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リニア工事 JR東海の「田代ダム案」ポイントと課題

 リニア中央新幹線南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題で、JR東海が静岡県外へ流出するトンネル湧水を大井川に戻す方策として示したいわゆる「田代ダム案」。「トンネル湧水の全量戻し」の方法として、関係者からは検討するべきとの意見が相次ぎましたが課題は多く、実現の可否は不透明です。田代ダム案のポイントと課題を1ページにまとめました。
 〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・吉田直人〉

田代ダム案とは? 流出湧水と同じ水量のダム取水を抑えて相殺

 リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題の対策を議論する県有識者会議の地質構造・水資源専門部会が26日(※4月)、県庁で開かれ、JR東海は大井川最上流部から富士川に水を流している東京電力田代ダムの取水を抑制する方策案を説明した。県側が求める減水対策「トンネル湧水の全量戻し」の方法としてJRが提示したのは初めて。委員からは少雨時に水量が確保されるのかを十分に検討すべきだとする意見が相次いだ。

JR東海が示したイメージ図
JR東海が示したイメージ図
 田代ダムの取水抑制案は、トンネル掘削時に山梨県に流出する湧水量と同じ水量の取水を抑えて流出量を相殺する案。JRの担当者は会議で「関係者の理解を得ながら東京電力と具体的な話をしていきたい」と説明した。
 ただ、田代ダムはトンネル掘削箇所の下流側に位置する。塩坂邦雄委員(地質専門家)は「渇水期に田代ダム上流の水が減って、ダムに水がたまらなければ前提が崩れてしまう」と指摘し、丸井敦尚委員(産業技術総合研究所招へい研究員)は「(河川の機能を維持するために必要な)維持流量を確保できるのか」と問題提起した。
 難波喬司副知事は終了後、「案としては十分あり得るが、現実性があるのかは別の問題」とし、検討を続ける考えを示した。
 JRは田代ダムの取水抑制案とともに、これまで示していた「トンネル貫通後、10~20年かけて県外流出分の湧水を戻す方法」に関して大幅に期間を短縮する案を提示した。
 県が提供を求めていたルート選定時の地質調査資料は、JRが会議で配布し、「超高圧大量湧水の発生する可能性が高い」などとする施工上の留意点も説明した。今後、対策の検討に使われる。
〈2022.04.27 あなたの静岡新聞〉

田代ダム、渇水時に「戻す水」あるか JR案課題多く

 リニア中央新幹線工事期間中にトンネル湧水が静岡県外に流出する問題で、JR東海は東京電力田代ダムの大井川からの取水を抑制することで流出量と「相殺」させる対策案を県有識者会議に提示した。ただ、トンネル工事の影響で大井川の流量減少が見込まれる中、渇水時に戻すだけの水量がそもそもあるのか関係者は懐疑的だ。田代ダムの取水量を巡っては、流域自治体の粘り強い交渉の末、一部を取り戻した経緯があり、関係者とどう合意形成を図るのかなど、クリアすべき課題は多い。

田代ダム地点の大井川流量(1991~2000年の平均)
田代ダム地点の大井川流量(1991~2000年の平均)
 東電は田代ダム地点での大井川河川流量を公表していないが、水利権更新時に協議する「大井川水利流量調整協議会」で東電が関係者に提示した資料によると、1991年~2000年の10年間の1、2月の平均河川流量の大半は毎秒2~3トン。JR東海は環境影響評価(アセスメント)準備書で、大井川上流の河川流量はトンネル工事の影響で毎秒2トン減少すると予測していて、トンネル工事期間中も河川流量が減少する可能性がある。
 田代ダムの最大取水量は毎秒4・99トンだが、雨が少ない冬場はそれだけの河川流量が見込めない。東電と県、流域自治体などの取り決めで、12月6日~3月19日の間は、渇水期でも維持すべき流量として毎秒0・43トンの河川維持流量が定められている。田代ダムは配管の凍結を防ぐために最低でも毎秒1・62トンの取水を必要とするため、河川流量が毎秒2・05トンを下回ると、東電がJR東海に譲るような田代ダムの水は存在しないことになる。
 91年~00年の河川流量データを前提とした場合、冬場の河川流量は毎秒2・05トンを下回る懸念が強まる。JR東海は「理屈上は渇水期でも(対応)できる」(4月26日の県有識者会議)と説明しているが、根拠は示していない。県の担当者は「根拠となるデータや手法を早期に示すべきだ」と主張する。
〈2022.06.05 あなたの静岡新聞〉

そもそも田代ダムって? 

 田代ダムの完成は1928年(昭和3年)。リニアの南アルプストンネル本線予定地のすぐ下流にあり、大井川から取水した水を導水路で山梨県の富士川水系に流している。東電は毎秒4.99トンの水利権(最大取水量)を持つが、全てを使っているわけではなく、河川維持流量(毎秒1.49~0.43トン)は取水せずにそのまま大井川の下流に流している。河川維持流量は季節ごとに定め、現在の流量は国、県、流域市町と東電などで構成する「大井川水利流量調整協議会」で水利権の更新期に合わせて2005年に合意し、15年に更新した。東電の最大取水量はダム完成当初、毎秒2.92トンだったが、高度経済成長期の電力需要に対応するため1964年に現在の毎秒4.99トンに引き上げられた。

大井川最上流部から富士川水系に水を流す田代ダム(右)。付近の大井川(手前が下流側)はリニア工事で流量減少が予測されている=静岡市葵区
大井川最上流部から富士川水系に水を流す田代ダム(右)。付近の大井川(手前が下流側)はリニア工事で流量減少が予測されている=静岡市葵区

 ■水利権更新時の協議注目
 田代ダムの水利権は2025年に、許可期間10年の更新期限を迎える。水利権制度に詳しい東京経済大の野田浩二教授(環境経済学)は、JR東海に譲った分を差し引いた取水量が「田代ダムにとっての合理的な水量と考えることができる」と話し、水利権更新時の流域自治体との協議で、同じ量の恒久的な返還を求められる可能性があると指摘する。
 野田教授は、事業者の要請に応じてダムの取水を抑制し、何らかの補償を受けた場合、「河川法上認められていない水利権の売買に事実上当たる可能性がある」とし、今後の県有識者会議での議論や東電側の対応に注目する。
 15年に田代ダムの水利権を巡り、東電と交渉した元首長は「電力会社が簡単に水利権(の一部)を手放すとは思えない」と話し、取水抑制案の実現性に厳しい目を向ける。 
〈2022.06.05 あなたの静岡新聞〉

川勝知事「検討に値する」 有識者会議で議論継続

 リニア中央新幹線工事に伴う大井川水問題を巡り、JR東海がトンネル湧水の県外流出量を大井川に戻す方策として県有識者会議で示した東京電力田代ダムの取水抑制案について、川勝平太知事は12日の定例記者会見で、県が求める「湧水の全量戻し」の方策として「破綻している」とこれまでの主張を繰り返す一方、「非常に強い関心があり、検討に値する」とも述べ、現実性などを有識者会議で引き続き議論すべきだとの認識を示した。

JR東海が提案した東京電力田代ダム取水抑制案について見解を述べる川勝平太知事=12日午後、県庁
JR東海が提案した東京電力田代ダム取水抑制案について見解を述べる川勝平太知事=12日午後、県庁
 田代ダムの取水量を巡っては県や流域市町、東電などが2005年、「大井川水利流量調整協議会」での議論を通じて合意した経緯がある。川勝知事は「東電は『一滴も譲れない』と言っていたが、戻すことができる流量があると。歓迎すべき話」と述べ、協議会委員になっている市町やほかの流域市町に対しても取水抑制できる量や時期について、JRは説明すべきだと主張した。
 全量戻しの方策としては破綻しているとしながら、議論を継続すべきだと主張することとの整合性を記者に問われると、「トンネル工事とは別次元の問題だが、個別に議論できる。これはこれとして交渉したい」と述べた。
〈2022.5.13 あなたの静岡新聞〉
 
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