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問われるJRの姿勢 リニア工事「大量湧水」説明せず

 リニア中央新幹線のルート選定を巡り、JR東海が委託して2013年に作成された地質調査資料で、大井川上流域に「超高圧大量湧水が発生する可能性が高い」と記載があったにも関わらず、2020年4月から13回にわたって行われた国交省の専門家会議で、説明されていなかったことが明らかになりました。JR東海の説明姿勢に疑問符が投げかけられています。これまでの動きを1ページにまとめました。
 〈静岡新聞社編集局未来戦略チーム・石岡美来〉

「超高圧大量湧水の可能性」 資料記載も専門家会議で説明せず

 リニア中央新幹線ルート選定時にJR東海が委託した地質調査の資料で、トンネルが貫通する大井川上流域部分に「超高圧大量湧水の発生する可能性が高い」と記載されていたにもかかわらず、水問題を議論した国土交通省専門家会議(2020年4月~21年12月)では同社が説明していなかったことが、6日(※2022年4月)までの取材で分かった。県が「消極的」と指摘する情報開示の姿勢によって具体的な減水対策の道筋がついておらず、同社の説明姿勢が改めて問われそうだ。

「高圧湧水の恐れ」を理由にルートを回避したエリア
「高圧湧水の恐れ」を理由にルートを回避したエリア
 調査資料は、詳細ルートが示される半年前の13年3月にJRが委託した調査会社が作成した。利水者や県の公表要請を踏まえ、JRは20年10月の同省専門家会議で本県区間のうち、山梨県寄りの箇所は提示・説明したが、中央部は提示しなかった。
 本紙が入手した調査資料によると、該当部分は大井川最上流部で、地表から下り勾配で掘る非常口用のトンネル区間付近。地表からトンネルまでの深さが千メートルを超え、難工事が想定されている。資料は「施工上の留意点」として「断層周辺の破砕帯では超高圧大量湧水の発生する可能性が高く、切羽(トンネル先端)崩壊、著しい内空変位(トンネル内側の変形)の発生も予想される」と記されていた。
 複数のトンネル工学の専門家によると、湧水が高圧の場合は水を止める工法として一般的な「薬液注入」が効かない恐れがある。県内区間中央部の工事が遅れ、長野や山梨からの他工区の掘削が先行すれば、県外流出するトンネル湧水量が想定より増え、中下流域の減水影響が大きくなる可能性がある。「高圧湧水の恐れ」は山梨県内でルートを回避する理由にもなった。
 同社の工事担当者は取材に対し、地質調査資料について「地表の調査しかしていないエリアなので、(記載内容には)不確実性がある」と答えた。
 資料の公表に関し、金子慎社長は「専門知識を持った関係者による解釈や分析が必要なので、そのまま一部取り出して、大変危険があると報じられるのは正確さを欠く」との見解を示している。
 一方、複数の地質専門家は「公表しても全く問題ない」としている。
〈2022.4.7 あなたの静岡新聞〉

「高圧大量湧水」とは

 岩石が砕かれた破砕帯や地盤の割れ目から水が染み込んだ場所では、トンネル先端から高圧の水が噴き出る場合がある。セメントなどを噴き出し口に入れて水を止める工法「薬液注入」は高水圧では難しい。

 代わりに、地盤に複数の穴を空けて地中の水を排出し、水圧を下げる工法が採られるが、地下水位が低下し、安定的に湧き出ていた地表の湧水が枯れる恐れがある。
〈2022.4.7 あなたの静岡新聞〉

公表されていなかった内容は?

 本紙が入手したリニア中央新幹線ルート選定時の2013年3月に作成された地質調査資料によると、大井川上流域に当たる県内区間では、高圧湧水に関する5カ所の記載が確認された。そのうち、「超高圧大量湧水」を含めた3カ所の記載は公表されていなかった。

これまで公表されていなかった地質調査資料の主な記載事項
これまで公表されていなかった地質調査資料の主な記載事項
 資料は山梨、静岡、長野の3県にまたがるトンネル計画区間について、断層などがある位置ごとに「施工上の留意点」という掘削業者向けの注意点が記されていた。静岡県区間は「超高圧大量湧水」以外に、「切羽(トンネル先端)崩壊や膨圧の発生する危険性が高い」「切羽崩壊や著しい内空変位(トンネル内の変形)の発達が懸念される。高圧大量湧水も要注意」などの記載があった。
 JR東海の試算で地下水位の大幅な低下が予測され、少雨時に水枯れの可能性がある支流の西俣川付近は「高圧大量湧水の発生も懸念される」とされた。
 こうした情報は水資源や生態系への影響や対策を検討する際に重要で、「高圧湧水」は山梨県内でルートを迂回(うかい)させる理由になった。しかし、13回にわたる国土交通省専門家会議で提示されたのは、報道で問題視された大井川直下や、大規模な断層があるとされる山梨県境付近だけだった。
 3月に再開した県の有識者会議では委員から、高圧湧水の可能性がある地点を具体的に示すように求める意見が出されている。
 南アルプスの地質に詳しく、環境省から意見を求められた経験がある狩野謙一静岡大防災総合センター客員教授(構造地質学)は、今回の資料を確認した上で「一般の人の不安を払拭(ふっしょく)するためにも、公表して多くの専門家に意見を聴くべきだ。記載の根拠となる詳細なデータも必要になる」と指摘した。
〈2022.4.7 あなたの静岡新聞〉

高圧湧水の可能性 山梨では迂回の理由に

 リニア中央新幹線のルート選定を巡り、事業主体のJR東海が環境影響評価(アセスメント)の配慮書を公表した2011年の段階で、大井川上流域で大量湧水が発生する恐れがあると認識していたことが26日(※2022年4月)までの同社への取材で分かった。同じ配慮書で山梨県内の区間には、高圧湧水の恐れが記載され、湧水の可能性を理由にルートを回避したことが記されていた。

JR東海が作成した配慮書のルート位置図
JR東海が作成した配慮書のルート位置図
 JRは両県の湧水の恐れを把握しながら、ルート選定への反映が異なったといえる。対応の整合性が問われそうだ。
 配慮書は幅約25キロのルート帯を幅3キロの概略ルートに絞り込む段階で作成された。山梨県内のルートは甲府盆地西側にある巨摩山地付近で大きく南側に迂回(うかい)し、大井川上流域に伸びている。JRはホームページに掲載した配慮書に「地質が脆弱(ぜいじゃく)で、土かぶり(トンネルの深さ)が大きく、高圧湧水が発生する恐れがある」と記し、湧水の発生可能性を理由に巨摩山地北中部はルートを回避したと明記した。
 一方、大井川上流域は配慮書に「(地質が)破砕され脆弱」「土かぶりが大きい」とあり、巨摩山地北中部と表記が似通っているものの、「トンネル内湧水による地表への影響は小さい」と記された。ルート選定で回避した経緯はみられない。
 JRは取材に、巨摩山地の配慮書記載の根拠を「国鉄時代から実施してきた地形・地質調査の結果等を踏まえて記載した」と書面で答えた。大井川上流域については「大量湧水が発生する恐れがあることは認識していた」と回答した上で、大井川の水資源を守る観点からルート選定で考慮したかとの質問には「配慮書に記載している通り。それ以上は答えられない」とした。
 県の担当者は取材に「本県側の大量湧水の恐れを認識しながら、なぜ、配慮書に記載しなかったのか。把握している情報をその時点で明らかにしないと、流域の不信感につながる」と話した。
 JRは13年3月に地質調査会社に委託して作成した資料に、大井川直下で高圧大量湧水が発生する恐れがあることを記載しているが、資料を一部しか公表していない。

 <メモ>リニア中央新幹線のルート選定 国土交通省の小委員会が2010年10月、南アルプス(大井川上流域)をトンネルで貫通するルートを採用した。ルート幅は約25キロ。その後、JR東海が南アルプスルートの幅を絞り込み、11年6月の環境影響評価の配慮書段階で幅3キロの概略ルートに狭めた。13年9月の準備書段階で現在の詳細ルートを公表した。
〈2022.3.27 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞