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静岡県内で開設が相次ぐ「通信制高校」 その背景は?

 静岡県内で「通信制高校」の開設が相次いでいます。2024年度には、いずれも沼津市の沼津中央と飛龍の私立高が通信制課程を開設し、学校法人第三静岡学園が通信制の「静岡学園なごみ高」(仮称)を静岡市駿河区に新設します。なぜ増えているのか、どんな学校なのか、背景や実態を探ってみました。

「通学型」「自宅学習型」の2種類 多様な学びに

 不登校の児童・生徒が増えていることなどを背景に、静岡県内で通信制高校の需要が高まっている。柔軟な教育環境により、学業以外で力を発揮する生徒もいる。

情報処理検定試験に向けた授業。教員が生徒の席を回り、個別指導した=浜松市中央区のキラリ高浜松スクーリング会場
情報処理検定試験に向けた授業。教員が生徒の席を回り、個別指導した=浜松市中央区のキラリ高浜松スクーリング会場
 通信制高校は、自宅学習を中心としたリポート提出や面接、テストなどで74単位以上を修得すれば卒業できる。県教委などによると2023年度に公立の静岡中央、県が認可した私立狭域通信制のキラリに通う生徒総数は2642人(23年5月1日時点)、5年間で約400人増えた。2校のほかに全国展開するN高など他県認可の私立広域通信制の参入も相次いでいて、こうした学校を含めて中学卒業後に6%ほどが通信制に進んでいる。
 「さあ、エクセルを開いて」「分からない人いる?」。浜松市中央区のキラリ高浜松スクーリング会場で行われた情報処理検定試験に向けた授業。教員がそれぞれ好きな席に座る10人の生徒に問いかけた。「先生」と手を挙げて指導を求めたり、生徒同士で助け合ったりして、授業は和やかに進んだ。
 「違う学び方を示したくて学校を始めたが、社会の要請になってきた」。キラリ高の倉橋義郎校長はこう語る。同校は06年、内閣府認定の教育特区だった吉田町に、総合予備校「クラ・ゼミ」(本部・浜松市)による県内初の株式会社立の通信制単位制高校として開校、11年に学校法人化した。募集定員は24年度は400人から500人に拡大する。
 生徒の大半が不登校を経験している。学び方のスタイルは、県内4カ所の校舎に通う「通学」と自宅学習を主とした「通信」の2タイプがあるものの、「社会では人との関わりは不可欠」(倉橋校長)と通学タイプを勧めている。7割以上が通学タイプを選び、登校日を増やしていくという。
 中学校はほとんど登校できなかったという3年生の男子生徒は、2年生の時に週5日通えるようになった。「先生がいつも相談に乗ってくれた」と振り返り、「人に会うことで視野が広がる実感がある。いつか海外で仕事がしたい」と夢を語った。細かな校則がないことや若手教員が多いことも、“学校生活”へのなじみやすさを生んでいる。
 一方でスポーツなどに打ち込む生徒もいて、東京五輪に出場したスケートボードの青木勇貴斗さんやプロウインドサーファー石井颯太さんらを輩出。アルバイトに励んだり、体育祭や文化祭といったイベント企画で個性を発揮したりする生徒も少なくない。倉橋校長は「学校教育の未来は個別化、多様化にある。新型コロナ禍にオンライン活用が進んだ今、その傾向は一層強まるだろう」と見据えた。
 (教育文化部・鈴木明芽)
24年度 相次ぎ開設 他県認可校 実態把握難しく  県内では2024年度、いずれも沼津市の沼津中央と飛龍の私立高が通信制課程を開設し、学校法人第三静岡学園が通信制の「静岡学園なごみ高」(仮称)を静岡市駿河区に新設する。
 通信制課程の開設が相次ぐ背景について、県私学協会は「不登校や何らかの事情で退学し、通信制に転入する生徒が増えている。他県認可の広域通信制高校に進む生徒もいるが、こうした学校の実態は分からず、指導が行き届かない」と説明する。他県認可校は県の授業料補助が受けられないため、経済負担が増す場合もある。

 

不登校10年連続増加 22年度文科省調査

 文部科学省は4日、2022年度の問題行動・不登校調査の結果を公表した。全国の国公私立小中学校で30日以上欠席した不登校の児童生徒は10年連続の増加となり、29万9048人と過去最多を更新。この2年間は前年度からの増加幅が2割を超え、計約10万人の大幅増となった。小中高校などのいじめ認知件数は10・8%(6万6597件)増の68万1948件で、身体的被害や長期欠席などが生じた「重大事態」は217件増の923件に上り、いずれも最多だった。

 文科省は「必ずしも学校に行く必要はないとの認識が広まったことなどが不登校増加の要因」と分析。いじめの認知件数増加は積極的な掘り起こしの結果とみているが、専門家からは深刻な被害の防止策が不十分との指摘がある。
 不登校の小学生は10万5112人、中学生は19万3936人。学年が上がるにつれ増える傾向にあり、最多は中2の7万622人で、中3の6万9544人が続いた。高校は9590人増の6万575人。
 学校が判断した小中学生の不登校理由は「無気力、不安」が51・8%と過半数を占め、他は「生活リズムの乱れ、あそび、非行」11・4%、「いじめを除く友人関係」9・2%などとなった。
〈2023.10.4 あなたの静岡新聞〉 静岡県の不登校 9000人超  静岡県の不登校の認知件数は、小中学校の児童生徒数は9643人で前年度より17%増加した。小学校3340人(25%増)、中学校6303人(13%増)。政令市も同様で、浜松市が2210人(16%増)、静岡市が1626人(19%増)。
 生徒間や対教師などの暴力行為は5203件で、前年度を40%上回った。千人当たり14・1件で、都道府県別で全国で4番目に多い。
〈2023.10.5 あなたの静岡新聞〉

存在感増す 私立通信制高校 背景、特徴は

 不登校への対応は小中高校の発達段階で異なります。小中段階の民間の受け皿はフリースクールが中心ですが、高校段階は私立通信制高校が存在感を示しています。県内に拠点を置く私立通信制高校の一つ、つくば開成高静岡校のキャンパス長として不登校の子の支援に長年携わってきた鮫島功さん(50)に、中高生の不登校の実態やその背景、通信制高校の特徴などについて聞きました。

鮫島功さん
鮫島功さん

 コロナ禍で不登校の子が増加しましたが、中高生の不登校の実態を教えてください。
 「増加の原因は複合的ですが、コロナ禍で急増したのは、子どもが学校に行かないことに慣れてしまったり、家庭に長くいることで生活困窮などの家庭問題が表出しやすくなり登校の意欲がなくなったりしたことが考えられます。いったん不登校になると再び学校に通い始めるのはなかなか難しいです。通信制高校に入学してくる時は、多くの子が自己否定的で無気力になり意欲が減退しています。他人への警戒心が強く、感覚が鋭くなっています」

 中学校での状況はどうですか。
 「学校生活で努力や我慢をしても成果が上がらず、見通しが立たない体験をすることで無気力な状況に陥ります。例えば、どんなに頑張って勉強しても学習方法が間違っていて、その子に合ったやり方をしていなければ効果が表れません。特に発達障害や発達に凸凹がある子は、学習指導要領に基づく通常の学校教育が合わず、努力をしているのに学力が向上せず意欲が失われることがあります。学校は集団教育が中心なので、周囲と交わりにくい子が他の子との関係性で自分が劣っていると感じ、孤立して成果が上がらなくなることもあります。逆に環境を変えれば改善するケースもあります」

 中学校の教育の在り方に課題があるのですか。
 「通信制高校の立場から見ると、そう思います。ただ、中学校の教員が悪いわけではありません。公立の学校は平均的な中間層に焦点を当てた仕組みが中心になっていて、個別の支援に十分に対応できていません。中学校の教員の資質や不適切な対応が不登校につながったという事例もありますが、多数ではないのです。個別支援が必要な子の受け皿になる社会インフラが不足していて、不登校の子は硬直化した教育制度の犠牲者と言えます。家庭や教員の問題に矮小[わいしょう]化すべきではありません」

 小中学校段階で不登校になった場合、高校に入学できますか。
 「公私立の全日制高校は出席日数だけで合否を判断しないとしていますが、小中学校で長期欠席して学習が遅れている不登校の子はほとんど入学できないのが実情です。全日制の高校では、そうした子をフォローできる体制が必ずしも整っていないので受け入れられないのです。仮に入学できても学習に付いていけず中退する生徒も多く見受けられます」

 公的な受け皿として、公立の定時制高校や通信制高校もありますが。
 「教員の専門性にも課題があり、十分に機能しているとは言えないのではないでしょうか。不登校や個別の支援を必要とする子を指導する専門の教員免許制度や十分な研修制度が整っていないことも背景にあります。また、全日制の学校を経験した教員が配置され、一定期間で全日制に再び異動することが多いため、不登校の子どもに対応する十分な経験や見識を持った教員やスタッフが育ちにくいのです。専門性に乏しい教員が七転八倒しながら現場対応しているのが実情のようです」

 制度が社会の変化に対応できていないのですね。
 「国も制度を整えようとしていて、以前より良くなっているのですが、急激な不登校の増加に追い付いていません。これに対して民間の団体は機動性があり、変化に対応しやすいのです。小中学校は公立が中心ですが、高校になると、民間の関与が強まり、学校も選択できて制度の自由度が高まります。その代表格が私立通信制高校です」

 通信制高校と言うと自宅学習のイメージがありますが。
 「通信制高校は元々、仕事をしながら学習したいという勤労青年の教育制度を整えようと企業内学校からスタートし、高校に毎日通わなくても高校の学習ができるというのが制度の出発点でした。時代が変わり、卒業のハードルが低く、カリキュラムに余裕ができるため、学習指導要領にない教育も自由に展開できるという制度の特徴を不登校の子の受け皿として活用するようになりました。本県のキラリ高をはじめ学習塾が出身母体になっているケースが多いです」

 教育内容は全日制と異なるのですか。
 「全日制は多くの生徒にとって健全に育ちやすい仕組みなので、今後も主流であるべきです。一方で自由度の高い通信制には多様性があり、個々の状況に合わせた対応を取りやすいので、多様性のある不登校の子の受け皿には適しています。全日制のように毎日通わなくても高校を卒業できる仕組みになっているのも違いです。多くの私立通信制高校で心理学や支援教育に精通したスタッフが数多く配置され、専門性の高い職員が不登校の子に対応しています」

 静岡県内の私立通信制高校の状況は。
 「静岡県内に学校法人がある狭域通信制高校が近隣の県に比べて少ないのが特徴です。そのため、他県に法人本部のある広域通信制高校が県内に参入しやすく、多くの学習拠点を設けました。結果として全国屈指の激戦区になっています。特に県中西部は通信制高校の生徒の割合が全国平均を上回っています。通信制高校の数が多いので競争原理が働き、各校が切磋琢磨[せっさたくま]することで教育の質が向上し、支持を受けた学校が生き残っています。近年は保護者の関心が高まり、見学者や入学希望者が急増しています」

 今後の課題についてはどう考えますか。
 「不登校の問題には中間層を育てることに力点を置き過ぎた日本の学校教育制度の課題が表れています。平均から大きく外れた少数派の子どもを教育する体制の整備が軽視されてきたのです。私立通信制高校はギリギリまで経営努力をしていますが、個別対応や少人数教育に対応するため学費が高くなるのは必然で、入学を諦めざるを得ない所得の低い世帯もいます。どんな子も十分な教育機会を得られるような仕組みづくりが求められます」

 さめじま・いさお 千葉県出身。1998年から通信制高校の教員(国語)で、一貫して生徒指導を担当。つくば開成高静岡校キャンパス長を2004年から務め、静岡校を含む県内5拠点を統括している。

〈2023.12.15 あなたの静岡新聞〉

授業料補助 受けられない場合も?

 不登校の子の受け皿として注目される静岡県内の私立通信制高校のうち、他県認可の学校に在学する生徒が県の授業料補助を受けられず、県が認可した私立の通信制や全日制の高校に通う生徒との間に格差が生じている。県は「財源に限りがある」と理由を説明するが、専門家は「公平性に問題がある」と指摘。県内の保護者などから負担軽減を求める声が上がっている。

 「全日制と比べて行政の支援が少ないと感じる」。こう話すのは静岡市内にある他県認可の通信制高校に長女が通う保護者。2024年度に高校生になる次女も別の通信制高校に進学を希望していて「2人目は負担感が強い」と明かす。
 県によると、年収に応じて国の支援金に上乗せされる県単独の授業料補助は県が認可した学校が対象のため、他県の認可校に通う場合は県民でも補助を受けられない。補助される場合との格差は最大で年間約18万円。一方、県内にある静岡県の認可校に通う他県の生徒は静岡県民の税金から補助が支払われる“矛盾”も生じているという。
 教育関係者によると、中学で不登校の場合、全日制高校への入学はハードルが高いとされ、私立通信制高校が受け皿になっているが、授業料を含む学費負担を理由に通信制高校への進学を断念する保護者は少なくないという。
 県内に5拠点を置く広域通信制高校「つくば開成高」静岡校(茨城県認可)の鮫島功キャンパス長は「同じ県民なのに認可者の違いで支援に差が出るのはおかしい」と話す。通信制高校の在り方を検討する文部科学省有識者会議委員の日永龍彦山梨大教授(教育行政学)も「県内の高校生が学校教育法で認められた高校を選んだのに、他県認可を理由に補助を受けられないのは法の下の平等に違える」と問題視する。
 支援の地域差も生じている。東京都は都民の保護者を対象に21年度から他県認可の通信制高校の授業料を全日制と同じ水準で補助していて、大阪府も同様の制度を24年度に創設予定。静岡県私学振興課は「(県民間や都道府県間の差は)課題として認識しているが、財源や事務処理の問題もあり、どこかで線引きしなければならない」とした上で自治体間の財政力の違いに触れ、「国が(全額補助する)完全無償化へ動いてほしい」と強調した。
他県認可校、圧倒的多数 全国から参入進む  県内の私立通信制高校は、知名度の高いN高をはじめとして全国展開する広域通信制の他県認可校の数が圧倒的に多い。県が認可した通信制高校は現在、キラリ高1校だけ。複数の県内教育関係者は「県が通信制高校の認可に慎重だったため、結果的に他県の認可校による県内参入が進んだ」と解説する。
 広域通信制高校の本校は北海道、茨城、沖縄県に多く、本県には面接指導や添削指導の場となるサテライト施設(分校など)が設置されている。その多くは静岡、浜松、沼津の主要駅近くに立地する。
 通信制高校はICTを活用した遠隔授業など先進教育を進め、対面による個別指導を充実させるなど学校ごとに特色があり、近年は入学者数が増えている。学校教育法で認められた学校である一方、他県認可校は静岡県には指導監督権限がなく「状況を把握できていない」(私学振興課)という。教育関係者の間には「サテライト施設への行政の指導監督が不十分で、通信制の教育の質は玉石混交だ」とする見方もある。
(社会部・大橋弘典)
〈2023.12.31 あなたの静岡新聞〉

 
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