がここにある。
 政府はインターネットなどにより、トリチウムが雨水や水道水の中に存在したり、国内や韓国、中国、欧米の他の原発でも規制基準に従って放出されたりしている実情に触れながら、科学的な安全性をアピール。処理水は「厳格に管理して放出されることから、食品安全上の問題を生じることはない」とする。
 査察受け入れなどを通じた国際原子力機関(IAEA)の“お墨付き”で信頼性を高めるほか、放出前後にも第三者を交えて海水や海産物のモニタリング(監視)を強化し、結果を公表して透明性を確保する方針も示す。
 全国レベルの理解醸成を図り、各地でシンポジウムやイベントを開催。静岡県内でも昨秋のサーフィン全国大会で啓発活動をした。
 風評被害対策では、政府が300億円の基金を創設し、漁業継続支援のために別枠で500億円の基金も設けた。東電は昨年12月、風評被害が出た場合の賠償基準を公表した。

 問われる発信力
 政府は海外へ向けての発信にも力を入れ、国際会議などの場で意見交換や質疑に応じる。海洋放出に反対する韓国政府に対しては昨年6、12月のテレビ会議を含めて複数回の説明会を実施した。
 こうした環境整備の一方で今後の焦点となりそうなのは、政府・東電が放出の前提となる地元や国民の理解を「得た」と、どのような根拠で最終的に判断するかだ。明確な基準は示されていない。
 放出設備の工事前には、東電が福島県と立地する大熊町、双葉町の事前了解を取ったものの、現段階では放出開始前の同様の取り決めはない。「どういう進め方になるかは、関係の方々と相談することになる」と阿部執行役員。経済産業省の担当者も「理解の度合いをどう測るかの問題はある」と認める。
 加えて、「春から夏ごろ」の政治状況や政権の体力が政府の判断を左右するとの見方もある。本県与党国会議員の一人は「今の支持率が続けば厳しいが、先送りすれば『決められない』との批判を受ける」として、放出は揺るがないだろうと推測。食品輸入規制をかけている国・地域がいまだ残るのを念頭に「海外へ向けての風評被害対策は十分でない」と指摘し、5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)などでの岸田文雄首相の発信力が問われると強調した。
 検査重ね培った安全、信用 「後戻りしたくない」 漁業者、風評被害を懸念 
 「ここまで水揚げを増やしてきた歴史は、まさに検査の歴史」。1月中旬、都内で開かれた処理水に関する経済産業省主催のシンポジウム。会場、オンラインで参加した流通や外食事業者に向けて、水産庁の担当者が福島県産魚介類の安全性を守る地元関係者の取り組みを紹介した。
 福島県内の漁業は原発事故の翌年に試験操業が始まり、対象種や海域を順次拡大してきた。この過程で県や漁協が徹底してきたのが検査だ。水産物中の放射性物質が基準値を超えると、出荷を制限する。特に、漁協は基準値を国の半分の1キロ当たり50ベクレルに自主設定し、水揚げ日ごと全魚種を対象に検査する。
 2月2日、第1原発から南に約55キロのいわき市小名浜魚市場。ガラス越しに見学できた検査室では、朝に市内で揚がった30魚種を職員が手際よく処理し、専用の機器にかけていた。担当者は自主基準値をあえて厳しくしている理由を「安全を訴える一つの手段」と説明した。
 処理水の海洋放出はこうした努力により、「常磐もの」と高い評価を受けてきたブランド復権の歩みを進める中で打ち出された。これから本格操業に向かおうとするタイミングだけに、「消費者はどのように受け止めるのか」「事故後のような買い控えが再び起きないか」といった漁業者の不安は大きい。
 漁師歴55年以上の志賀金三郎さん(76)=いわき市=は、第1原発に足を運んだ経験から「あのタンクを見れば、なんとかしたいのだろうとは感じる」としつつ、政府・東電が漁業者に十分な説明をせず海洋放出を決めたと不信感を募らせる。「何かあればこれまでやってきたことが水の泡。もう後戻りはしたくない。福島の魚が敬遠され、ずっと悔しい思いをしてきた。政府や東電が、それをどこまで分かっているかなんだよ」と吐露する。
 東電の阿部執行役員は「『東電に任せても大丈夫』だと言ってもらえる信頼の構築が最大の課題だ。それがまだしっかり得られていない」と自覚し「一つ一つの懸念を払拭すべく活動をしていく」と話した。

 静岡県漁連も反対変わらず
 福島第1原発の処理水海洋放出に対し、全国漁業協同組合連合会は一貫して反対する。政府が「春から夏ごろ」の開始見込みを示したことを受けて発表した会長談話でも「いささかも変わるものではない」と表現した。
 静岡県漁連も足並みをそろえ、これまでの総会や組合長会で反対決議をしている。直近では経済産業省からウェブで2回説明を受けたものの、県漁連の担当者は「一方的に聞かされた状態。『分かりました』ということではない」と明かす。
 全炉停止中の中部電力浜岡原発(御前崎市佐倉)でも運転中からのトリチウムを含む液体廃棄物が残存し、安全性を確認した上で定期的に放出している。
 県漁連の薮田国之会長は「浜岡に関しては測定データなどもしっかり説明してくれる。心配はしていない」と強調。一方で、前例のない事故による処理水の海洋放出の影響は見通せないと指摘し、「風評被害に対する地元漁業者の懸念はよく分かる。離れた地域ではあるが、決して人ごとではない」と話す。

 <メモ>処理水(ALPS処理水) 福島第1原発では1~3号機のデブリを冷やすための注水や建屋に入り込む雨水、地下水により、放射性物質を含む汚染水が1日約130トン(2021年度平均)発生。これをセシウム吸着装置や多核種除去設備(ALPS=アルプス)で浄化したのが処理水となる。現在タンクに保管されている処理水の7割は安全基準を満たしていないため、海洋放出前にもう一度ALPSで浄化(二次処理)する必要がある。62種類の放射性物質の大部分を取り除けるが、トリチウムだけは技術上、除去できない。トリチウムの放つ放射線は弱く、人体への影響は比較的小さいとされる。

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