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今年で24回目の「しずおか連詩の会」。静岡県が世界に誇る文芸文化とは?

 「連詩」とは、複数の人で短い詩をリレーのように連ねていく創作現代詩のことです。これを提唱したのが三島市出身の詩人・大岡信さん(1931~2017年)。大岡さんは世界各地で連詩を巻いてきましたが、1999年に富士山・駿河湾を望む日本平で巻いてみようと「しずおか連詩の会」を始めました。回を重ねて今年で24回。静岡県が世界に誇る文芸文化となった「しずおか連詩の会」のこれまでをまとめます。

「しずおか連詩の会 2023in三島」 11月9~12日開催

 2023年の「しずおか連詩の会」(静岡県文化財団、静岡県主催、静岡新聞社・静岡放送共催)が11月9~12日、三島市で開かれる。今年で24回目。5人の詩人と歌人がリレー形式で現代詩40編を創作し、最終日に三島市文化会館で発表する。18回目の参加となる詩人の野村喜和夫さん(本紙読者文芸選者)がさばき手(まとめ役)を務め、中国出身の詩人田原さん、共著に連詩作品を持つ歌人の岡野大嗣さん、中原中也賞最年少受賞者の詩人文月悠光さん、2023年のH氏賞に輝いた詩人の小野絵里華さんが言葉を紡ぐ。5人が抱負を寄せた。

5人で作り出す生命体 詩人 野村喜和夫さん
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野村喜和夫さん

 今年は静岡県が東アジア文化都市ということで、中国出身のバイリンガル詩人田原さん(2010年に初参加)に再登場をお願いした。また、開催地三島市は、古今伝授発祥の地であることから、「うたのまち」として名乗りを上げている。そこで歌人にも参加していただこうと、昨年の木下龍也さんの盟友ともいうべき若き歌人、岡野大嗣さんに声をかけ、快諾を得た。現代詩からは、若手女性詩人の代表格文月悠光さんと、本年度H氏賞受賞者小野絵里華さん。私だけ高齢というアンバランス(?)な年齢構成となった。
 ともあれ、連詩というのはひとつの生命体であり、「往きて還らぬ」その不可逆性と、千変万化にさらされた言葉の運動の非予見性とを最大の特徴としている。今年の多彩な連衆がその生命体をどのように作り出していくのか、今からわくわくしている。

 のむら・きわお 1951年埼玉県生まれ。詩集に「風の配分」(高見順賞)、「ニューインスピレーション」(現代詩花椿賞)、「美しい人生」(大岡信賞)、評論に「移動と律動と眩暈と」(鮎川信夫賞)など。英訳選詩集「Spectacle&Pigsty」で2012BestTranslatedBookAwardinPoetry(USA)を受賞。
ポエジーの迷宮への道 詩人 田原さん
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田原さん

 わたくしは今回、2回目の参加ですが、楽しみにしつつも、やはり緊張感がだんだん湧いてきます。1回目の連詩を思い出すと、そのときの集中と緊張がありありと浮かんできました。毎日充実して楽しかっただけでなく、そのような「集団創作」をした経験はわたくしにとって初めての試みで、今も新鮮で有意義だったと思っています。
 今回の連詩は、これまでの経験を生かして、もっと自分と他者を見つめ、遠方と未来を眺め、過去と歴史を振り返って、魂を解釈できるような、質感と完成度の高い言葉を求めていきたいと思います。
 連詩はある意味で、詩人にとってポエジーの迷宮にたどり着く細い道であり、定められた時間内に言葉と勝負することでもあります。加えて言えば、わたくしにとって、日本語を磨くチャンスであり、果たしてポエムを細部まで表現できるかという試練でもあります。

 でん・げん 1965年中国河南省生まれ。90年代初めに来日し、文学博士号を取得。谷川俊太郎らの日本の詩作品を中国語に翻訳・出版。日本語での詩作も行い、2010年の第2詩集「石の記憶」で第60回H氏賞に選ばれた。
一人では出せない表現 歌人 岡野大嗣さん
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岡野大嗣さん

 そのときは全て第三者を介した進行で、創作中は、作品をやりとりする以外の会話はありませんでした。今思えばストイックな作法ですね。ただひとり歌人という立場で参加する今回は、同じ場所に集まって、顔を合わせて作ることができます。高校の部活の合宿みたいで、一言でいえば、とてもわくわくしています。互いに新たな一面を引き出し合える場になるよう頑張ります!

 おかの・だいじ 1980年生まれ。歌集に「うれしい近況」「音楽」「たやすみなさい」「サイレンと犀」、共著に谷川俊太郎、木下龍也との詩と短歌の連詩「今日は誰にも愛されたかった」など。2023年度NHK・Eテレ「NHK短歌」選者。
未知のものに触れる旅 詩人 文月悠光さん
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文月悠光さん(撮影・長友善行)

 連詩に参加する大きな楽しみの一つは、詩人たちの執筆の様子を観察できることだ。通常の詩作は個人作業だが、この連詩の会では、全員が同じ空間で互いに向き合い、長い連詩の一部を書き継いでいく。詩が生まれる瞬間を目の当たりにするのだ。
 私にとって特に印象的だったのが、2018年の連詩の会で作家の古川日出男さんが披露された「ランニングスタイル」。立ったまま片足を後ろに引き、今にも紙の中へ走り込まんばかりの勢いで筆を躍らせ、詩行を書きつけた。詩人とはランナーだったのか。その速度と鮮やかさに驚かされた。
 3回目の参加となる今回は、どのような驚きと出会えるだろう。参加詩人たちの作品はかねてより拝読してきたが、連詩の場で、どのような言葉、スタイルが花開くかは未知数だ。書き手の私自身はもちろん、読み手にとっても、「何か未知のものに触れた」と思えるような、そんな連詩を見せてみたい。

 ふづき・ゆみ 1991年生まれ。第一詩集「適切な世界の適切ならざる私」で中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少で受賞。新詩集「パラレルワールドのようなもの」(思潮社)が富田砕花賞受賞。武蔵野大学客員准教授。来年3月グランシップで開催の作曲家・坂東祐大の公演にも出演予定。
言葉の運動に飛び込む 詩人 小野絵里華さん
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小野絵里華さん

 水泳、美術、走ること、書くこと。わたしは子供のころから一人でできるものが得意でした。うすうす気づいていましたが、大人になってどれほど社交性を身につけても、結局一人で行動しています。唖然[あぜん]とします。もちろん、詩を書くときも一人です。みんなが寝静まった夜に真っ白な画面に向かって、どこかからやってくる世界や言葉の手触りをたった一人で受けとめている、そんな感覚です。
 それでも今回、連詩の会にお誘いいただき、うれしくてすぐに承諾しました。連詩に参加した人たちがみな一様に興奮していて、楽しそうなのを知っていたからです。
 大岡信さんによると、連詩で相手に「合わせる」そのやり方にこそ、詩人の個性が発揮されるのだそうです。きっと、想像もしなかったようなところから詩がやってくるのでしょう。そんな言葉の運動の中に、思い切って飛び込んでみたいと思います。

 おの・えりか 東京都出身。2010年、「ユリイカ」の新人賞を受賞しデビュー。第一詩集「エリカについて」(左右社、2022年)で、第11回エルスール財団新人賞、第73回H氏賞を受賞。研究書に「1Q84スタディーズ」がある。
11月12日に発表会  完成作品を5人が朗読、解説する発表会は、11月12日午後2時から三島市文化会館で行う。入場料は全席自由1000円。
 問い合わせはグランシップ<電054(289)9000>へ。グランシップのウェブサイトなどからも購入できる。
 9~11日の創作期間中は静岡新聞教育文化部の公式X(旧ツイッター)を活用し詩40編を速報する。

始まりは1999年。「連詩」の魅力を語る大岡さんと発表会の様子

1999年しずおか連詩の会 11月3日発表 ※静岡新聞 1999年10月6日朝刊

 詩人の大岡信氏(三島市出身)が提唱してきた「連詩」を、富士山・駿河湾を望む日本平で巻いてみようと、大岡氏ら日独の詩人5人が10月29~31日に山頂のホテルに集い、11月3日に静岡市池田のグランシップで発表・交流会を催す。連歌師の宗祇・宗長が大きな足跡を残した静岡県ならではの試みであり、伝統という時間軸と国際化という水平軸の交わるところでの“言葉の共同作業”は、言葉の衰退が叫ばれる時代の新たな創造的な営みとして注目される。
 「ドイツにおける日本年」の記念行事出席のため大岡さんがヨーロッパに発つ前の9月中旬、東京・調布の自宅にお邪魔し、「連詩」の魅力についてうかがった。
 
 ▼生活のぶつかり合い
 ―「連詩」というと、一般には「連歌」「連句」から出てきた単なる文学の一形式とだけ考えられそうですが、複数の人々の共同作業として、参加者は作者であると同時に、「他者の詩に対するきわめて親身で敏感な鑑賞者・批評家であることを要求」(「連詩の愉しみ」岩波新書)するという点において、いわば社会生活を凝縮したようなところがありますね。

 大岡
 人間の一番基本的な生活と生活をぶっつけないとできない。一人の人が単独に自分はこう思うといっても、次の瞬間に他の人が「いや、おれはこう思う」といって流動していく。それでいて、そこには「付合(つけあい)」の気持ちが無ければならない。開かれていることが大事なんです。連歌・連句をさかのぼる天平のころから日本文学の中にはずっとあった伝統なんですが、明治に入ってからの近代の文学概念では軽視された表現形態だと言える。

 ▼全体か個かを越え
 ―「うたげと孤心」(1973年6月~1974年9月、季刊文芸誌「すばる」連載)以来、大岡さんが展開されてきたモチーフにつながりますね。大岡さんは1971年に連句を安東次男さんや丸谷才一さんと始められて、その後石川淳さんや井上ひさしさんらとも歌仙を巻き、次に詩の同人「櫂」の谷川俊太郎さん、川崎洋さんたちと「連詩」を続けてこられた。

 大岡 連句の声がかかった時に、僕は紀貫之、古今和歌集について書いたばかりで、それまでの文学史における短歌の在り方に対して別の見方を出したところだった。「うたげと孤心」というテーマに、現代社会の行き詰まりを打破する手がかりがあると思えた。「うたげ」という心が通い合った者同士が集まった場で、しかもそこで最も鋭く「孤心」を磨くところに個性がにじみ出る。全体か個かといった二者択一的な議論では見えないものが見えてくる。

 ―そのような歴史的なところから連歌が生まれ、連句となっていった訳ですね。大岡さんは「連詩の愉しみ」の中で、「五七五あるいは七七という定型律に虚心に身をゆだねることができる度合いが大きければ大きいほど、その作者の個性も一層鮮明になるという逆説が、この種の古典詩形の有する素晴らしい生命力の証しなのです」と書かれています。

 大岡 面白いのは規則があるから。本当の全体芸術なんですね。

 ―連衆の素養、知識などのレベルがあまり違うと困りますか。

 大岡 レベルに差があるとまずいですが、上手、下手はあってもいいんです。下手な人が猛烈に面白いものを作るときがある。

 ―連句や連詩は決して後に戻らないというルールも、ポジティブでいいですね。

 大岡 バックするというのは自分の弱気にみんなを引き込んでしまう。そういうのはよくない。気分的に言うと開かれていない。一度やったことをもう一度やると、その人の懐古趣味になってしまって、他の人が共感できなくなってしまう。そういう場合に宗匠役がちょっとこれはまずいと、待ったをかけるんですね。停滞を嫌うんです。

 ▼国際的になった連詩
 ―連詩は「櫂」の同人と始められたということですが、ここでの規則はどうなっているんですか。

 大岡 初めは一人の詩がめちゃめちゃ長かったり、各人1行ずつにしてみたり、いろいろ試してみましたが、結局ある決まった長さがあった方がいいと分かった。それで去年、伊豆で日英の詩人5人で巻いた時は、5行3行で交互に作っていった。

 ―外国語による連詩はアメリカのトマス・フィッツシモンズ氏と試みたのが最初ですね。

 大岡 その後、ドイツ、オランダ、スイスなどで外国の詩人たちと作ってきました。ある時間を一緒に過ごすから、その時の気分が反映して、昼飯の後なんか作品が変わるんですよ。

 ―共同作業ということは逆に言うと、他人を認め合い、他人の前で自分をさらすということでもあって、外国の方には抵抗もあるようですが…。

 大岡 メキシコの詩人オクタヴィビオ・パスが初めて「RENGA」(1971年、ガリマール書店)をジャック・ルーボーらと4人で巻いたときに、精神的に裸にされるようだと書いていました。このときはまだ「連詩」ということばは無かったから連歌だった。

 ―大岡さんが「連詩」ということばを国際的なものにされた。

 大岡 日本では古いと言われた連詩が、今や最も新しいものになってきた。さまざまなコミュニケーション活動のうちで最も密度が濃いコミュニケーション形態であるといえる。

 ―言葉が乱れている時代だからこそ、一種の言葉遊びであり、頭の体操でもある連詩が注目されている。他者を認め合い、絶えず有機的に作用し合って前に進んでいくのは、ある意味で勇気がいることでもあります。

 大岡 個人主義がはき違えられて、みんながエゴイストになっている。そして自信を失っている。しかし、プロ野球の松坂、上原、サッカーの中田英はいいですね。自分というものをしっかりもっている。

連詩「闇にひそむ光」の巻を発表 大岡氏ら創作
※静岡新聞 1999年11月4日朝刊
 「1999年しずおか連詩の会」(県文化財団主催、静岡新聞社・SBS静岡放送共催)の発表・交流会が三日、静岡市池田のグランシップで開かれた。日独の代表的な詩人5人が10月末の3日間、清水市の日本平ホテルにこもって巻いた連詩は、40編に及ぶ大作「『闇にひそむ光』の巻」。発表・交流会では、日独両国語による朗読と解説が行われたほか、出来上がった連詩をモチーフに音楽表現した舞いや歌も披露された。
 
 連詩創作に携わったのは日本側が大岡信、谷川俊太郎、高橋順子の3氏、ドイツ側がウリ・ベッカー、ドゥルス・グリュンバインの2氏。制作は、谷川氏がつづった発句を翻訳者を介してベッカー氏が引き継ぎ、さらに高橋氏、グリュンバイン氏、大岡氏へとつなげていく形で進められた。
 連詩が書き記された巻紙を張った発表会場では、詩人らが順番に自らの詩を朗読し、さらに、付け合いを詩人自身が語るパート解説も行われた。

 谷川氏は“発句”に、「駿河湾を見渡し、富士山を望めるすばらしい(詩作の)情景」と、子供を通じた「地球のこちら側(日本)とあちら側(ドイツ)のつながり」を暗示したことを説明した。ベッカー氏は、谷川氏の詩の中の「夢の海」から「子供のころに怖かったゴジラを想像した」と、自らの詩のモチーフを解説。高橋氏はベッカー氏の詩を受けて「恐怖のイメージを感じ、『叫び声』の言葉につなげた。人工的な世界を描いたつもり」と語った。

 発表・交流会には約200人が訪れ、冒頭のあいさつで石川嘉延知事は「連詩は、日本がはぐくんできた文化が世界の文化の前進に貢献できることを示している。今後も毎年開催し、静岡の呼び物にしたい」と述べ、来年以降も各国の詩人を招いた連詩の会を継続していく考えを明らかにした。
※役職は登場のまま。

初めて「日本語」だけでの創作が行われた2002年の会

「ひらがな・カタカナ」テーマに しずおか連詩の会スタート

※静岡新聞 2002年11月15日朝刊
 4回目を迎えた「2002年しずおか連詩の会」(県文化財団、静岡新聞社・SBS静岡放送主催)の創作が14日、静岡市南町のホテルセンチュリー静岡で始まった。16日まで創作を行い、17日午後2時から静岡市池田のグランシップで発表会を開く。
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「2002年しずおか連詩の会」で創作を開始した(右から)白石、大岡、木坂、ビナード、谷川の各氏=静岡市南町のホテルセンチュリー静岡

 今年の参加詩人はアーサー・ビナード(米国)、谷川俊太郎、白石かずこ、木坂涼の各氏と、第1回からまとめ役を務める大岡信氏(三島市出身)。創作は木坂氏の「わたしたちは習った ひらがなを カタカナを 漢字の骨格 その連なりを」で始まる五行詩でスタートした。大岡氏はこの詩から、今回の連詩のタイトルを「ひらがなカタカナの巻」とした。
 続いて谷川、白石、ビナード、大岡の各氏が3行詩、5行詩を交互に創作していった。十編ごとに創作順を変えて、3日間かけて合わせて40編を連ねていく。初参加のビナード、白石両氏を含めた個性の異なる5氏は、連詩という緊張感の漂う共同作業を同じ部屋で静かに続けた。
 17日の発表会では、作曲家谷川賢作氏が連詩からイメージした作品も同時に発表される。
「しずおか連詩の会」が創作披露 日米5詩人、全員日本語で
※静岡新聞 2002年11月18日朝刊
 今年で4回目の「2002年しずおか連詩の会」(県文化財団主催、静岡新聞社・SBS静岡放送共催)の作品発表会が17日、静岡市池田のグランシップで開かれた。大岡信、谷川俊太郎、白石かずこ、木坂涼、日本在住のアメリカ人アーサー・ビナードの詩人5氏は、14日から3日間かけて創作した「ひらがなカタカナ」の巻40編を満員の観客約400人に披露した。
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しずおか連詩の会で満員の観客に作品を朗読する詩人5氏=静岡市池田のグランシップ

 主催者を代表して山本肇・県文化財団副理事長が「初めて、翻訳者を介さないで全員が日本語で作る会となった。ベテランと若手の織りなした作品を楽しんで下さい」とあいさつ。大岡氏は「現代詩が難しくなってきたため、分かりやすく自分たちの言葉を伝えようと連詩を始めた」と会の意義を話した。
 続いて木坂氏から順に作品を朗読。谷川氏の長男で作曲家の谷川賢作氏が五人の詩人と作品からイメージした曲を演奏し、これまでにない連詩発表会となった。

​※役職は登場のまま。

大岡信さん亡き後も、思いは継がれる 2017年の会

大岡信さんへ敬意込め 「連詩の会」40編を発表

※静岡新聞 2017年11月13日夕刊
 「2017年しずおか連詩の会」(県文化財団、大岡信ことば館、県、三島市主催、静岡新聞社・静岡放送共催)の発表会が12日、同市の大岡信ことば館で開かれた。連詩の提唱者で詩人の大岡信さん(同市出身)が4月に86歳で死去し、5人の詩人が大岡さんへの敬意を込めた連詩「『岡を上りきると海』の巻」(全40編)を編み上げ、作品を解説した。
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創作過程を振り返る(左から)野村喜和夫さん、大岡亜紀さん、覚和歌子さん、谷川俊太郎さん、四元康祐さん=12日午前、三島市の大岡信ことば館

 さばき手の野村喜和夫さん、大岡さんの盟友、谷川俊太郎さん、四元康祐さん、音楽家としても活動する覚和歌子さん、大岡さんの長女で画家でもある大岡亜紀さんが11日までの3日間で創作した詩編を朗読し、展開の意図や言葉の意味を説明した。
 谷川さんによる船出をイメージさせる1編で始まった作品には、端々に大岡さんへの追悼の思いが盛り込まれた。亜紀さんは「連詩は父が心を傾けていたもの。父がこの場にいるだろうと思いながら創作した」と振り返った。
 野村さんは09年に大岡さんから会のさばき手を引き継いだ。「大岡さんの遺志を継ぎ、初心に戻って再スタートする意味も込めた特別な連詩になった」と語った。
 発表会には、大岡さんの夫人、深瀬サキさんも訪れた。会場には5人の手書き原稿が並べられ、約230人の来場者が見入った。
 (尾藤旭)
地域再生大賞