バーチャル転校生 議論の幅広げる役割 静大准教授らアプリ開発

 児童生徒が少ない過疎地域の学校などでも授業中に多様な意見が活発に交わされるよう、パソコン上に仮想のクラスメートが登場して議論に参加するアプリ「バーチャル転校生」を静岡大准教授、福井大助教らの研究グループが開発した。福井県内の中学校で3月、同アプリを使った授業が関係者に公開された。

福井市の越廼中で、バーチャル転校生のカズヤさんも参加した道徳の授業(福井大提供)
福井市の越廼中で、バーチャル転校生のカズヤさんも参加した道徳の授業(福井大提供)


 同アプリではアバター(分身)が授業に参加し、話し合いの際にあえて「反対の意見」や「突拍子もない発言」をする。人間関係が固定化された教室に変化をもたらし、児童生徒の深い学びにつなげる役割が期待される。
 授業公開したのは福井市越廼中で、男子1人、女子2人の計3人の1年生学級。道徳の時間に、バーチャル転校生「カズヤさん」も交えて、教科書に掲載された逸話について意見を交わした。
 夫から懸命な介護を受けている妻が「自分も家事を手伝う」と申し出たところ、夫に断られて妻は黙り込んだ―という話に、生徒は「男性の行動は妻のためになっていなかった」などと気付いたことを述べた。カズヤさんは「僕もそう思う」と同調し、妻が黙り込んだ場面について「もう少し詳しく聞かせてほしい」と説明を求めた。生徒は「妻は困っていたのだと思う」とカズヤさんに答えた。
 授業を担当した向井敏幸教諭=現・福井市足羽中=は活用によって「多様な視点に触れるきっかけになった」とメリットを語った。
 アプリを開発した塩田真吾静岡大准教授、福井大の小林渓太助教らによると、教育現場にロボットなどをコミュニケーションツールとして採り入れる研究は2010年頃から活発化しているという。
 塩田准教授らが「影響を受けた」とするのは、豊橋技術科学大の岡田美智男教授が提唱する「弱いロボット」の構想。開発されたゴミ箱型の「弱いロボット」は自らごみを拾えず、落ちているごみの近くまで行き、気付いた人間が自主的に拾って入れてくれるのを待つ。他者がより良い行動を自発的に選択するよう刺激を与える行動経済学の「ナッジ」理論にも近い。子どもにとっては大人の指示で行うごみ拾いよりも自主的で、発達促進の点からも意義を見込む。
 塩田准教授らは16年、静岡市葵区の小学校で愛らしいロボットを使い、子どもたちがどのような影響を受けるか2週間研究した。高齢者医療施設での活用を目的に作られた全高40センチの小型ロボットを教室に置き、授業の合間の休み時間に話し掛けることができる状態にしたところ、児童の自尊感情が向上した。
 児童はロボットに対し、弟や妹など年下に似た感覚を抱き、話し掛け方を工夫したり、ロボットが充電のため「寝る」と言った際には「かわいい」と話したりした。研究期間の終盤ではロボットの言葉を聞こうとする姿勢が強まり、塩田准教授らは「聞いてあげる」作業が児童の自己肯定感を高めたとみている。
 バーチャル転校生はこの成果を基に考案された。クラスでの議論を引っ張る存在ではなく、無知な生徒として意見を深掘りしたり、児童生徒全員の見解が一致する場面で逆の視点から意見を投げ掛けたりと、人間にはやりづらい役割を担うことで議論の幅を広げる効果を期待している。
 向井教諭がアプリを社会科の授業で使った際、「環境か開発か」の話し合いでカズヤさん一人が「開発」と主張し、環境保護を訴える生徒から激しく反論されたという。「もし教師の私が『開発』と主張したら議論はそこでストップする。生徒にとって対等な立場のカズヤさんが発した言葉だったからこそ反応しやすかったのでは」と語る。

 ■学びに貢献するツールに

photo03 アバターやロボットを授業に導入する意義を語る塩田真吾准教授=静岡市駿河区の静岡大
 新たなアプリ「バーチャル転校生」を活用する意義や課題について、静岡大教育学部の塩田真吾准教授(教育工学)に聞いた。
 ―バーチャル転校生を着想した理由は。
 「学習指導要領には『主体的、対話的で深い学び』が掲げられている。道徳だと『時に対立がある場合を含めて多様な価値観の存在を認識する』とあるが、そもそも少人数の学級では意見を上げる顔触れが限られている。実際に県内の学校でそうした状況を見ていて、もう“1人”いたらもっと授業が面白くなるのではと着想した」
 ―バーチャル転校生は教室内ではどのような存在か。
 「『突拍子もないことを言うクラスメート』や『間違いだらけで教えてあげたくなる友だち』など、不完全な存在と位置付けている。子どもの自尊感情を高める『弱い役』は人間が担おうとしても難しく、ロボットやバーチャル転校生にしかできないだろう。日本の子どもの自尊感情が先進国の中で非常に低い現状を考えても活用の価値がある」
 ―意見の多様化の点から、学校現場の課題をどう見ているか。
 「数十人の学級ならまずグループ討議を行い、各グループの代表が総括して意見を説明し、クラスで共有する。少人数学級だと意見の数や説明の経験値は少なく、違いは歴然としてしまう。福井県内での実践ではアバターの突拍子もない意見に生徒たちが反論するために同調や共感の視点を持つなど変化があった。興味深い」
 ―教員が活用する上で意識してほしいことは。
 「予定調和的に授業を進める道具とせず、教員自身が思ってもみない意見を引き出すような展開のきっかけとしてほしい。子どもからすると、先生の意見はやはり絶対的な重みがあり、反論しにくい。それに比べてアバターは対等な『友達』であり、間違っている可能性も踏まえれば、誰もが声を上げやすくなる。アバターやロボットの『人間にはできない役割』を捉えて、子どもの学びに貢献するツールとして活用してほしい」

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