
「もうええでしょう」静岡弁では意味が4つも 9割超の県民が知る究極の方言「いいにする」とは

2024年にヒットしたドラマ『地面師たち』で、俳優ピエール瀧さん演じる元司法書士が関西弁で言い放つ「もうええでしょう」。静岡弁では「いいにする」といい、ドラマの中で使われた「中断」を含めて4つの意味があるのをご存知だろうか。
静岡県民の多くは無意識に使い分けるも、県外の人にはなかなか通じないとされるこの方言について、言語学者の谷口ジョイ静岡理工科大学教授とSBSの野路毅彦アナウンサーが対談、考察した。
「もうええでしょう」は、交渉を無理やり中断する言葉として注目され、「現代用語の基礎知識選 2024ユーキャン新語・流行語大賞トップテン」にも選ばれた。
野路アナウンサーによると、関西弁の「もうええでしょう」は、静岡弁では「もういいにするか」「いいにしよう」と言い換えられる。ただ、「方言だと認識しないまま使っている静岡県民が多い」という。そもそも本当に方言なのか。
野路アナウンサーの問いに、谷口教授は「その通り」とうなずいた。谷口教授の研究室が2022年、全国の約1万人に調査をしたところ、「いいにする」は静岡県で最も使われ、県外では「まったく聞いたことがない」という地域が多かった。「地域特有の方言」と断言できるという。
自然に柔らかにさえぎる意味も
谷口教授によると、「いいにする」の意味は、使用場面によって大きく4つに分類できる。「中止」「妥協」「許容」「中断」だ。

1つ目の「中止」は、予定していた行動や議論を完全にやめること。例えば毎朝ジョギングをしている人が「雨が降っているから、今日はいいにするか」と、ジョギングに出掛けるのを中止する場合に使う。
谷口教授によると、特に静岡県中部と西部でよく使われる表現という。

2つ目の「妥協」は、代替案で納得する場面で登場する。例えば店でピンク色のリボンを買いたいと思っている人が、「赤色しか売ってないから、赤色でいいにするか」といった具合だ。

3つ目は「許容」。「相手がこれだけ謝っているなら、もういいにするさ」と、先方の謝罪や状況を受け入れて、さらなる追及はしないことを意味する。

4つ目の「中断」は、ドラマの「もうええでしょう」と同様に、仕事や作業が途中の段階にもかかわらず、ストップしたい場面で使う。例えば大工が作業を切り上げる際、「今日はもういいにしよう」と呼びかける。
「もうええでしょう」と異なるのは、言葉の持つ迫力。半ば恫喝して議論を打ち切る「もうええでしょう」に対して、「いいにする」には、柔らかく自然に行動を終えるニュアンスを含んでいる。
静岡県民の9割超「使う」または「分かる」
谷口教授の研究室の学生が2024年、県内全域の1770人にアンケート調査をした結果、「中止」「妥協」「許容」「中断」のいずれも90%以上の人が使用しているか、理解できることが分かった。

「いいにする」が静岡県で広く使われる背景には、県民性が影響している可能性もある。野路アナウンサーは「いろいろなことを『よしとしない』という頑固な県民性だと、『いいにする』はあまり使わないかもしれない」と話す。強い意志を持つ場合、「いいにする」といった柔らかい表現ではなく、もっと直接的な表現を選ぶことも考えられるからだ。
20代にも受け継がれる「いいにする」
「いいにする」は、方言にもかかわらず若い世代にも引き継がれている点で特徴的だ。
下のグラフは、年代別の使用頻度を表す。「(いいにするを)使う」と回答した人の割合は、1970年代後半生まれ(現在40代後半)を境にやや下降しているが、それでも「使わないが、分かる」を含めると、依然として9割以上が「いいにする」を理解していることが分かった。

方言の多くは若い世代で使用頻度が下がりやすい傾向にあるが、「いいにする」は異なる。
野路アナウンサーが「やっきりする(腹立たしい)、おだっくい(お調子者)、ごせっぽい(清々する)といった静岡弁は、若い人はあまり使わない。言葉によって使用頻度に差が出るのはなぜか」と尋ねると、谷口教授は「これまでの研究では、いかにも方言らしい表現は衰退する傾向があることが分かっている」と答えた。
「いいにする」は方言らしさが薄く、標準語に近い柔らかな表現であるため、世代を超えて使われ続けているのではないかと考察する。
野路アナウンサーは「若者にとって古くさい感じがする方言は、東京の言葉に言い換えられやすいのかもしれない」と話した。
日常生活に欠かせない表現
「いいにする」は静岡県民にとって、日常のあらゆる場面で役に立つ表現として根付いている。
例えば子どもに対して「いつまでもゲームしないで。もういいにしなさい」と促したり、勧誘を断りたい時に「今日はいいにします」と柔らかく伝えたりと、角を立てずにコミュニケーションを終わらせることができる便利な表現。
静岡県に移住して18年の谷口教授も、「『いいにする』なしでは生きていけないほど、愛用している」という。
(2025年1月10日にYouTubeチャンネル「SBSnews6」で配信した『フジヤマ6 流行語大賞トップテン「もうええでしょう」▶静岡弁では意味が4つも!9割超の県民が知る究極の方言 真相に迫る』を基に再編集しました)

<プロフィール>
谷口ジョイ(たにぐち・じょい)
社会言語学者。静岡理工科大学情報学部教授。日本人の母とアメリカ人の父のもと、幼少期はカリフォルニアですごし、6歳で来日。神奈川県で育った。2019年から静岡理工科大学所属。静岡県葵区の井川地域をはじめ、県内の方言を研究。3児の母。藤枝市で古民家暮らし。ヤギを飼っている
野路毅彦(のじ・たけひこ)
京都市出身。SBS静岡放送アナウンサー。SBSラジオ「サンデークリニック」の聞き手を務める。企画から取材、制作、番組進行を手掛けたラジオ番組「方言アクセントエンターテインメント〜なまってんのは、東京の方かもしんねーんだかんな〜」が2024年、第61回ギャラクシー賞ラジオ部門大賞を受賞
「あしたを“ちょっと”幸せに ヒントはきょうのニュースから」をコンセプトに、静岡県内でその日起きた出来事を詳しく、わかりやすく、そして、丁寧にお伝えするニュース番組です。月〜金18:15OA