おかえりなさい!清水エスパルスユースのコーチに就任した山本真希氏にインタビュー!若い選手に今一番伝えたいこと

清水ユースの山本真希コーチ「クラブに恩返しがしたい」


清水エスパルスのアカデミーで育ち、清水や川崎などでプレーした山本真希氏(36)=島田市出身=が清水ユースのコーチに就任した。「クラブへの恩返しを」と古巣に戻ってきた今、あふれるエスパルス愛を後輩にどんな形で伝えようとしているのか。シズサカ編集部がインタビューした。

<やまもと・まさき>
高校3年時、クラブ最年少記録となる17歳7カ月23日でトップチームのリーグ戦デビュー。清水で2005年から7年プレーした後、札幌、川崎、千葉、松本山雅と渡り歩き、2020年シーズン限りで引退した。J1通算160試合、J2通算75試合出場。昨季まで松本山雅のアカデミーでコーチを務めた。

ーエスパルスに久々に戻ってきた気持ちは。
自分はエスパルスに育ててもらったので、「いつかは指導者として恩返しをしたい」という気持ちをずっと持っていました。そういう機会をいただいて、すごくやりがいを感じています。

ーユースの沢登正朗監督の下で、どんなことを意識して指導していますか。
ノボリさんの目指しているサッカーをまずは自分が理解して、吸収して、選手にどう伝えていくかを考えています。意識しているのは、どう噛み砕いて選手に伝えるか。個人のテクニックや戦術はどの監督であっても変わらないので、自分のこれまでの経験を伝えていきたいです。

ー練習では紅白戦に入ったりしてお手本を見せているんですか。
こっちに戻ってきてからは全然やっていません。5分ぐらいしか体力がもたない(笑)。ただ最近は、選手にプレーを見せてあげたほうが早いのかなと思うこともあります。機会があれば一緒にやってもいいのかなと思っています。

ー現役時代のパンチ力のあるシュートが印象に残っています。後輩に見せてあげてほしい。
パンチ力はもうないですよ(笑)衰えてます。ただ、自分もケガをしないようにしつつ、できることがあれば。

ーユースの西原源樹選手がトップチームでリーグ戦デビューを果たしました。彼のプレーを見ていて、2005年に山本コーチが同じように高校生デビューした時のことを思い出しました。
(西原選手のデビューは)シンプルに嬉しかったですね。アカデミーの選手が活躍するのがエスパルスの伝統でもあるし、そういう選手がもっと出てこないとクラブは強くならない。「頑張ってくれ〜」と思って見ていました。必ず今のアカデミーの選手たちのモチベーションになるし、僕にとっても刺激になっています。

ー指導者としてどんなタイプだと思いますか?
選手に寄り添いたいなとは思っています。厳しい部分や最低限の基準は示さないといけませんが、上から目線だけにならないように。難しいですが、うまくコミュニケーションを取りながらやっていきたいと思っています。

ーどんなところが難しい?
松本山雅でも高校生を指導していましたが、最近の子どもたちは主張が少ないので、何を考えているか分からない(笑)。もっと自分を出してくれればいいのになと思うんですが…。言い方を変えれば、みんな大人しいですよね。自分が高校生だった時は感情を露わにするタイプだったので、ずっと怒っていた記憶しかない(笑)。

清水に帰ってきて思ったのは、周りを巻き込む選手が少ないなということですね。

ーそれはプレーしている時?
練習や試合の中でもそうだし、ピッチ外でもそう。ああしようぜ、こうしようぜというのが少ない気がします。

ーいろいろな経験をしてきて、今の若い子に伝えたいことはたくさんあるはず。何を一番伝えたいですか。
まずは、食事などを含めた日常生活から全力でやること。手を抜くと絶対に後悔する。後悔する回数を減らしてほしいんです。全力でやって、うまくいかなければ修正すればいい。壁にぶつかって乗り越えて、壁にぶつかって乗り越えての繰り返しですから。学校生活の面でも同じです。

あとは、他の選手のプレーを盗んでほしい。そして楽を覚えないでほしい。こうすれば楽だろう、ああしたら楽だろうではなく、できるだけ厳しい道を選択してほしい。彼らに分かってもらうのは難しいんですけど(笑)。

ー山本コーチの高校時代はどうだった?
自分は努力してましたよ。同年代には絶対に負けたくなかったし、練習では一度もボールを奪われたくなかったし、そのために何ができるかを考えていたし、奪われたら全力で奪い返しにいっていた…と思います(笑)。トップチームの練習に行けば、どうしたらこの人たちを追い越せるんだろうと日々考えていました。

ー個人的な目標を聞かせてください。
指導者としての芯がまだ確立されていないので、それを確立していきたいと思っています。指導者ライセンスはタイミングをみて、すぐにでもA級を取りにいきたいですね。同時にアカデミーの選手をトップに輩出できるように頑張ります。

取材後記

2005年4月、トップチームのデビュー戦(大分戦)でシュートを放つ高校時代の山本コーチ(左)


2005年4月16日、まだ高校3年生だった山本コーチがトップチームの公式戦デビューを果たした時、筆者は静岡新聞のエスパルス担当として日本平スタジアムの記者席にいた。

17歳7カ月でのデビューは当時のクラブ史上最年少記録。元日本代表DF市川大祐さんの記録を2カ月更新した。しかも先発だった。

鮮烈なデビュー戦だった。恐れることなく右サイドから果敢に仕掛け、好機を演出し、スタンドのどよめきを誘う惜しいシュートも放った。「今日は真希が一番良かった」という当時の長谷川健太監督の記者会見コメントもリップサービスではなかっただろう。

ユースの試合ではロングシュートの威力と、その発想に度々驚かされた。「非凡な才能」とは、こういうことを言うのだと思った。

しかし、ケガにも苦しんだプロ入り後は理想としていた姿にどこまで近づけたか。エスパルスの次代を担う逸材と期待されながら絶対的な中心選手にはなりきれず、遠くはないと思われた日本代表入りもかなわなかった。

引退までに5クラブを渡り歩いた。Jリーグは通算235試合出場。十分に誇ることのできる数字だが、当初の想定からすれば決して順風満帆とは言えない現役生活だったのでは。

酸いも甘いも噛み分けた今、山本コーチだからこそ子どもたちに伝えられることがあるはず。日の丸を背負う選手を、これからエスパルスで育ててほしい。

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