​【異例のAI長編映画「マチルダ・悪魔の遺伝子」の遠藤久美子監督トークイベント】映像、演技、音声の全てをAIで製作。世界的に注目を集める「エシカルSF映画」はどうやってできたのか

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は1月16日に静岡市葵区のシネシティザート、23日に清水町のシネプラザサントムーンで劇場公開される長編AI(人工知能)映画「マチルダ・悪魔の遺伝子」の遠藤久美子監督(原作も担当)のトークイベントを題材に。1月7日、静岡市葵区のARTIEで行われたイベントは、デジタルハリウッドSTUDIO静岡(同市葵区)講師の内田竜太さんを聞き手に行われた。
(文・写真=論説委員・橋爪充)

2222年、男性が「絶滅」した世界

俳優や声優を一切使わず、遠藤監督を含めた2人でAIツールを操り、4カ月間で映像、演技、音声を束ね上げた。AIで製作した長編映画が劇場公開されるのは極めて異例だ。イベントではトークの前に、作品の試写を実施した。

(C)MATILDA LINE PROJECT

「エシカルSF映画」を標榜する72分間の作品は、まず40億年以上前の地球誕生、多様な生命の躍動と絶滅、人類の隆盛と争いを一気にたどる。宇宙空間から大気に覆われる地球の姿を俯瞰し、静物の細胞、DNAのらせんといったミクロの世界へいざなう。冒頭5分ほどの映像の情報量にまず驚かされた。

軸となる物語の舞台は2222年。争いの絶えない人類を未来に残すため、人間の持つ暴力性の原因遺伝子(「悪魔の遺伝子」と呼称)を取り除く秘密プロジェクトが遂行され、人類の半数は消える。つまり、男性が全て消え去った世界である。均質な未来都市で主人公ナインは、「恋人」デヴィの意志により、とある人物と出会う。そして暴力と引き換えに失った「あるもの」を知る。


5年前からスペイン・バルセロナに住む遠藤さんは、映画初製作。かつてはCMソングのボーカリストを務めていた。ここからは内田さんの問いに答える遠藤さんの発言をお届けする。

(倫理的なテーマの SF 作品。製作のきっかけは)
四半世紀ほど前に(この作品のビジョンが)私の頭に降ってきたんです。でも、小説家や漫画家ではないから表現できなかった。どうやったらこれが表現できるか、試行錯誤しているうちに月日が流れ、AIが出てきた。試しに使ってみたら自分が見た映像に近いものが生成できたんです。これはチャンスだと思いました。それで寝る間も惜しんで72分を作り上げたということです。

(わずか4カ月で完成させたということですが)
(俳優の)MEGUMIが映像を見て気に入ってくれて(彼女がファウンダーを務めるカンヌ国際映画祭の国際文化交流イベント)「JAPAN NIGHT」で1分間のトレーラーを上映することになったんです。 実は彼女、バルセロナの我が家の向かいのマンションに住んでいて、ご近所さんなんですね。それで、イベントにベルギー映画祭の創立者の方が来ていて、「この過激な設定のSFをどうしても長編で見たい。10月23日の映画祭に間に合うように長編を作ってみないか」と。もう、気合いを込めて「やります」と言いました。そんなふうにあわてて作り始めたのが2025年 の5月です。そこから触ったことがなかった(AIツールの) 「Midjourney」などをダウンロードし、大至急で仕上げました。映像のプロの皆さんから見たら雑なところがたくさんあるかもしれませんが、4カ月で何とか仕上げた挑戦的映像と受け取っていただければと思います。

(映像の世界観はどのように作り込まれたのですか)
私が一瞬でサッと受け取った映像にできるだけ近いものを再現しようとしました。その映像は恐ろしく美しかったので、皆さんとシェアしたかったんですね。よく作家や作曲家の方がパッと何かが降りてくると言いますよね。もしかしたら創造物というのは、そのように受け取るものなのかもしれない。だから「こんな風に描いたらSFっぽい」といったように考えてデザインしたわけではなく、自分に見えたものを忠実に再現したという感じです。

(AIで製作する上で苦労した点はありますか)
話し尽くせないほどいっぱいあります。魔法のように「ちちんぷいぷい」でサッと1時間(の作品)が出てくるわけではないんです。5秒、10秒の動画を作ってもまるごと全部使えるものではない。そのうちの6秒、7秒の「これだったら使えるな」という素材を500作って、1000作って…というのを繰り返すんです。いいところだけを貼り付けて、貼り付けて、1分になる。気が遠くなるような作業なんですよ。最先端でも何でもなくて、かっこよくも何ともなくて。でも2人でコツコツ作るのは、めちゃくちゃ楽しかった。食事や睡眠を忘れるほど没頭した4カ月でした。

人間の暴力の歴史をたどったサーガ

(C)MATILDA LINE PROJECT


(生々しい話なんですが、この映画のコストはどれぐらいかかったんでしょうか)
車1台分は潰したという金額にはなってます。映画会社の中で私が撮ろうとなったとしたら、プロデューサーさんが企画を出して予算を立て、このシーンはいくら、音楽にはいくら、となりますよね。でも(「マチルダ」は)本当にパッションプロジェクトなので。プロの方からいろいろ申し出があって、アニメやCGにお金が費やされて。5年以上そんなことをして、模索しました。その間に結構お金を使いました。ただ、AIだけで考えればおそらく数百万円かなという気がします。フリーソフトは商用利用が禁止なので、(そうではない有料のアプリに)登録してガラガラ回すわけです。チャリンチャリンとお金が減っていく感じですが、それを気にしていたら4カ月ではできなかったでしょう。

(AIによって映画製作のハードルは下がっているように思いますが、今後映画産業はどんな形になるでしょうか)
ハリウッドではまだ受け入れない(AIに制約を設ける)状態ですが、(AIによる映画製作を)準備している会社はたくさんあると聞いています。私のところにも売り込みがありました。かつて馬車が車になったり、直筆の手紙がメールになったりしたのと同じように、新しいテクノロジーは受け入れざるを得ない。映像業界はこれをAvoid(回避)できないと思います。どこかのタイミングで、ガチャッと(一斉に)みんなが AI を使うようになるのではないでしょうか。

(「マチルダ」は今後、小説版も進めるとのことですが、多角的な表現をしていくということでしょうか)
今回の作品、ジャンル分けするなら、ということで考えたのが「エシカルSF」なんです。映像でエシカルの部分を言うならやっぱりドキュメンタリー番組になります。でも映画館はどちらかというとアミューズメントの場ですよね。私は、世の中として知らなければいけない情報と、楽しめるコンテンツをCombine(組み合わせ)させたかった。今回の作品は人間の暴力の歴史をたどったサーガ(叙事詩、大河小説)の組み立てに近い。鑑賞した皆さんと「人間の暴力の根源は何だろうか」「遺伝子に関わるのかな」「止められるのかな」といったことを協議しながらお酒を飲めるような、そんな場所を作りたいんです。だから、映画1本作って終わりではない。別の表現をしたり、もしかしたら漫画になるかも知れませんし。(テーマについて)みんなと話し合う材料を提供していければいいと思います。

(映像制作に携わろうという人たちに一言ください)
すでに映像の仕事をされている方は、知識や学びがあった上で制作していらっしゃる。AIを使えば、そういう方が、これまで人間の表現では及ばなかったところ、製作費がなくて表現できなかったものが生み出せるようになる。チャンスが訪れたと思います。

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1