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就活新ルールで学生インターンシップ過熱 現状と問題点は?

 人生を大きく左右する「就職活動」。国が新たに定義したインターンシップが本年度スタートし、静岡県内でも実践的なカリキュラムを導入する企業が増えてきました。制度が変わり採用する側もされる側も、ルールに沿った活動をしようと、試行錯誤しています。現在の就職活動の状況と問題点をまとめました。

新インターン本年度始動 5日間以上/半分は実習で採用

 国が新たに定義したインターンシップが本年度スタートし、静岡県内でもより実践的なカリキュラムを導入する企業が出始めた。実施期間は5日間以上、日程の半分以上を職業実習に当てる-など、要件を満たせば企業はインターンで得た学生の情報を採用の広報や選考に活用できる。キャリア形成と人材のマッチングを支援する仕組みだが、制度の周知は進まず定着にはまだ課題も多い。

職場での実務体験に取り組む学生(右)=8月中旬、静岡市駿河区のしずおか焼津信用金庫丸子支店
職場での実務体験に取り組む学生(右)=8月中旬、静岡市駿河区のしずおか焼津信用金庫丸子支店
 しずおか焼津信用金庫(静岡市葵区)は8月中旬、本年度のインターンシップを実施した。金融業務の基礎的座学とグループワークが2日間、各支店での実務体験が3日間。同市駿河区の丸子支店では学生が開店から閉店までを経験し、窓口や営業などを担当する若手職員の指導で接客や外回りなどに取り組んだ。常葉大経営学部3年の杉山悠さん(21)は「充実した実習で理解が深まった。地元出身なので地域に役立つ職に就きたい」と語った。
 新たなインターンシップは文部科学、厚生労働、経済産業の3省合意に基づいて要件を定めた。その要件を満たさなければ「インターンシップ」とされず、売り手市場の中で有望な就活生との距離を縮める機会や利点を生かし切れない。
 同金庫が要件を満たす内容に組み直して学生を募ったところ、定員10人に対して15人の応募があった。人事担当者は「学生とより深く知り合う良い機会になった」と手応えを強調する。
 裾野市に拠点を持つ矢崎総業も今夏、5日間のインターンシップを実施した。3日間を実務体験に充て、機械系や情報系などのコースごとにカリキュラムを組んだ。担当者は「仕事を深く知ってもらい入社後のミスマッチを防ぎたい。定員はいっぱいで、学生の評判も上々」と語る。
 静岡市などに事業所を置く介護総合支援「インフィック」(東京)は、年度内にインターンシップを実施する方向で調整を進める。1日間の短期メニューなども織り交ぜつつ、「学生のニーズに合った内容を用意する。職場の雰囲気を感じ取ってほしい」という。浜松市の杏林堂薬局も5日間を含めた複数の日程を設定し、「それぞれに応じたスキルアップを支援したい」としている。
 (経済部・金野真仁)

内容「知らない」7割 中小、導入限定的か 
 今夏に本格化した新たなインターンシップは、県内で制度内容の周知が行き届いていない。地元経済団体や大学などで組織する「しずおか産学就職連絡会」の調査で、回答した県内377社のうち国が定めた新要件を「知らない」と答えたのは39・0%。要件の変更は知っていても「内容はよく分からない」は33・7%で、計7割以上が理解不十分だった。
 制度内容を理解する27・3%の企業のうち、新たなインターンに「変更する」のは22・6%にとどまった。「まだ分からない」は47・2%、「変更しない」は30・2%。県中部の宿泊業の担当者は「5日間は長すぎて学生たちに敬遠されないか。従来と同じ方式を続ける予定」と語る。
 同連絡会の事務局を務める就職支援財団の鈴木寿彦理事長は、新たなインターンシップが企業、学生双方に及ぼす負担の大きさに触れ、「すぐに浸透させるのは難しい。特に対応できる中小企業は限定的だろう」とみる。
〈2023.9.15 あなたの静岡新聞〉

静岡県内で学生と企業をつなぐ場 提供する法人も

 「長期のインターンシップに参加したいけど、静岡県内で実施する企業が見つからない」。そんな学生の声を受け、NPO法人ESUNE[エスネ](静岡市)と一般社団法人草薙カルテッド(同市)が、プロジェクト型長期インターンシップのコーディネート事業を共同開発した。3~5カ月間、企業や団体が学生と継続的に関わる。学生と接点が少ない中小企業を支援し、学生に挑戦する場を提供するのが狙いだ。

社員と話して業務への理解を深める学生ら=2日、焼津市のサンロフト
社員と話して業務への理解を深める学生ら=2日、焼津市のサンロフト
 焼津市のIT企業サンロフトは「人づくりプロジェクト」と題したインターンシップを実施中。参加する東京経済大3年の水沢亮也さん(21)=藤枝市=と静岡大1年の今坂茉鈴さん(19)が3カ月間のうち50時間を目安に活動し、IT業界の社員像を第三者の視点で考えている。
 2日、同社を訪れた2人はデジタルトランスフォーメーション(DX)とIT化の違いについて鈴木あゆみ広報・マーケティング部長(51)と話し合い、業界への理解を深めた。今後は社員へのヒアリングを進めるなどして、魅力的な社員像を描き、必要なスキルや研修を提案する予定という。鈴木部長は「若い世代が共感することや、われわれの足りない部分を言語化したい。社外の人と対話することは社内の刺激になる」と学生の力を借りるメリットを話す。
 採用活動を強化したい島田市の土木業丸紅では、業務を広報戦略に特化して、9月から大学生2人を受け入れている。このうち静岡大2年の西口航平さん(20)はSNS(交流サイト)で自身の投稿が「バズった」(広く話題が拡散された)経験を生かして、業務を動画撮影して編集し、SNSに投稿する。「学生が企業のホームページにアクセスするのは難しいが、SNSなら偶然見て知ることができるのではないか。業務内容は知らないことばかりだったので、自分が驚いたことを分かりやすく伝えたい」と意気込む。
 コーディネート事業は昨年度から始まり、これまで、計9プロジェクトに17人の大学生が参加した。エスネによると、県内には学生が長期的に関われる企業や団体が少ないため、代わりに都内の企業でインターンシップに臨む学生もいるという。
 エスネ共同代表の斉藤雄大さん(29)は「中小企業はそれぞれ強みがあるのに、その情報が表に出ないため、学生は仕事がないと思い県外に出てしまう。学生が県内で働くキャリアイメージができるよう、さらに企業の情報が見えるようにしていきたい」と展望を語った。
 (生活報道部・伊藤さくら)

 インターンシップ 学生が将来のキャリアを意識して在学中に行う就業体験。就職活動が本格化する前から企業の情報を集めることができる。有償、無償のいずれの場合もある。本年度から国の定義が新しくなり、5日間以上実施し、日程の半分以上を職場での体験に充てるなどの要件を満たせば、企業は採用活動開始後にインターンシップで得た学生の情報を選考に生かすことが可能になる。
〈2023.11.25 あなたの静岡新聞〉

大学3年就活、早くも過熱 学業との両立懸念の声

 来年春卒業予定の大学4年生の内定が解禁される中、大学3年生の就職活動が早くも過熱している。就活ルールが変更され、企業のインターンシップ(就業体験)に3年時に参加した学生の評価を採用選考時に活用できるようになったためだ。企業側はインターンを充実させ、学生の参加意欲も高まっているが、識者からは学業との両立を懸念する声が出ている。

東京海上日動火災保険が実施したインターンで議論を交わす学生ら=8月、東京都渋谷区
東京海上日動火災保険が実施したインターンで議論を交わす学生ら=8月、東京都渋谷区
 8月下旬、東京都内の東京海上日動火災保険の研修施設。学生約80人が少人数のグループに分かれ、与えられた課題に議論を交わしていた。採用担当者らが、その周りを行き交い、学生の様子を注意深く見守っていた。
 上智大の女子大生(20)は同社以外にも約10社のインターンに参加。書類選考や面接が学期末の試験などと重なって多忙を極めたが「3年の夏は、このために空けていた。かぶらないように早めに留学もした」。
 就活ルールは政府が管理。これまでは4年生の選考解禁日6月1日より前のインターンで得た学生情報を採用で活用することは禁じられていた。ただ実態は、そうしたインターンが採用につながる事例が「かなりあった」(大学関係者)といい、運用が明確でなかった。新ルールでは、3年時に取得した情報でも選考解禁後に限って活用できるようにした。
 学生には職業観を醸成する機会になる。9月中旬に生活用品大手アイリスオーヤマのインターンに参加した香川大の戸川桃花さん(20)は、広告や出版業界の企業でも経験し「やりたいことが絞れてきた」と話した。
 アイリスオーヤマは今夏、過去最多の16職種のインターンを用意。担当者は「就活が早期化する中、優秀な学生に興味を持ってもらいたい」と意気込む。
 しかし就活の新ルールが、インターンを「5日間以上」で、参加期間の半分超を社員が指導する現場体験としたため、企業側の受け入れ枠は限定的で、参加のハードルは高いようだ。慶応大の男子学生(21)は20社に応募したが、選考を通ったのは4社だけで「厳しかった」と打ち明ける。
 授業に企業でのインターンを取り入れる大東文化大の細田咲江教授(キャリア教育)は、企業がばらばらに取り組んでいた状況を整理したとして、ルール変更をある程度評価するが、選考時期も含めて授業や試験期間は避け、学業に支障が出ないようにすることが必要だとくぎを刺す。
 その上で学生には、インターンの選考で落ちても採用選考には挑戦できると強調。「企業には採用とは直結しない1~2年生の時から、社会に目を向ける機会を設けてほしい」と指摘する。
〈2023.10.8 あなたの静岡新聞〉

企業に対抗して教員採用も早期化相次ぐ

 文部科学省が2024年度の教員採用試験を1カ月前倒しする方針を固める中、深刻な教員のなり手不足を解消しようと、一足早く23年度から試験の前倒しに乗り出す教育委員会が相次いでいる。採用活動早期化で「青田買い」も横行する民間企業に対抗し、学生を囲い込もうという狙いだ。ただ「教員の長時間労働が変わらない限り、不人気は解消されない」と根本解決を願う声はやまない。

 「意欲のある3年生を確保したい」。他の自治体に先駆け、試験時期を早めると1月に公表した東京都教委の布施竜一選考課長は強調する。大学4年が7月に受ける1次試験のうち、法律や歴史など基礎知識を問うテストは3年でも受験できるように改めた。
過去最低の倍率  基礎テストを通過すれば4年で論文試験や面接に臨む。布施課長は「3年生で教員の道を意識するきっかけになる」と早めのアプローチに効果があるとみる。
 文科省によると、21年度に全国で実施された公立小教員の平均試験倍率は過去最低の2・5倍。多忙な職場とのイメージが広がったことなどが人気低迷の背景とされるが、文科省は民間より採用時期が遅いことも一因だとの見方を示す。
 面接など企業の選考は4年の6月解禁とする政府の就活ルールがあるが、多くが3年向けのインターンシップから事実上の選考を始めていると指摘される。対する教員採用は4年の夏に試験、秋に合格発表が一般的で、担当者らは「早く進路を決めたい学生が民間に流れている」と嘆く。
前倒しの波期待  富山県や福井県なども試験の一部を3年で受けられるように変更する。川崎市教委は小学教員採用で3年向けに別枠を設け、早ければその年の秋に内定を出す。
 「試験が早まると学業に支障が出かねない」(中部の教委)との懸念も広がるが、「乗り遅れたら意欲のある学生が取れない」といった声にかき消されがちだ。
 文科省幹部は「前倒しの波が全国に広がってほしい」と期待。23年度に3年向けの試験を始めたくても問題を作る要員が足りない自治体へ、文科省が選んだテスト業者が作問を代行する支援事業を行う。
静岡県内各教委 変化見られず  学生の受け止めは冷ややか。都内の私立大3年の女子学生(21)は高校教員になるか迷っている。「学校は残業が多く、働き方改革に後ろ向きだと感じるから」と話す。
 一方、静岡県の各教委の採用活動にまだ変化は見られない。県、静岡市、浜松市の各教委が本年度に実施する採用試験は7月に1次、8月に2次の試験を行い、9月に合格発表という例年通りのスケジュールだ。
 名古屋大の内田良教授(教育社会学)は「採用試験の改革は必要だが、対症療法に過ぎない。教員不足を根本的に解決するには、労働時間の管理を厳格化し、現在は『残業代を支払わない』としている国の制度を見直すといった取り組みが求められる」と指摘した。
〈2023.6.4 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞