【安本酒醤油店(静岡市葵区)の歴史をひもとく現代美術家荒木佑介さんの作品】「辺境deART&バル」でトークイベント。「現代美術とは会話である」

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は3月14日に静岡市葵区の市街地で開かれた「CCCフロンティアフェスティバル2026」の関連企画「辺境deART&バル」(実行委企画・制作、静岡市文化・クリエイティブ産業振興センター主催)のトークイベントをリポートする。(写真・文=社会部・菊地真生)

「辺境deART&バル」のトークイベントに登壇した(右から)伊藤さん、荒木さん、安本さん

棚に置かれた小さな鳥居が意味するものは

辺境deART&バルは、静岡市街地の18店舗で作家18人の作品を展示・販売するイベント。市内でアート活動を行う実行委メンバーの伊藤允彦さんは、同市には路上で身体表現を見せる機会は多い一方、アート作品を街中で鑑賞するイベントは少ないと考え、企画したという。「アートを好きな人でなければ美術館にはなかなか見に行かないので、買い物や食事をしながら作品に触れることで、日常にある空間や町を作っていきたい」と趣旨を語る。

今回取り上げるのは、静岡市葵区の静岡浅間神社につながる門前町、浅間通り商店街の一角にある、1863年創業の「安本酒醤油店」に置かれた作品のトークイベントだ。店内には歴史を語る資料などが置かれ、その棚の一角に、高さ約20センチの小さな鳥居がある。中には、人の顔の大きさほどの印章(はんこ)が鎮座する。このオブジェは一体、何を表しているのか。

安本酒醤油店の一角に置かれたオブジェ


作者の美術家・荒木佑介さん(埼玉県)は、郷土史や民間信仰を題材に、現代美術としてその一端を表現する活動を続けていて、瀬戸内国際芸術祭などさまざまな地域芸術祭に参加している。アーティストトークでは作品制作の経緯を語り、デパートの屋上に残る稲荷社、さらには安本酒醤油店のルーツにまでさかのぼった。

今回の制作に関するリサーチは、筆者が昨年12月に取材した、同区の松坂屋静岡店本館屋上に開店時から鎮座する神社「栄稲荷大明神」のルーツを探る調査プロジェクトが出発点となった。当時の記事はこちら(https://news.at-s.com/article/1852448)。

同プロジェクトでは、同店屋上の稲荷社がいつから、なぜあるのかを解明することがかなわなかった。この神社の見学ツアーに参加した伊藤さんと、荒木さんは関心を強め、まずは同店周辺にある神社のフィールドワークを始めた。

松坂屋静岡店の稲荷社を出発点に

石井研士著「銀座の神々:都市に溶け込む宗教」によると、デパートが建ち並ぶ東京・銀座に残る稲荷信仰も、祭祀(さいし)集団が時代によって入れ替わり、由来が不明なものが多い。

荒木さんは松坂屋静岡店の稲荷社について、「静岡大火や静岡大空襲を乗り越えて『鎮火』というスキルが付加されたり、祈って売り上げが伸びたから商売繁盛の神様となったり、祭祀集団が時代と共に入れ替わる。ほこらの特色も替わっていく」と推察した。

だが、どのような作品に仕上げるか。転機は、調査の合間に展示会場となる安本酒醤油店の安本さんを訪ねたことだった。静岡浅間通り商店街振興組合の歴史部会に所属する安本久美子さんは、「松坂屋静岡店の稲荷が現在の場所(旧栄町)に開店した理由が、本店の立地が名古屋市栄であったから」「静岡浅間神社の鳥居の地面と松坂屋の屋根は同じ高さ」などと、一緒にルーツを推理した。さらには安本家に残る1枚の写真を提示し、米国に渡った祖先の話にまで発展した。

安本さんの祖父の葬儀の写真


写真は1930年、米国・サンフランシスコにある浄土真宗の寺院。安本さんの父方の祖父が42歳の若さで心臓まひにより亡くなり、多くの人が集まった葬儀の様子が写っている。安本さんの祖母はこの時、30歳で5人の子を抱え、翌年日本に帰国したという。

安本さんによると、1888年生まれの祖父は当時の静岡商業学校(現静岡商業高)、旧制東京外国語学校(現東京外国語大)に通った後、静岡の茶業界に入った。1915年のパナマ・太平洋万国博覧会で静岡茶ブースを出店することになり、その通訳として米国に渡ったという。また、祖母は開国派の幕臣だった掛川藩太田家の末裔(まつえい)だった。

このエピソードを聞いて「素直にカッコイイと思った」という荒木さんは、パスポートをモチーフに作品を作ることに決めた。日本最古のパスポートを調べると、1866年に江戸幕府の日本外国事務(外国奉行)が、米国へと渡る大道芸人に発効されたものだったことがわかった。

「安本さんの祖先の話は江戸からつながる歴史そのもの。静岡の土地も江戸からの連続性がある。だからこそ、江戸幕府が大道芸人に発行した日本初のパスポートをモチーフにするしかない」。荒木さんはそう確信したという。荒木さんは、日本初のパスポートに押された印章を参考に欅で自作し、店に残る安本さんの祖父のパスポートのコピーに押した。

「これ、なんですか」のきっかけに

荒木さんが美術家として活動し始めた契機も、自身の祖父とのつながりにある。2007年、新聞記者だった祖父の遺品整理に訪れた際に大量のネガフィルムが見つかり、写真学科を卒業した荒木さんが、ベトナム戦争や沖縄、戦後の引き揚げなどの写真の保存管理を担うことになったのだ。

その後、祖父の写真を受け継いで遺品を作品制作に活用する中で、自身のフィルターを通して世に出すことが制作活動のベースになった。「制作の一番の目的は制作そのものではなく、作品を通して安本さんのような人の話を聞くこと」と語る。

さまざまな土地を訪れ、そこに住む人や土地の歴史を聞き取る中では、資料が捨てられていることもしばしば起きる。当初は「どうすれば貴重な資料を残せるのか」などと考えていたが、10年ほど制作を続けるうちに、「残らないものは残らない」と考えるようになった。「単純に資料を残して形にするのではなく、作品について『これ、なんですか』と話しかけるきっかけを作ることが大事なのかな」と荒木さん。

トーク終了後、「荒木さんは私が祖父の話をあれこれ話して作品を制作してくれたけど、今回のトークで荒木さんが何に気づいてくれたのかというポイントが分かった」と安本さん。店内にある資料を基に、「はんこを押すための白い紙はありますか」などと話しながら作品を仕上げていく過程を目の当たりにし、「あ、現代美術って『会話』なんだな、と思った」と振り返る。
 
「作品鑑賞は、じっと見て『何のために作ったのか』などと考えることだけではない。多分、作品に集中しなくてもいい」と荒木さん。安本酒醤油店を訪れた人が、店に置かれているものに関心を持ち、会話のきっかけになれば、それでいい。

トークイベントで登壇者と来場者が車座になって作品の説明を語るうち、来場者も自身の祖先の話や、松坂屋静岡店の稲荷社の話など、その場でふと思い出したことを話し始めていた。「難しくてよくわからないもの」と思われがちな現代美術が、地元の人から土地の歴史や記憶を語り出すきっかけとなる装置として機能する瞬間を見届ける、そんなトークイベントだった。

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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