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多頭飼育崩壊 防ぐにはどうしたら?

 適切な環境で動物の飼育ができなくなる「多頭飼育崩壊」。飼い主だけでは対処できない状況になるまで悪化するのを未然に防ぐため、静岡県では今年度、独自の崩壊危険度チェック表を導入します。予防や早期対処には地域住民の協力も欠かせません。この問題について、課題や取り組みを1ページにまとめました。
 〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・安達美佑〉

兆候察知へ独自の「チェック表」 民生委員らと連携

 適切な環境で動物の飼育ができなくなる「多頭飼育崩壊」の未然防止に向け、静岡県は2022年度に崩壊の危険度チェック表を導入する。地域住民と連携し、兆候を早期に察知する狙い。家庭の事情に詳しい民生委員やケアマネジャーらにチェック表を配布する。

多頭飼育崩壊のチェック表を紹介する県職員=3月中旬、県庁
多頭飼育崩壊のチェック表を紹介する県職員=3月中旬、県庁
 チェック表は、家庭で飼育する動物の頭数や性別、去勢手術の有無など5項目を設け、崩壊の危険度を5段階で判断する。危険度に応じて、経過観察や保健所への通報を促す。県は今後、民生委員らの集会に出向いてチェック表を配布。多頭飼育崩壊が地域に及ぼす影響を伝え、協力を求める。
 県の担当者は「動物に関する相談は保健所が受け付けていると周知し、地域と信頼関係を築きたい」と話す。
 多頭飼育崩壊は、これまでに県内でも複数発生し、刑事事件に発展した事例もある。環境省が2021年に策定した「多頭飼育対策ガイドライン」では、飼い主の経済困窮や判断力低下、ペットに依存する心理的な問題を原因に挙げ、解決に向けて飼い主の生活支援など福祉的支援の必要性を指摘する。
 ガイドラインを踏まえ、県は動物愛護管理部局と、飼い主の困窮や病気などの対応を担う福祉部局の連携体制の構築を図っていて、第1弾としてチェック表を発案した。
 多頭飼育崩壊の現場対応をした経験がある富士保健所動物愛護指導班の長谷川久班長は「職員が地域を巡回して兆候をつかむのは物理的に困難」とし、「発見が遅れて事態が深刻化すると解決は難しくなる。地域住民の協力で予防と早期対処を進めたい」と話す。

〈メモ〉多頭飼育崩壊 多数のペットを飼育する中、適切な給餌や給水、衛生管理ができていない状態。去勢や不妊手術などの繁殖制限措置をしていない場合が多く、感染症のまん延や共食いが発生。地域で異臭や騒音の影響が出るなどして社会問題となっている。県衛生課によると、県内では大規模な崩壊がこれまでに計4件確認された。富士市では2021年5月に子犬85匹を劣悪な環境で飼育し虐待したとして女性が摘発された。
〈2022.04.07 あなたの静岡新聞〉

原因は?地域を巻き込む狙いは? 課題について聞きました

 多数の動物を適切に管理できない「多頭飼育崩壊」が社会問題化する中、静岡県は本年度、独自のチェック表を福祉関係者に配布し、崩壊の危険度判定を始める。現場対応の課題や今後の取り組みを聞いた。

長谷川久氏
長谷川久氏

 -多頭飼育崩壊の原因と被害は。
 「たくさんの動物に囲まれていることに依存する飼い主の心理状態や繁殖制限の知識不足、高齢になって十分な世話ができなくなるなど原因はさまざま。繁殖が始まってしまうと、費用面もあって飼い主だけでは対処できなくなり、悪化が連鎖する。地域から孤立して一人で抱え込む例が多い。ふん尿が堆積した不衛生な環境で動物の健康に支障が出るだけでなく、飼い主の衣食住も悪化していく。異臭やほえ声の騒音などのトラブルに発展し、飼い主と地域住民にあつれきが生じる」
 -保健所の対応は。
 「現場に行って飼い主から状況を聞き取る。飼育責任上の問題があれば、不妊去勢手術の実施や引き取り手を探すよう文書か口頭で行政指導する。飼い主が一度で従うことはなく、聞き入れるまで指導し続けるしかない。指導を重ねると飼い主が立ち入りを拒み始める傾向があり、長期化するほど解決は遠のく」
 -危険度判定に地域住民を巻き込む狙いは。
 「深刻化を防ぐには被害が小さなうちに対処することが重要だが、保健所職員だけでは網羅できない。普段から各家庭のことをよく知る民生委員らに協力を仰ぎ、ささいな変化を見逃さない体制をつくりたい。保健所は悪化した現場に指導に入るため、飼い主と良好な関係を築くのに苦戦する。飼い主の性格や経済状況などの暮らしぶりを知る地域住民に保健所と飼い主の間に入ってもらい、協力して対処したい」
 -解決に必要なことは。
 「多頭飼育崩壊の根底にある飼い主の生活環境の改善が欠かせない。県は動物愛護管理部局と生活支援担当の福祉部局の連携体制を構築し、情報共有や共同での対応を目指している。ただ、福祉部局は業務範囲が広く、構築には時間がかかる。まずは保健所や市町の動物担当職員、福祉に携わる住民の現場サイドから関係を築きたい。動物のトラブルをどこに相談するか困っている住民も多いはず。福祉関係者を対象に動物の適正飼養講習などを開き、協力の輪を広げていく」

 はせがわ・ひさし 名古屋市北区出身。1998年に県職員となり、食肉衛生検査所などを経て2021年から富士保健所動物保護第2指導班長。掛川市在住。51歳。
〈2022.04.10 あなたの静岡新聞〉

自宅で犬85匹飼育、虐待 2021年発生、どんな事件だった?

 劣悪な環境で犬85匹を飼育し、虐待したとして、富士署と静岡県警生活保安課は(2021年5月)11日、動物愛護法違反の疑いで富士市大淵、無職の女(51)を逮捕した。県警は多数の動物を飼い、適切に管理できない「多頭飼育崩壊」に陥っていたとみて調べを進める。

多数の犬が劣悪な環境で飼われていたとみられる現場=4月下旬、富士市内
多数の犬が劣悪な環境で飼われていたとみられる現場=4月下旬、富士市内
 逮捕容疑は4月27日、自宅飼育施設内で、排せつ物が堆積し、飼養密度が著しく適正を欠いた状態で犬85匹を飼い、衰弱させるなどして虐待した疑い。
 関係者によると、犬はフェンスで囲まれた屋外の約50平方メートルのスペースで飼育され、飼養密度が国の基準を大幅に上回っていた。屋外スペースには大量の排せつ物が放置され、県警が捜索した際には犬に歩行障害や皮膚病、脱毛、衰弱などの症状が見られたという。自宅内でも24匹が確認されたという。
 容疑者は2018年ごろまで保健所にブリーダーの届けを行って開業し、犬の飼育・販売を行っていたという。
 同署などは4月下旬、同法違反容疑で容疑者の自宅を家宅捜索し、裏付け捜査を進めていた。これまでに犬計109匹を保護し、民間ボランティアなどに預けたという。

 ■汚物堆積、響く鳴き声
 多数の犬を劣悪な環境で飼育していたとして、(2021年5月)11日に富士市の女が逮捕された動物愛護法違反事件。多頭飼育崩壊が起きたとみられる一軒家周辺では、犬の鳴き声が響き、周囲の道路まで獣臭や排せつ物の悪臭が立ちこめた。県警の捜索に立ち会った関係者によると、屋内は犬のふん尿が堆積し、「足の踏み場もない」状況だったという。
 容疑者は、周囲に民家が数軒ほどの同市郊外の林に囲まれた平屋建てで暮らし、小型犬を飼っていた。
 関係者によると、放し飼いにされていたとみられる屋内は、汚れたままペットシートが重なっていた。多くの犬はふん尿にまみれ、毛が束状に固まり、抜け落ちていた。爪が伸びきった犬もいた。
 保護された犬を診た獣医師によると、栄養状況に差が大きく、適切に餌やりをしていない可能性がある。多頭飼育では他の犬の排せつ物を食べるなどして即座に感染症がまん延し、「死亡するリスクが高い」と指摘する。
 静岡県の記録によると、県内で多頭飼育が確認されたのは、2017年に91頭の飼育が確認された富士宮市や伊東市、小山町の計3件。近年は飼育側の心理的な支援や治療の必要性が指摘されている。
​〈2022.05.11 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞