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性別変更要件に「手術」は必要か

 LGBTなど性的少数者でつくる浜松市の団体の代表が、性同一性障害の性別変更の要件を定めた特例法について、違憲性を訴える申し立てを計画しています。俎上に上がっているのは性別変更のために「生殖腺がないまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある」という要件。卵巣や精巣の除去手術が必要になります。特例法要件をめぐるこれまでの議論や、性別適合手術の現状をまとめました。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・石岡美来〉

戸籍性別変更「手術なしに」 浜松・鈴木さん、申し立てへ 特例法要件の違憲性問う

 LGBTなど性的少数者らでつくる浜松TG(トランスジェンダー)研究会代表の鈴木げんさん(46)=浜松市天竜区=が、性同一性障害(GID)の戸籍上の性別変更要件を定めた特例法の違憲性を訴える家事審判の申し立てを計画していることが、分かった。同様の申し立ては全国で2例目。今秋ごろ、静岡家裁浜松支部へ申し立てる。鈴木さんは「誰もが性自認通りの戸籍が与えられる社会にしたい」と訴える。

申し立てに向け、弁護団と打ち合わせをする鈴木げんさん(右)=6月下旬、浜松市中区
申し立てに向け、弁護団と打ち合わせをする鈴木げんさん(右)=6月下旬、浜松市中区
 申し立てでは、「性同一性障害者特例法」における戸籍変更要件の違憲性が焦点となる。同法では、生殖機能がない状態が要件の一つに定められ、戸籍変更には精巣や卵巣などの除去が求められる。
 4歳ごろから自身の性別に違和感を抱き始めたという鈴木さんは、戸籍上は女性だが、性自認は男性。約6年前から「男性らしい見た目」を得るため、ホルモン治療を受け、現在は「男性」として、女性のパートナーと生活している。
 性別適合手術を強いられる現行法の要件を不当とし、未手術のまま戸籍変更を申請する。「体にメスを入れないと戸籍変更が認められないのは、身体的、精神的な負荷が大きすぎる」とし、人権保障を求めていく考え。
 2016年に岡山県在住の(戸籍上は)女性が起こした同様の家事審判では、19年1月に最高裁の合憲判断が下されている。ただ、「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」とする補足意見も示され、社会状況の変化による判断変更への含みを持たせた。
 弁護団の水谷陽子弁護士(愛知県弁護士会)は「特例法によりGIDの家族形成の権利と平等権が侵害されており、憲法違反と言える。身体の侵襲を受けずに性自認が尊重されるべき」と強調。憲法における法の下の平等や個人の尊厳、男女平等の観点から、特例法の違憲性を争う構えだ。
 鈴木さんは「性の在り方は多様。いろんな選択肢があることは、豊かな社会の大前提。申し立てが、未来の子どもたちにとっても生きる糧になると信じている」と語る。
 <メモ>性同一性障害者特例法 性同一性障害者に関する法令上の性別の取り扱いを定めた特例法として、2004年7月に施行。性別変更の審判が可能となる5要件として①二十歳以上②現に婚姻していない③現に子供がいない④生殖腺がないまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある⑤他の性別の性器に近似する外観を備えている-が定められている。一方、19年5月の世界保健機関(WHO)総会で、国際疾病分類において性同一性障害が「精神障害」の分類から除外され、「性別不合」に変更されることが承認された。04年には、英国で性別適合手術を受けずに法的性別の変更を認める「性別承認法」が成立。以後、欧州を中心に性別変更の基準を見直す流れが加速している。
〈2021.7.8 あなたの静岡新聞〉⇒元記事

全国初の審判 性別変更要件を合憲と判断

 性同一性障害のある人が戸籍上の性別を変えるには、生殖能力をなくす手術が必要となる法律の規定が合憲かどうかが争われた家事審判の決定で、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は24日(※2019年1月24日)までに「現時点では合憲」との初判断を示した。規定は個人の自由を制約する面があり、その在り方は社会の変化に伴い変わるとして「合憲かどうかは継続的な検討が必要」とも指摘した。

  決定は23日(※2019年1月23日)付で、裁判官4人全員一致の結論。補足意見で三浦裁判長と鬼丸かおる裁判官は、性同一性障害者への社会の受け止めには変化があるとして「違憲の疑いが生じている。人格と個性の尊重という観点から適切な対応を望む」とした。手術への抵抗から性別変更をちゅうちょするケースは少なくないとされ、規定の是非が改めて議論となりそうだ。
  2004年に施行された性同一性障害特例法は、生殖能力がないことや身体的特徴が似ていることなどを性別変更の要件としており、性別適合手術を受ける必要が生じる。
  家事審判では、岡山県新庄村の臼井崇来人(たかきーと)さん(45)が「事実上の手術の強制で、自分で生き方を決める権利の侵害で違憲だ」と主張。手術を受けず戸籍を女性から男性に変えるよう求めた。
  決定は「性別変更のため、やむなく手術を受けることがあり得る」として、特例法の規定は自由の制約に当たると判断。ただ、変更前の性で子どもが生まれると、親子関係で混乱が生じることや、生物学的な性別で男女の区別が長年されてきた中で急激な変化を避けるなどの配慮が規定にはあるとして、合憲と結論付けた。
  決定は臼井さんの特別抗告を棄却し、性別変更の申し立てを退けた岡山家裁津山支部、広島高裁岡山支部の判断が確定した。
 〈2019年1月25日静岡新聞朝刊〉 

仕事、環境…性別適合手術に高い壁

 性同一性障害の人が同じ職場で働き続けながら心の性に合わせて性別変更していくことを「在職トランス」という。20歳になれば戸籍の性別変更は認められるが、親が性別適合手術を支援することはまれ。多くは就職後、数百万円に及ぶ手術費用を蓄えて在職トランスに臨む。しかしその成否は、突然の告白を受ける職場の理解度に頼らざるを得ない。

性同一性障害者の多くが利用に苦痛を感じるのが更衣室だ。「扉を開けるのが怖くて毎日泣いていたこともあった」と振り返る人も=13日(※2017年5月13日)、静岡市内
性同一性障害者の多くが利用に苦痛を感じるのが更衣室だ。「扉を開けるのが怖くて毎日泣いていたこともあった」と振り返る人も=13日(※2017年5月13日)、静岡市内
 
  ■上司からセクハラ
 県東部の達弘さん(36)=仮名、元女性=はおととし、10年以上勤めた会社を辞めた。在職トランスを試みたが、上司のセクシュアルハラスメントに遭い、会社にいられなくなった。「心の性別に合わせた生き方に一歩踏み出すため、私たちはカミングアウト(公表)に夢を託す。でも公表された側には、違う性的な感情を抱く人もいる。そんなリスクがあるなんて思いもしなかった」
  心は男。タイムカードの自分の名前、更衣室やトイレ、制服…仕事は好きだったが、何をするにも「女性」である現実を突きつけられ、ストレスを感じた。発熱や体調不良が続いて休職した時、医師を通じて障害を家族に知らせた。「早く言ってくれたらこんなに苦しめずに済んだのに」。涙ながらの母の言葉が、在職トランスへと背中を押してくれた。
  「男性になろうと思います」。達弘さんは意を決して直属の男性上司に伝えた。男性上司は「協力する」と言ってくれた。しかし、次の日からセクハラが始まった。同僚に聞こえないような小声で「体は女なのに、心が男なんて興奮する」「どんな体してるの? 触らせてよ」と、肉体関係を強要する耳打ちが続いた。次に何をされるか分からない恐怖感が膨らみ、同僚に告白する勇気はしぼんだ。「男と告白すれば、男同士の楽しい付き合いが始まると思っていた。甘かった」。達弘さんは退職してすぐ、性別適合手術を受けた。戸籍変更も済ませ、完全に男として転職するつもりだ。
  過去を知る人と決別することでしか自分を守れなかった経験は「過去が明るみになったら、また会社にいられなくなる」という不安になっている。
  ■業務合わず退職も
 性同一性障害者の多くは幼少期に心と体の不一致に気づき、小学校のランドセルの色、中学や高校では制服、部活の更衣室やトイレなどさまざまな場面で違和感を抱く。男性から性別変更した県東部の女性(20代)は「“異性”の前で服を脱ぐことに慣れるはずがないし、自分は女だからと女性更衣室に入れば不審者と言われる。自分を変態と思うしか逃げ道がない」と長年の苦しみを訴える。
  たとえ性別変更して、会社が更衣室やトイレなど環境整備したとしても、「女性になったことで体力が落ち、業務量が維持できない」(元男性)、「ケーキ販売員ができなくなった」(元女性)など、変更後の性別が採用時の職務内容と合わなくなる人もいる。
  同僚の視線から逃れられ、新たな自分で出直せる転職は魅力的な手段だが、ことあるごとに繰り返せば、生活基盤がもろくなるリスクが伴う。当事者は「20歳で性別変更して、本来の性で就職活動するのが理想」と口をそろえるが、その段階で、親への告白すらできていない人も多い。結局は就職後にしか、性別変更できない現実がある。
 〈2015年5月19日静岡新聞夕刊〉 

特例法要件「高すぎるハードル」 日本学術会議が提言

 出生時に割り当てられた性別と異なる性を生きるトランスジェンダーで、2004年施行された性同一性障害特例法に基づき戸籍上の性別を変更した人が、19年までの15年間で計9625人に上ることが3日(※2021年1月3日)、司法統計で分かった。年間の件数は年々増加し、19年は過去最多の948人で、1万人突破は目前。変更に必要な要件緩和を求める声も強まっており、緩和が実現すれば流れはさらに加速しそうだ。

  司法統計の04~19年の各年報によると、04年7月に施行された特例法に基づき、同年に性別変更が認められたのは97人。年々増え続け、10年に初めて500人超に。17年は903人、18年は868人となっている。
  ただ性的少数者を支援するLGBT法連合会によると、性別変更に必要な性別適合手術を海外で受ける人も多い中、20年は新型コロナウイルス禍の渡航制限や経済的苦境などで延期せざるを得なかった人もおり、一時的な減少も予想される。
  性別変更は、2人以上の医師から性同一性障害と診断された上で①20歳以上②現在未婚③未成年の子どもがいない④生殖腺がないか機能がない⑤別の性別の性器部分に近似する外観を備えている-を全て満たせば家裁の審判を経て可能となる。このうち④、⑤は性別適合手術が必要。
  日本学術会議は、20年9月に発表した提言で、年齢要件以外は当事者に離婚を強制して子どもを追い込み、生殖機能を奪う「高すぎるハードル」だとして撤廃を提案。
  特例法を廃止して性別記載の変更手続きを定めた新法を制定すべきだとしている。
  LGBT法連合会も、20年4月に取りまとめた「特例法改正に対する基本方針」で「人権侵害の懸念が極めて強い手術要件を中心に撤廃するべき」だとしており、学術会議の提言を評価。
  世界保健機関(WHO)などの複数の国際機関も14年、性別変更のために不本意な不妊手術を要件とすることは人権侵害だとする共同声明を出している。
 法要件が壁 離婚選ぶ人も
 「戸籍上の性別を変更したい」。そう願っても、未成年の子どもの存在や結婚など、性同一性障害特例法に基づく要件が壁になり、希望をかなえられない人がいる。「子どもの親戚」とうそを強いられる生活。性別変更のため離婚を選ばざるを得なかった事例もある。
  性同一性障害と診断されている東京都の中森里子さん(52)=仮名=は性別適合手術済みだ。戸籍の性別を女性に変更したいと望むが、子どもが最近まで未成年で「子なし要件」を満たしてこず、結婚しているため「非婚要件」にも阻まれている。
  健康保険証の性別欄は「男」。好奇の目にさらされるのではと恐れ、40度の発熱でも病院に行けなかった。新型コロナウイルスに感染しても同じだと感じる。家族3人で誰かに会うと「私はおばです」と自己紹介してきた。
  性別変更のためには離婚しなければならない。「仲良くやってきたのになぜ国は家族を破壊しようとするの? 父親がいないと家庭失格なら母子家庭は? 母親2人でうまくやっていけるのに」
  千葉県の由稀さん(42)も性同一性障害と診断されている。結婚していたが、女性として生きていくことの理解が得られず約2年前に離婚した。未成年の子どもの親権は妻で別居。性別が変更できるのは、子どもが成人を迎える数年先だ。
  診察を受ける際は、遠方の病院に足を運ぶ。転職も考えるが、転職先で保険証を発行する際のことを考えると尻込みする。「健康保険の手続きが必要ないような職場は非正規に限られ、生活が苦しくなる」。何かを捨てなければ望みをかなえられない悲哀に直面し続けている。
〈2021年1月4日静岡新聞朝刊〉 
 
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