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検察の「特別抗告」巡る議論 袴田さん再審で注目

 一家4人を殺害したとして死刑判決が確定し、再審を求めてきた袴田巌さん(87)の差し戻し後の即時抗告審で、東京高検は3月20日、再審開始を認めた東京高裁の決定について、最高裁に特別抗告しないことを決めました。今回の特別抗告を巡り、再審制度における検察側の抗告権についての議論が注目を集めています。

近年は特別抗告の傾向 日弁連関係者指摘 再審法改正を訴え

 近年の再審請求事件を巡っては、検察が再審開始決定の取り消しを求め、最高裁まで争う傾向が見られていた。日本弁護士連合会再審法改正実現本部の鴨志田祐美本部長代行は、今回検察が特別抗告を見送った背景を「メンツと世論のハレーションをてんびんにかけた結果では」とみている。

記者会見で涙を浮かべながら検察の特別抗告断念を報告する弁護団の小川秀世事務局長(右)と西嶋勝彦団長=20日午後、都内
記者会見で涙を浮かべながら検察の特別抗告断念を報告する弁護団の小川秀世事務局長(右)と西嶋勝彦団長=20日午後、都内
 1989年に静岡地裁で再審無罪となった「島田事件」など戦後の4大死刑冤罪(えんざい)と呼ばれる事件では、「免田事件」を除いて検察は再審開始決定に対して特別抗告していない。免田事件は高裁で再審開始決定が出たため、特別抗告は検察にとって1度目の不服申し立てだった。
 一方、2000年代に入ると、特別抗告の流れが鮮明になる。とりわけ「検察にとっての成功体験」と指摘されるのが、鹿児島県大崎町で男性の遺体が見つかった「大崎事件」。最高裁は19年、検察の特別抗告を「理由がない」としつつ、職権による調査に基づき、殺人罪などで懲役10年が確定、服役した原口アヤ子さん(95)の再審開始を認めた鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部決定を取り消した。
 弁護士からは「理由なき特別抗告でも裁判所が何とかしてくれた。検察にとって、ごねれば何とかなるというモチベーションにつながった」との声が聞かれ、日弁連は再審開始決定に対する検察の不服申し立てを禁止することをはじめとして再審法(刑訴法の再審規定)の改正を訴えてきた。
 鴨志田さんは「どの再審請求事件も特別抗告理由はない。検察もそれを分かりながらしている。今後も基本的には特別抗告するのが原則だろう」と指摘し、法改正の必要性を強調した。

検察の抗告権廃止が必要 元東京高裁部総括判事の門野博弁護士
 検察が特別抗告しなかったのは、当然のこととはいえ適切な措置だ。しかし、今回の第2次再審請求だけでも、静岡地裁が再審開始を認めてから10年近くの歳月がたっており、その間、袴田巌さんの時間を奪い去ったことは取り返しがつかない。無実の人を救済するための非常手続きとして定められた再審制度の趣旨を完全に逸脱している。
 今回の審理経過は、検察に抗告権を認めることが法の趣旨をないがしろにしてしまうことをより明確に示した。ドイツが検察側の抗告権を廃止したように、日本においても直ちにそれに向けた法改正が必要だ。
 〈2023.03.21 あなたの静岡新聞〉

特別抗告とは

 刑事訴訟法は高裁が出した決定や命令に対し、憲法違反や判例違反を理由とする場合に限り、最高裁に特別抗告をすることができると規定している。検察側、弁護側のいずれも可能。

検察庁
検察庁
 2000年代に入っての再審開始決定では、検察側は茨城県の布川事件や熊本県の松橋(まつばせ)事件、鹿児島県の大崎事件などで特別抗告した一方、東京電力女性社員殺害事件や大阪市東住吉区の小6女児死亡火災では断念した。
 〈2023.03.20 あなたの静岡新聞〉

「特別抗告の要件なし」 東京高検 高裁決定に不服も
 袴田巌さんの再審開始を認めた東京高裁決定について、東京高検の山元裕史次席検事は20日の記者会見で、刑事訴訟法の規定に照らし「特別抗告の申し立て事由があるとの判断に至らなかった」と断念の理由を述べた。同決定には「承服しがたい点がある」と強調したが、詳細は明らかにしなかった。
 刑事訴訟法では特別抗告の要件を憲法違反や判例違反がある場合と定めている。山元氏は最高検の意見も聴きながら「法と証拠に基づいて慎重に検討を重ねた」と断念に至る経緯を説明した。
 同決定は犯行着衣とされた衣類を捜査機関が捏造(ねつぞう)した可能性を指摘した。山元氏は承服しがたいとした具体的な内容を問われると、「決定の特定の点を取り上げたわけではない」としつつ、今後開始される再審公判を見据え、「詳細な回答は控えたい」と言及を避けた。
 再審公判で有罪立証するかについては「静岡地検と東京高検で適切に対応したい」と述べるにとどめた。
 〈2023.03.21 あなたの静岡新聞〉

あしき「当然抗告」 証拠評価絶対と思い込み 元検事・市川寛弁護士

 東京高裁は13日、一家4人を殺害したとして死刑判決が確定した袴田巌さん(87)の裁判をやり直すこと(再審開始)を認めた。高裁の決定を不服として検察が最高裁に特別抗告するかが焦点だ。元検察官の市川寛弁護士は「今の検察庁は、再審請求事件は必ず最高裁まで争うという方針を立てているとしか思えない」と指摘する。

市川寛さん
市川寛さん
 ―高裁決定の印象は。
 「特別抗告される可能性を意識し、最高裁でも決定を守り切れるよう、丁寧に丁寧に一つずつ検察の主張を蹴っている。(審理不尽の違法を理由に高裁に差し戻した)最高裁の問いに十二分に答える決定になっている」
 ―大阪高裁が2月に「日野町事件」の再審開始を認める決定を出したが、検察は特別抗告した。近年、同様の対応が続いている。
 「『大崎事件』の第3次再審請求のとき、最高裁は検察の特別抗告を『理由がない』としながら再審請求を蹴って、検察を救った。あしき判例ができ、事実上、理由がなくても抗告する流れがある」
 ―検察にとって再審請求事件とは。
 「検察は原則的に、有罪を確信して起訴する。確定判決という裁判所のお墨付きでいっそう強固になり、絶対に動かしてはいけない『真実』になる。世間で冤罪(えんざい)と言われる事件も『悪いやつが悪あがきしている』というスタンスではないか。間違いがあるなら再審に至る前に分かるはずで、そうでなければ三審制が崩れてしまうという発想」
 ―なぜ、裁判が始まる前の起訴時点で有罪だと決め込むのか。
 「被疑者・被告人に有利な証拠も吟味した上で、決裁で上司のチェックも受けているから盤石な事実認定だと自信を持つ。ただ、私に言わせればフィクションだ。法律家を自任する検事の本質は犯罪捜査官。被疑者・被告人に有利な証拠はどうしても過小評価する」
 ―検察は裁判所への未提出証拠を開示することにも否定的だが。
 「理由は大きく三つある。まず、有利な証拠は自分で集めろという考えが根底にある。第二に、検察の証拠評価は絶対だと独善的に思い込んでいる。第三に、証拠を見せると新しい弁解が作られると考えている。敵に塩を送るようなことはするなと教育されている」
 ―再審法(刑事訴訟法の再審規定)で認められているからこそ抗告する一方、法に規定がないがゆえに証拠開示に後ろ向きなのか。
 「検察官は都合のいいときだけ行政官になる。抗告できると条文に書いてある以上、するのが当然だと。証拠開示は法に定めがないから、する必要がないとうそぶく。けれど、ルールができれば変わらざるを得ない。むしろ、現場の検察官は手間が省けて楽になる」

 <メモ>日野町事件は、滋賀県日野町で1984年に酒店経営の女性が殺害されて手提げ金庫が奪われた。大阪高裁は2023年2月、大津地裁に続き、無期懲役が確定し服役中に病死した元受刑者の再審開始を認めた。大阪高検は3月、最高裁に特別抗告した。
 大崎事件は、鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった。無実を訴えながら殺人罪などで懲役10年が確定し、服役した原口アヤ子さん(95)の第3次再審請求審で鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部は再審開始を認めたが、最高裁は2019年に再審を認めない決定を出した。

 いちかわ・ひろし 1965年、神奈川県生まれ。93年に検察官を任官し、横浜、大阪地検などに勤務。佐賀地検時代に自白を獲得するために被疑者に暴言を吐いたことなどを法廷で証言し、2005年に辞職した。07年、弁護士登録。
〈2023.03.15 あなたの静岡新聞【最後の砦 刑事司法と再審/番外編 インタビュー㊤】〉
地域再生大賞