【是枝裕和監督『箱の中の羊』】ヒューマノイドを迎え入れた夫婦。「命なきもの」に向けるまなざしの変化

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は5月29日にシネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)、シネシティザート(静岡市葵区)、TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)などで上映が始まった是枝裕和監督『箱の中の羊』を題材に。
(文と写真=論説委員・橋爪充)

遠くない未来。神奈川県の、海に面した街。人と住まいと樹木が、暑くもなく寒くもなさそうな、居心地の良さそうな世界を形作っている。

調和と均衡が保たれた映像空間に、ヒューマノイド(人型ロボット)が現れる。女性建築家甲本音々(綾瀬はるかさん)と、工務店の2代目社長(大悟さん)の長男で、2年前にどうやら不本意な形で亡くなったらしい翔(かける=桑木里夢さん)の姿をしている。

命あるものの世界に入り込んだ「命なきもの」=ヒューマノイド。「彼」の価値は、「彼」を取り巻く人の感情の総和で成り立っている。データに基づいて「らしく」振る舞う「彼」は、この世に存在する理由を主体的に証明するすべを持たない。

筆者は、いつしかヒューマノイドの「哀」に惹かれていた。最新のAI技術とロボット工学で実現した「彼」にそんな感情はないはずなのに。

契約に基づいて、長男の姿に仕立てられたヒューマノイド。母親は「おかえり」という言葉で迎えてくれた。父親はちょっとつれなくて、実在した「翔」とは明確に違う存在として認識しているようだ。「おかえり」ではなく「いらっしゃい」なんていう。自分のことは「お父さん」ではなく「おじさん」と呼んでほしいようだ。

そんな父親も、生前の長男がそらんじていた江ノ島電鉄の駅名をさらさらと口にしたら心が動いたようだ。母親は寝る前にサンテグジュペリの小説『星の王子さま』を読んでくれる。家族の復活。社会の最小単位の共同体がよみがえった。ように、見えた。

だが、時間の経過とともに、夫婦とヒューマノイドの裂け目が広がっていく。母親は言う。「あなたには分からないかもしれないけれど、ああでもないこうでもないって悩みたいの。それが楽しいの。それが生きるってことなの」。「命なきもの」にとって、ずいぶん残酷な言葉だ。

ヒューマノイドに「幸せ」「不幸せ」などという感情はないだろう。それなのに筆者は「彼」の気持ちを推し量ってしまう。他人が自分を必要としてくれるか。この世界に自分が居ていい理由はそれだけ。必要としてくれる人がいなくなったら契約終了だ。この世界を去らなくてはならない。哀。

これは「亡くなった人を記憶にとどめる」ことと、どこか似ていないだろうか。ピクサーの映画「リメンバー・ミー」のルールを思い出す。死者の国にいる人は、現世の親類縁者の記憶から消えうせると2度目の死を迎える、というアレだ。自分の存在は他人に委ねられている。自分はどうすることもできない。哀。

映画世界のどこに自分を置くかによって、見え方が変わる作品だろう。物語の中で『星の王子さま』のせりふ「かんじんなことは、目では見えないんだ」が繰り返される。「誰」の「何」が見えないのか。鑑賞者の立ち位置によって、その答えはまちまちであるはずだ。

鑑賞者が自ら書き込めるだけの心地よい余白を、あえて残している。誰かと語り合いたい映画がまた一本。

<DATA>※県内の上映館。6月2日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
シネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
藤枝シネ・プレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズ サンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1