2022年、静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で、当時3歳の女の子が通園バスに置き去りにされ、重度の熱中症で死亡した事件から、9月5日で2年を迎えた。
亡くなったのは、河本千奈ちゃん(当時3歳)。地元にある川崎幼稚園に通い始めて、わずか半年だった。
この事件で、バスを運転していた当時の理事長の男(75)と千奈ちゃんのクラス担任だった女(49)が業務上過失致死の罪で起訴された。事件から、1年7か月を経て始まった裁判。法廷では、何が語られたのか。何が明らかとなったのか。
証言台の前に立った元理事長と元クラス担任。裁判長が、起訴内容を読み上げる。
裁判長
「違うところはありますか」
元理事長
「いいえ」
裁判長
「間違いありませんか」
元クラス担任
「はい」
起訴内容を認めた2人。
事件は、2022年9月5日の朝に起きた。
「いずれ、やればいいと思っていた」軽んじられた安全対策
川崎幼稚園から南へ歩いて3分ほどの駐車場。隣には、牧之原市役所の職員用の駐車場があり、日中、人通りのある場所で、千奈ちゃんは、通園バスの中に約5時間置き去りにされた。そして、重度の熱中症で死亡した。発見時、千奈ちゃんの体温は40℃を超え、車内からは、脱ぎ捨てられた衣類と、空になった水筒が見つかった。
幼稚園から連絡を受けた両親が、病院に駆けつけると、千奈ちゃんはベッドに横たわって心臓マッサージを受けていたという。

千奈ちゃんの父親
「額に前髪が汗でくっついていて、朝、妻が結んでくれた三つ編みも汗でびっしょり濡れているような状態でした。あんな幼稚園に通わせてしまったとか、助けてあげられなかったとか、申し訳ないって気持ちが大きいです」
2023年11月、業務上過失致死の罪で在宅起訴された元理事長と元クラス担任。起訴状によると、元理事長は、園児をバスから降ろす際に座席の確認を怠って、千奈ちゃんを車内に置き去りにしたなどの過失が、元クラス担任は千奈ちゃんが登園していないと気付いたにもかかわらず、「欠席」と信じ込み、確認しなかった過失があったとして、千奈ちゃんを死亡させた罪に問われた。
2024年4月23日。初公判。
両被告は、いずれも黒いスーツとマスク姿。別々のタクシーで静岡地方裁判所に入った。
初公判では、元理事長への被告人質問が行われた。千奈ちゃんの父親が被害者参加制度を使って法廷に立ち、元理事長に問いかけた。
千奈ちゃんの父親
「千奈がバスの中で、自分ではどうすることもできなく、1人で亡くなっていった気持ちがわかりますか」
元理事長
「はい。苦しい思いをしていたんだなと思います」
千奈ちゃんの父親
「(幼稚園を)廃園にすると、あなたは約束しましたね」
元理事長
「誠に申し訳ございませんが、私の言葉からは言えません」
千奈ちゃんの父親
「廃園にすることが、千奈と私への償いだと思いませんか」
元理事長
「申し訳ございませんが、廃園にすること(について)は言えません」
事件当時、川崎幼稚園を「廃園にする」と約束していた元理事長。しかし、園は現在も存続している(2024年9月現在)
千奈ちゃんの父親は2021年7月、福岡県中間市の保育園で、当時5歳の男の子が送迎バスに置き去りにされ、熱中症で死亡した事件についても触れた。
千奈ちゃんの父親
「福岡県でも事件があったのに、安全対策を行わなかった理由を教えてください」元理事長
「…。いずれ、やればいいと思っていました」
千奈ちゃんの父親
「でも、やらなかった」
元理事長
「はい」
千奈ちゃんの父親
「乗務員がバスのスライドドアを閉めた。本心では、乗務員が悪いと思って、自分は悪くないと思っていませんか」
元理事長
「思っていません」
「死にたい気持ちと、死んではいけない気持ちの繰り返し」
5月15日。初公判から1か月後が経ったこの日、元クラス担任の被告人質問が行われた。証言台に立ち、終始うつむき加減で、小さな声で言葉を発した。
弁護側
「どういう気持ちで、日々過ごしていますか」
元クラス担任
「私の責任で取り返しのつかないことをしてしまいました。死にたい気持ちと、死んではいけない気持ちの繰り返しで、ちゃんと向き合っていかなければいけない気持ちで過ごしています」
弁護人の質問のあと、千奈ちゃんの父親からの尋問が続く。

千奈ちゃんの父親
「千奈がバスの中で1人でどうすることもできなく、亡くなった気持ちが分かりますか」
元クラス担任
「はい」
千奈ちゃんの父親
「そのとき、千奈は、どのような気持ちだったかわかりますか」
元クラス担任
「『なんでバスの中に自分だけいるの、先生が来てくれないの、降ろしてくれないの』と思っていたと思います。ご両親のことを思い浮かべて、助けを求めていたと思います」
千奈ちゃんの父親
「正直に答えてください。バスから降ろし忘れていた乗務員と園長が1番の原因だと思っていませんか」
元クラス担任
「前の年にあった(福岡・男児置き去り死)事件もあったにも関わらず、私が連絡しなかったことで起きたと思っています」
千奈ちゃんがいないことに気づいていた元クラス担任。欠席だと思い込んだ上、業務の忙しさもあって、両親に確認しなかったと答えた。
千奈ちゃんの父親
「あなたしか置き去りにされた千奈を助けられる人はいませんでした。あなたの責任は重いと思っていますが、どうですか」
元クラス担任
「私の責任であると思っているので、重いと思っています」
6月13日、第3回公判。千奈ちゃんの両親の意見陳述が行われた。両親は、ついたて越しに、元理事長と元クラス担任に向けて語りかけた。
「あの朝、バスに乗せるときまで必死に千奈を守ってきた」
千奈ちゃんの母親
「千奈を返して欲しいと毎日、毎日思います。事件当初から現在までこの気持ちは変わりません。千奈の死に対する悲しみ、絶望は言葉では表現できません」
言葉を詰まらせ、両親の泣く声がはっきりと聞こえる。

千奈ちゃんの母親
「私は千奈を大切に、大切に育ててきました。お腹の中にいることが分かったときから、あの日の朝、バスに乗せるときまで必死に千奈を守ってきました。いつも、千奈の笑顔が見たい、千奈の成長を見守って、私の命が果てるまで、千奈と一緒に生きていたかった。家族4人で幸せに暮らしたかった。すべてを奪った加害者を絶対に許すことはできません」
千奈ちゃんの父親
「千奈はわたしたち家族の主役であり、それは事件後も変わりません。千奈の命を奪った両被告人を、私は許しません。『パパに会いたい』『パパ大好き』と生前の千奈が言っている動画をみて、私は謝ることしかできません。強烈な怒りと恨みで、両被告人を殺してやりたいと考える日も少なくありません。過去の判例よりも重い実刑判決が、両被告人に下されることを望みます」
両被告は終始うつむき、弁護側のイスに座り、言葉を発することはなかった。
意見陳述のあと、検察側が求刑を告げた。検察側は、基本的な注意を怠り最も重い違反を犯したなどとして、元理事長に対して禁錮2年6か月。元クラス担任に対しては、所在確認の責任を果たしていれば回避は可能だったなどとして、禁錮1年を求刑した。
裁判長
「何か言いたいことはありますか」
元理事長
「一生かけて償っていきたい」
元クラス担任
「毎日、事件当時のことを思い返し、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
7月4日。千奈ちゃんが死亡した日から1年10か月。裁判所のある静岡市では、観測史上最高となる39.3℃を観測し、千奈ちゃんが置き去りにされた日を思い出す暑さの中、判決の日を迎えた。
「恨むとかいう気持ちは消えないんだろうな」
午前11時、開廷。
「主文、被告を禁錮1年4か月に処する」
実刑判決を望んでいた千奈ちゃんの両親。ついたての奥で、両親の泣く声が響いた。
裁判長は、元理事長に対し、「安全確保に対する意識の欠如は甚だしく、園児の命を預かる保育者として厳しい非難を免れない。その刑の執行を猶予する余地は認められない」と指摘、禁錮1年4か月の実刑判決を言い渡しました。
また、元クラス担任には「基本的な注意義務を怠った」などとして、禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。

裁判長
「千奈ちゃんが生まれた意味は、両親を不幸にするために生まれてきたのではなく、幸せにするために生まれてきた。今回のような事件の教訓になるために生まれてきたわけではない」
判決後、会見を開いた千奈ちゃんの父親。
「元理事長が実刑だとわかったとき、何も考えられない状況でした。妻とは手を握り合いました。裁判長が少し言葉を詰まらせながら、感情的になりながら、私たちに声をかけてくれたことは、とても説得力があって、素直に私の中で受け止めることができました」
千奈ちゃんにかけたい言葉とは。
「裁判がひとつ終わったよ、と。元園長(元理事長)は実刑になったよ、と。先生(元クラス担任)も執行猶予が付いたけど、有罪判決で終わったよと。けど、それでよかったねとは言えないので、いつも謝っているので、それでも謝ると思います」
判決が言い渡された日から3日後。川崎幼稚園を運営する榛原学園の現在の理事長が、千奈ちゃんの両親のもとを訪ね、元理事長が控訴しない意向であることを伝えた。控訴期限の7月19日までに両被告は控訴せず、判決が確定した。
裁判後、初めて千奈ちゃんの両親の自宅を訪れた元クラス担任。両親からいまの心境を問われ、「元の生活に戻そうと努力している」と答えたという。
2024年9月4日、事件から2年を迎えた。
千奈ちゃんの父親
「8月31日、千奈の3回忌を行いました。和尚さんが来て、読み上げが始まった時に、私も含めて親族も涙を流した場面がありました」
「涙を流す頻度というのは、減っているとは思います。それは、私も、妻もです。でも、私も妻も毎週必ずは泣いていると思います。(泣くときは)私は、思い出と重なった時。『千奈ちゃん、家のこの場所でこういうことやってたな』とか、『ここ、千奈ちゃんとよく遊んだ公園だな』とか。そういうのを思い出したときに、ぐっとくるものがあります」
「妻は、次女がイヤイヤ期とかで、自分の思い通りにいかなくて泣いた時に、ギャー、ワーッて泣くんで、千奈ちゃんもきっとバスの中で、ワーって怖くて、泣いてたんだろうなって重なった時に、妻は感情を抑えきれなくなって、泣くことはいまでも多いです」
「悔しいし、裁判長も、この前の判決公判の時に最後、『恨まないように』と言われましたけど、そのときは、スッと入りましたけれども、やはり恨むとかいう気持ちは消えないんだろうなと強く感じました」
いまもなお、遺族の悲しみは消えない。
遺族は今後、元理事長や元クラス担任など、園の関係者を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こす方針だ。