国交省専門家会議 議論まとめ/今後の焦点【大井川とリニア】

 

リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題を協議する国土交通省の専門家会議は、2021年にヤマ場を迎えそうだ。20年は最大で1400メートルの地下を掘り進む南アルプストンネル工事が、大井川の表流水や地下水に与える影響について議論を進めてきた。南アルプスの貴重な生態系の保全に関する本格的な議論も控える中、専門家会議によるこれまでの議論の流れと今後の焦点について、会議に提出された資料を用いて解説する。(「大井川とリニア」取材班)

国土交通省主催の専門家会議。新型コロナウイルス感染症対策で広い会議室を利用している=2020年12月、同省
国土交通省主催の専門家会議。新型コロナウイルス感染症対策で広い会議室を利用している=2020年12月、同省

 

水問題、幅広く議論 全量戻す方法/地下水への影響
 国交省の専門家会議は、大井川の水問題に関する県とJR東海の対話の膠着(こうちゃく)状態を打開するため、2020年4月に設置された。南アルプストンネル内に湧き出る地下水の全量を大井川に戻す方法と、トンネルが中下流域の地下水へどのような影響を与えるかが主な議題。水の流れや地質、トンネル技術の分野の専門家が科学的・工学的な見地から、これまでに7回の議論を重ねてきた。


 ■県外流出
 トンネル湧水の川への戻し方に関し、JR東海はトンネル内に水をためる「釜場」とポンプを複数設置して対応する方針を示している。第7回会合で釜場やポンプの数と能力などを明らかにした。委員は「現時点で想定されている湧水量であれば、トンネル掘削完了後に湧水の全量を大井川に戻すことが可能な計画」との見方で一致した。ただ、湧水量を想定した水収支解析(流量予測)には不確実性がある。予備のポンプも設置するが、想定を超える湧水が出た場合に対応できるのかは分かっていない。
 JRは工事期間中に湧水が県外(大井川水系外)に流出することは避けられないと説明している。対策や流出量の想定などは、今後の議論の焦点になる。


 ■水の循環
 トンネル掘削による中下流域の地下水への影響も議論された。JRは第5回会合で、流量予測によれば、年平均で地下水位は安定し、水位低下などの影響は上流域にとどまると主張した。委員からは上流から中下流にかけての水循環の連続性をデータで示すべきだという指摘が相次いだ。
 第6回会合では静岡市による別の解析や、水の成分分析も使って水系全体の水循環について検討を進めた。委員は、中下流域の地下水は上流の地下水が表出した分も含めた表流水で主に蓄えられているため、トンネル湧水を全量川に戻し「中下流域の河川流量が維持されれば、トンネル掘削による中下流域の地下水への影響は極めて小さい」との見解をまとめた。ただ、「極めて小さい」とする客観的な数字などの根拠は示されていない。



 ■濃淡
 JRが示すデータの質と量、分析の妥当性に関して、毎回、委員から多くの指導や確認事項が出る。JRが開示するデータの不十分さ、断定的な説明の不適切さ、分析・考察の不足がたびたび指摘され、JRは資料の修正を繰り返している。
 専門家でない市民に分かりやすい説明かも重視されている。福岡捷二座長は初会合で「JRには自らの正当性を主張する説明ではなく、いかに理解していただけるかとの視点を求める」とくぎを刺した。その後も委員がJRに「専門家でも分からない」と発言するなど、流域住民の理解を得られる説明を求める場面が何度もあった。JRの宇野護副社長は第2回会合で「分かりやすさを徹底追求していきたい」と述べた。
 水問題の議論は、議題によって内容の深まりに濃淡もある。今後、生物多様性の保全などの課題でもこうした議論が行われる見通しだ。


 

流域、中立性に疑念
 専門家会議の運営を巡っては、県や大井川流域市町から「中立性」について疑念が示されている。国交省は会議の内容だけでなく、運営面も含めて県民の理解を得られるかどうかが問われる。
 第4回会合終了後の記者会見で、福岡座長はトンネル工事による中下流域の水への影響が軽微だとする「議論の方向性が見えてきた」と発言した。これに県専門部会の部会長も務める森下祐一委員(静岡大客員教授)らが反発し、データが出そろってから結論を出すように主張。森下委員は専門家会議の設置前、会議の結論を県専門部会に持ち帰り検討する考えも示している。
 第5回会合からは、会見に代わって文書形式の「座長コメント」が導入された。コメントでは、トンネル湧水の川への戻し方や、中下流域の地下水量の考え方について、議論の段階に応じた前提条件を付けた表現が毎回、登場する。県や流域市町は「誤った解釈になりかねない」と国交省に対して改善を要請している。
 コメントを作成するための協議は非公開。国交省は「委員が言いたいことをどんどん言えて効率的だ」との認識を示した。県が求める会議の「全面公開」の考え方とは乖離(かいり)したままだ。

 

湧水の全量戻し 予測、不確実性高く
 JR東海は独自に試算した流量予測に基づき、トンネル湧水の全量戻しが可能だと説明し、湧水をポンプアップする際に使う釜場(湧水を一時的にためるプール)や濁水処理装置を設計している。ただ、最大毎秒2トン減少するという予測は、地質調査が不十分で不確実性が高いと専門家から指摘されている。
 JRは、地下水がたまりやすい破砕帯に遭遇した場合、高圧で大量の湧水が出て、トンネルの先端が水没するため、下り勾配で掘削できないとしている。破砕帯の状況次第で、トンネル湧水の県外流出量は増大する可能性がある。
 トンネル本線(先進坑)との交差部に当たる大井川直下では、地質調査会社が「高圧大量湧水の発生が懸念される」と警鐘を鳴らしているが、JRは「本坑と大井川交差部における大量湧水の可能性は小さい」と説明し、会議で影響について十分議論されていない。大井川支流直下の地質調査の結果に関しては大規模な破砕帯が見落とされ、県有識者会議から指摘された。

 
 
 

 

地下水 具体的な影響は不明
 JR東海は上流域2カ所と下流域15カ所で採取した地下水の成分を分析し、降った雨が地下に染み込んだ地点の標高や地下水が同じ場所にとどまっている期間などを調べた。標高は「平均」が示され、どの地点から染み込んだかは明確になっていない。深さによって成分が異なる箇所もあり、具体的な地下水の流れも不明だ。複数の前提条件付きで工事の影響は「極めて小さい」としたが、どの場所でどの程度の影響があるかは示されていない。

 
 
 

 

モニタリング 頻度や体制検討
 JR東海はトンネル工事完了後、大井川流域の河川と沢、地下水の流量、水質、水温を定期的に計測し、工事前と比較して影響を監視する計画を示した。工事中はトンネル湧水量や沢の流れの変化をみて慎重に掘削を進めるとしている。
 地下水位が低下する範囲は、影響がある南限と想定する椹島(さわらじま)に観測井を設置して監視する。監視体制は、県に情報を随時報告するなどとした素案に対し、委員から調査の頻度や対策の即効性で疑問が示された。今後、検討を進める。



 

生物多様性 県部会で論点整理
 リニア工事による南アルプスの生物多様性への影響は、県専門部会で論点を整理し、その後に専門家会議で議論される。生物多様性分野の専門家を新たに委員とすることが検討される見通しだ。
 県はJRに対し、リスクの明確化と有効な対策を求めている。具体的には川や沢の流量、地下水位が低下する場合の減少量を示し、影響が出ると考える水準と根拠、具体的な対策を明示するよう要請している。濁水処理や水温管理、代償措置も重要な論点としている。


 

 残土置き場 地盤の安定性課題
 JRは大井川上流部の藤島沢付近に、ヒ素など自然由来の重金属類を多く含む有害な残土の置き場を、燕(つばくろ)沢と剃石(すりいし)付近などを中心に一般の残土の置き場をそれぞれ設ける検討をしている。
 有害な残土は二重遮水シートで覆い、重金属類の流出を防ぐ。一般の残土は雨などで崩れないよう排水設備を設ける。南アルプスは崩れやすい斜面が多く、委員からは残土置き場周辺の地盤の安定性について指摘があった。


▼井川ダム上流

▼井川ダム下流


 

リニア中央新幹線静岡工区専門家会議の構成員名簿(かっこ内は専門分野) 
 【座長】
 福岡捷二・中央大研究開発機構教授(河川工学、水災害工学)
 【委員】
 沖大幹・東京大総長特別参与、教授(水文学、水資源工学)
 徳永朋祥・東京大教授(地下水学、地圏環境学)
 西村和夫・東京都立大理事、学長特任補佐(トンネル工学、地盤工学)
 大東憲二・大同大教授(環境地盤工学)
 森下祐一・静岡大客員教授(地球環境科学)
 丸井敦尚・産業技術総合研究所地質調査総合センタープロジェクトリーダー(地下水学)
 【オブザーバー】
 静岡県、大井川流域市町、関係各省(文部科学、厚生労働、農林水産、経済産業、環境)
 【説明責任者】
 JR東海
 【事務局】
 国土交通省鉄道局


 

これまでの専門家会議で協議された主な議題(いずれも2020年)
 ▼第1回(4月27日)
 (1)リニア中央新幹線の概要と大井川水資源問題の経緯
 (2)静岡県中央新幹線環境保全連絡会議専門部会の議論
 ▼第2回(5月15日)
 論点整理
 ▼第3回(6月2日)
 大井川水資源利用への影響回避・低減に向けた取り組み
 ▼第4回(7月16日)
 (1)専門家会議の進め方
 (2)大井川水資源利用への影響回避・低減に向けた取り組み
 (3)大井川流域の現状と水収支解析
 ▼第5回(8月25日)
 (1)大井川流域の現状と水収支解析
 (2)畑薙山断層帯のトンネルの掘り方とトンネル湧水への対応
 ▼第6回(10月27日)
 (1)前回会議の追加説明
 (2)トンネル掘削による大井川中下流域の地下水への影響
 ▼第7回(12月8日)
 (1)大井川流域の水循環の概念図
 (2)トンネル工事による影響と水資源利用への影響回避・低減に向けた基本的な対応
 (3)トンネル湧水の大井川への戻し方と水質などの管理
 (4)モニタリングの計画と管理体制


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