
(寺田)日本アマチュアボクシング界の世界王者は5人いますが、世界選手権のベルトと五輪の金メダルを揃えた選手はいません。そんな中、浜松市出身で、2021年世界選手権覇者の坪井智也選手は、五輪でアマチュア2冠を目指します。
(山田)浜松出身なんですね。
(寺田)期待の選手です。浜松工業高出身の27歳で、大学4年間を無敗で終えて、21年に世界選手権のベルトを取りました。アジア大会が9月からあるんですけど、決勝に進出すると五輪の切符を得られます。五輪での金メダルを目指しているということなんです。
(山田)世界選手権と五輪の2冠は今まで日本人ではいないんですね。
(寺田)その期待を背負っているのが静岡県出身の選手。そこで今日はボクシングの話をしたいと思っています。
ボクシングの起源は、紀元前の古代ギリシャまで遡るんですが、元々ローマ時代は奴隷同士をコロッセオで死ぬまで戦わせていました。今のルールが定まったのは1900年頃なので比較的最近です。スポーツとしてのボクシングは頭脳戦です。
まずボクシングにはプロとアマがあることをご存知ですか?
(山田)知ってます。
(寺田)同じ競技なのですがアマチュアは短距離、プロは長距離って言われるんですよ。
(山田)どういうことですか?
(寺田)1ラウンドって3分間なんですけど、プロは8〜12ラウンドなんです。一方、アマは3ラウンドしかないんです。坪井選手はアマで世界一になろうとしてるので、短距離選手なんです。
勝敗の観点も違って、プロはどれだけ相手に深いダメージを与えたか、手数よりも有効打が大事になるんですが、アマは質の高い打撃数で決まる。強くても弱くてもパンチが入れば1点なんです。実は攻撃にしても防御にしても、アマ出身の選手の方が技術が高くてですね、井上尚弥選手もアマ出身なんですよ。経験を積んでからプロに転向している。
蝶のように舞い、蜂のように刺す
(寺田)ボクサーのタイプも大きく2つに分かれていて、インファイターとアウトボクサーがいます。インファイターは間合いを詰めて打ち合うタイプの選手。ボクシングの起源に近いというか、元々はみんなインファイターだったのですが、アウトボクサーを確立した人がいるんですよ。(山田)誰ですか?
(寺田)モハメド・アリ。名前は知ってるかと思うんですけど。彼ってヘビー級だったんですが、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」って言葉を聞いたことありませんか。間合いをとりながら、チャンスが来たときに攻撃に転じる。ヘビー級にそういう技術の駆け引きを持ち込んだんです。スポーツとしての形を確立したのはモハメド・アリなんです。
(山田)単に間合いを詰めて打つのではなく、間合い取って隙を見つけてというボクシングはモハメド・アリから始まったんですね。
(寺田)そうです。パンチにも種類があるんですけど、基本のパンチって何だと思います?
(山田)ジャブ、ストレート...。
(寺田)ボクサーになるために最初に練習するのはジャブなんです。あとはストレート、フック、アッパーです。フックはちょっと曲がりながら、横から鍵をかけるように。また下から突き上げるのがアッパーなんですが、右利きだとまず左のジャブを練習する。これがないと戦えないんです。
(山田)右利きだと左のジャブ。何でですか?
(寺田)右利きの人は左手を前にして構えますよね。相手との間合いを取るのが左のジャブなんです。ジャブがアウトボクサーの基本なんです。それで仕留めるのは右だったりフックであったりなのですが、ジャブも素早く戻せないと駄目なんです。
ファイティングポーズをとって、パンチを打ったらガードが空きますよね。顔が空いちゃうから、素早く戻さなきゃいけないんです。まっすぐパンチして、まっすぐ戻す。これを素早くするのがボクシングの基本なんですね。これができないと、すぐやられちゃう。なのでジャブを練習する。
次にどこを狙うかっていう話です。急所はどこだと思いますか?
(山田)顔ですか?
(寺田)顎なんです。なぜかというと、顎を打たれると頭が大きく動きますよね。すると脳震盪を起こしちゃうんです。だから、ファイティングポーズを取って顎を引く。もちろん体の右側の肝臓も守らなきゃいけないんです。ボディーブローも後で効いてくるんで。体の右側と顎を守る。その体勢がファイティングポーズなんです。
攻撃に出た瞬間に隙が出ます。そこをお互いに狙うのがボクシングなんですよ。この瞬間がチャンスでもあるんです。試合を見る時、タイプはアウトボクサーなのかインファイターなのか注目してほしいです。
(山田)戦略や技術が詰まってるんですね。
(寺田)プロだとマラソンと一緒なので、勝負に向けたスパートもあるんです。駆け引きに注目しながら見ると面白いです。
「対戦相手を選べないアマ王者こそ世界最強」

(寺田)今、プロの世界チャンピオンって30人以上いるんです。昔は7階級しかなかったのが、今は17階級。女子だと18階級あるんです。体重で細分化された方がフェアというか、面白いんですけど、それだけじゃなく団体が分かれちゃったんです。
WBA(世界ボクシング協会)が元々あったのですが、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)と主要団体だけで4つに分かれたんです。階級が倍になって、団体も4つに分かれたので、一気に世界チャンピオンが増えたんですよ。これも事情というか、世界タイトルマッチって言った方がやはり注目されるので。ただ、誰が1番強いのかって分かりづらいんですよ。
(山田)ファンからすると、WBCのファンだよとかもあるんですか?
(寺田)井上尚弥選手みたいに4団体の統一王座というのもあります。WBAのチャンピオンとWBCのチャンピオンがそれぞれベルトをかけて戦い、勝った方が統一王者になります。ただプロっていうのは、相手に深いダメージをどれだけ与えるかで勝負が決まるじゃないですか。なので年間に何試合もできないんです。
一方、アマは3ラウンドなので、トーナメント戦ができるんです。五輪や今度のアジア大会もトーナメントです。プロだとプロモーターみたいな方が間に入って相手が決まりますが、アマは誰が来ても戦わなきゃいけない。なので坪井選手は「対戦相手を選べないアマのチャンピオンこそ世界最強なんだ」と言っています。
(山田)なるほど。応援したいですね。坪井選手まずは次のパリ五輪ですか。
(寺田)そうですね。9月にアジア大会が開幕して決勝に残れば、上位2選手が五輪の切符を取れるので、まずはこれを取ってほしいなと思います。
(山田)注目していきましょう。ボクシングを見る目が変わりました。今日の勉強はこれでおしまい!