【佐野美術館の「心のふるさとが、ここに- 高橋まゆみ人形展」】長野県飯山市在住作家の創作人形70点。決してたどり着けない理想郷


長野県飯山市在住の人形作家による「ふるさと」をテーマにした創作人形が70点。野良着を着たお年寄りの、顔のしわからにじみ出るような笑みが印象的だ。

それは誰に向けるでもない、生きることそのものに対する感謝の発露のように感じられる。例えば「散歩」。右手で杖をつき、左手を腰にやる翁。右足を少し前に出し、3点で体を支えている。少しとがったあご、下あごに1本残った歯。彼はほおを揺らして笑っている。

例えば「つり」。孫であろう男の子を右に座らせ、自分も水辺に腰を下ろして釣り糸を垂らす。二人で過ごすのどかな時間。「釣れなくていい…心のせりふ」というキャプションが、言い得て妙だ。麦わら帽子、首には手ぬぐい。竿先を見つめる口は結んでいるが笑みがこぼれている。この時間の永遠を願う気持ちが伝わってくる。

大衆食堂は圧巻だ。4人がけの粗末なテーブルが三つ。三者三様のグループが席を埋めている。向かいあってざるそばをすする老夫婦。働き盛りの男4人組の机にはビールびんが2本。焼き鳥、ぎょうざ、ナスの揚げ浸しなど、簡単だが間違いのないつまみが並ぶ。左には家族4人。子ども2人の前に置かれたラーメンの、ナルトとゆで卵の切り口が鮮やかだ。

ここにも笑顔が満ちている。腹の底からの爆笑、団らんを慈しむ微笑。中華鍋を振る店主のほくほく顔もいとおしい。

かつて日本中にあっただろう景色。だが、今は見つけがたい。高橋さんの人形は、決してたどり着けない理想郷を形作っている。

同時開催の「村上豊と郷土ゆかりの画家たち」(2月15日まで)も必見。三島市出身の村上による、高田崇史著『鬼神伝」(講談社)の挿画原画を皮切りに、同市出身の洋画家である栗原忠二、細井繁誠らの佐野美術館コレクションが並ぶ。

個人的には富士宮で生涯を閉じた曽宮一念の素描や淡彩画に引かれた。お得意の種子植物の鉛筆画もいいし、何より「駿河江ノ浦」がユニークだ。おそらく沼津市江浦だろうが、幾多の画家が取り上げた海岸線ではなく山側を描いている。稜線を好んだ曽宮、さすがである。

(は)

<DATA>
■佐野美術館「心のふるさとが、ここに- 高橋まゆみ人形展」
住所:三島市中田町1-43  
開館:午前10時~午後5時
休館日:木曜日、2月16日(月)~2月20日(金)
観覧料(当日):一般1300円、小・中・高校生650円※土曜日は小中学生無料
会期:4月5日(日)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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