知っとこ 旬な話題を深堀り、分かりやすく。静岡の今がよく見えてきます

回顧2021⑤ 富士川汚泥

 ■実態解明どこまで
 河川環境復元が期待される富士川水系。駿河湾産サクラエビ不漁との関係を指摘する声も上がります。静岡新聞社「サクラエビ異変」取材班が、富士川に広範囲に広がる汚泥は、山梨県の業者が不法投棄した化学物質と一致すると突き止めたのを受け、静岡、山梨両県と国による合同調査が始まりました。実態解明はどこまで進むのでしょうか。サクラエビ不漁との関係は。2022年以降も続く調査の行方に注目が集まっています。
 ※夜の〈知っとこ〉は1月4日まで連日、「回顧2021」をお届けします。2021年の重大ニュースをぎゅっとまとめて振り返ります。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・尾原崇也〉

汚泥発生源は山梨 生態系へ影響深刻

 サクラエビの主産卵場の駿河湾奥に流れ込む富士川中下流域の広範囲に堆積している粘着性の汚泥の成分が、富士川に流入する山梨県の雨畑川で採石業者が約8年にわたり不法投棄していた高分子凝集剤入りポリマー汚泥の成分と一致したことが17日(※5月17日)、東京海洋大と本社が協力して行った分析で判明した。山梨県は2019年6月、行政指導で採石業者に野積みの汚泥を撤去させ、事態の幕引きを図ったが、対応の検証を迫られるのは必至だ。

少なくとも2011年9月から続けられていた高分子凝集剤入りポリマー汚泥の不法投棄の瞬間=19年4月、山梨県早川町の雨畑川(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
少なくとも2011年9月から続けられていた高分子凝集剤入りポリマー汚泥の不法投棄の瞬間=19年4月、山梨県早川町の雨畑川(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
 研究者は、粘着性汚泥が富士川の生態系に深刻な影響を及ぼしていると指摘。採石業者は魚毒性物質を含む複数の凝集剤を使用していたことが判明しており、サクラエビ漁師にとって、駿河湾に栄養分を運ぶ存在だった「母なる富士川」は一転、不漁との因果関係の究明が必要な事態に至った。
photo01
分析した汚泥の採取ポイント

  静岡新聞社が雨畑川と早川、富士川の約20カ所で120以上の粘着性汚泥のサンプルを採取した。東京海洋大の榎牧子准教授(高分子化学)の研究室で高分子の粒子を抽出、光学分析などを実施し、凝集剤の主成分で石油由来のアクリルアミドポリマー(AAP)を特定した。
photo01
サンプル採取した、不法投棄現場から約30キロ下流の富士川本流中下流域では“底なし沼”や異様に弾力がある泥が堆積する=1月、山梨県南部町

  採石業者はアルミ加工大手日本軽金属出資のニッケイ工業。少なくとも11年9月から約8年にわたり不法投棄を続けていた。榎准教授の下で高分子化学を専門とする佐藤駿佑氏(30)は、重点的に比較検討する対象を①山梨県が19年に撤去完了を宣言した不法投棄現場付近の汚泥②不法投棄現場から約30キロ下流の富士川本流中下流域(同県南部町)の汚泥-とした。
 富士川の堆積汚泥に吸着した高分子成分を「塩析」など複数の過程を経て遠心分離で析出。さらに光学的な分析を行ったところ、不法投棄現場で混ぜられたAAPが含まれる凝集剤の存在が「否定できない」結果となった。この地域で、大量のAAPを排出した事業所はほかに存在しないとみられる。
 汚泥を実地検証した佐藤氏は「高分子凝集剤が残留していることが強く疑われる」とした上で、「富士川の河川環境は壊滅的な状況だ」と述べた。

〈メモ〉アクリルアミドポリマー(AAP) 産業排水の固液分離や汚泥の脱水処理などに広く用いられる化学物質。分子量1000万を超え粘度が高く、紙力増強や流出した油の回収、農業や土木工事での土壌流出防止のための凝固剤などにも使われる。毒性は不明。分子量が70程度まで分解したアクリルアミドモノマー(単量体、AAM)は強い毒性を持ち、毒劇物取締法で劇物に指定されている。

  ■「コメント控える」 日軽金
 高分子凝集剤入りポリマー汚泥を大量に不法投棄したニッケイ工業に出資する日本軽金属の蒲原製造所は、ポリマー汚泥が河川に残留していることに「新聞報道での情報しか把握できていない。コメントは差し控える」と17日までに文書で回答した。
 〈2021.5.18 静岡新聞朝刊〉

静岡と山梨両県、共同で水質調査 環境復元に向け連携

 採石業者による不法投棄で富士川水系に高分子凝集剤入り汚泥(ポリマー汚泥)が残留している可能性が高いとの東京海洋大研究室と静岡新聞社の分析実験を受け、静岡と山梨両県は27日(※7月27日)、水質や堆積物の調査などを共同実施する覚書を交わした。静岡県庁で川勝平太、長崎幸太郎の両知事が署名し、流域環境復元に向けた連携を確認した。

富士川水系の流域環境復元に向け覚書を交わす川勝平太知事(左)と長崎幸太郎知事=静岡県庁
富士川水系の流域環境復元に向け覚書を交わす川勝平太知事(左)と長崎幸太郎知事=静岡県庁
 両県によると、河川水と堆積物をそれぞれ調査する。河川水の調査は、7月下旬から雨畑川や早川などの支流を含む富士川水系11地点(静岡県内5地点、山梨県内6地点)で各200ミリリットル程度を採取する。高分子凝集剤に含まれるアクリルアミドポリマー(AAP)が変化してできる劇物アクリルアミドモノマー(AAM)や、人の健康に関する水質基準が設けられた26項目の有害物質を調べる。静岡県環境衛生科学研究所などが分析する。
 堆積物調査は、汚泥から凝集剤成分を検出する方法が確立されていないとして、秋ごろをめどに委託した専門業者の計画に基づき着手するとしている。ただ、汚泥の調査地点の選定には至っていない。川勝知事は「もとの美しい河川環境に戻すため現状を把握したい」と強調。長崎知事は「オープンな場で調査し、科学的に評価する」と述べた。
 一方で、調査はAAPに比べて検出が難しいAAMをターゲットとしていることや採取する水の量が少ないことから疑問を呈する専門家もいる。
 ■中立性に疑問も…
 静岡新聞社が2019年6月に富士川水系の河川内に高分子凝集剤入りとみられる汚泥が残留していることを指摘して以降、静岡、山梨両県は、凝集剤や汚泥の問題を2年以上見過ごしてきた。覚書はようやく重い腰を上げた節目と言える。
 ただ、凝集剤による富士川の汚染をめぐって責任を問われる可能性がある当事者の両県が、調査でどう中立性を保つのかは疑問だ。山梨県の長崎知事は覚書署名後、「(今回の調査に)万が一にも変な疑念が入り込む余地すらなくしたい」と述べたが、具体策は示されていない。
 静岡新聞社と東京海洋大研究室が汚泥中の存在を確かめたAAPに比べ、検出が極めて難しいAAMを同水系11地点のわずか各200ミリリットルの水で調べるとする方針や、凝集剤に含まれる可能性のあるPAC(ポリ塩化アルミニウム)や魚毒性が極めて高いとされるポリアミンなどを調査対象としていない点も、調査の意図が透けて見える。
 安易な“安全宣言”につながらないか精査する必要がある。
 〈2021.7.27 あなたの静岡新聞〉

投棄汚泥に高い魚毒性 山梨県発表

 サクラエビ主産卵場の駿河湾奥に注ぐ富士川の中下流域に大量の粘着性汚泥が堆積している問題を巡り、実態調査に当たっている山梨県は24日(※8月24日)、富士川水系の雨畑川(山梨県早川町)で汚泥の不法投棄を続けていた採石業者が魚毒性の高い凝集剤を混ぜていたと明らかにした。長崎幸太郎山梨県知事が記者会見で説明した。不法投棄された高分子凝集剤入り汚泥(ポリマー汚泥)の大半が流出し、総量は3万立方メートルに上るという。汚泥に混ぜられ流出した凝集剤の総量は18・6トンだった。

 不法投棄していたのはアルミ加工大手日本軽金属が出資する採石業者ニッケイ工業。魚毒性物質の流出が判明し、サクラエビ漁業関係者らから不漁との因果関係究明を求める声が上がりそうだ。
 調査対象となった2009年9月から19年5月までの約10年間に発生した砂利採石汚泥の総量は、同社の報告によると3万5840立方メートル。うち行政指導で回収した野積み分などを除き、流出は85・5%に上る3万640立方メートルと推計した。
 凝集剤の内訳はアクリルアミド系が10・8トンで最も多く、粘着性汚泥の堆積を裏付ける状況。さらに、いずれも魚毒性の高いアミン系が2・6トン、ダドマック系が5・2トンだった。同県の担当者は「過去の凝集剤の購入伝票などと突き合わせ、信ぴょう性が高い数値だ」と述べた。
 富士川上流域でのポリマー汚泥の不法投棄は、駿河湾産サクラエビの不漁をきっかけに本社の取材で発覚した。静岡県によると、不漁は09年の漁獲量の落ち込みから回復していない。富士川水系ではアユが10年ごろから急激に減少したとの指摘が出ている。山梨・静岡両県と環境省は現在、連携してアクリルアミド系の凝集剤成分の拡散状況などを富士川水系で調査中。今後、そのほかの魚毒性の高い凝集剤成分についても調査が可能か検討する。  
 ■不法投棄された凝集剤に使われていることが判明した魚毒性物質に関する日本軽金属蒲原製造所(静岡市清水区)のコメント 新聞報道での情報しか把握できておりませんので、コメントにつきましては差し控えさせていただきます。
 <メモ>魚毒性 水に溶けた化学物質が魚類に及ぼす影響。一般にヒメダカなどに化学物質を投与し、個体総数の半分が死ぬ1リットル当たりの濃度(半数致死濃度)と時間で表す。富士川水系雨畑川で不法投棄されていた凝集剤に含まれるアミン系やダドマック系の物質は強い魚毒性が指摘される。因果関係は明確でないものの、富士川中下流では不法投棄が始まったとされる2010年頃から環境の指標といわれるアユが激減し、他の魚種も減ったとの指摘がある。上流部の水は希釈されにくい導水管を通り、サクラエビの主産卵場の駿河湾奥に流れ込んでいる。
 〈2021.8.25 あなたの静岡新聞〉 

強い濁り サクラエビ成長阻害 汚泥との関係は

 濁りはサクラエビの卵のふ化や幼生の成長を阻害する―。荒川久幸東京海洋大教授(58)の研究グループが28日(※6月28日)までに明らかにした実験結果は、資源量が危機的水準にあるとみられるサクラエビ漁の関係者が、高い関心を持って見つめることになる。今後はサクラエビが産卵から漁に適した大きさに成長する過程と、濁りの発生原因や拡散状況との関係を精度を高めて追究していく必要があり、グループは研究を精力的に続ける方針だ。

日本軽金属蒲原製造所の放水路からは、いまも、強い濁水が産卵場の駿河湾奥に注いでいる=17日、静岡市清水区(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
日本軽金属蒲原製造所の放水路からは、いまも、強い濁水が産卵場の駿河湾奥に注いでいる=17日、静岡市清水区(本社ヘリ「ジェリコ1号」から)
 今後の研究のポイントは①サクラエビの卵や幼生の生態②サクラエビにとっての駿河湾奥の地理的重要さ―が主軸になる。このうち①は、大森信東京海洋大名誉教授(83)=生物海洋学=が論文などで明らかにしている部分が多い。 
 ■サクラエビの〝揺り籠” 駿河湾奥を直撃
 サクラエビは産卵期が近づくと雌雄が別々に群れ、メスはより沿岸域の上層に出現する。卵や幼生は表層のうち浅い場所に生息することが分かっている。場所は海況によっても左右されるが、川の濁りは海の比較的浅い場所で強いとされ、研究成果を踏まえるとサクラエビの産卵から幼生期に影響を与えている可能性が高い。
photo01

 ②については、湾奥がサクラエビにとって「急所」と呼ぶべき場所だと漁業者も認識している。「母なる川」の富士川は栄養塩を多く供給し、河口など湾奥ではこうした栄養塩により幼生の餌となる植物プランクトンが大発生する。卵や幼生を滞留させる特徴的な沿岸流も存在し、湾奥はサクラエビの“揺り籠”と言え、「そこに強い濁りが常時出ている意味を考えるべき」(荒川教授)だ。
 ■広範な調査研究不可欠
 静岡県は2020年2月以降、富士川沖と日本軽金属蒲原製造所沖で浮遊物質量(SS)の分布調査を計8回実施。卵や幼生の生息する表層のうち浅い場所では1リットル当たり10~数百ミリグラムのSSを記録したときもあった。駿河湾に注ぐ同製造所放水路の濁度は県企業局が観測しており、近年は高い傾向にある。
photo01

 富士川上流域では、少なくとも11年夏以降、日軽金出資の採石業者による高分子凝集剤入りポリマー汚泥の大量不法投棄が継続。専門家は「高分子凝集剤によって集合された泥の粒子は密度が低い状態にあるため軽く、水流などの影響でより下流に拡散される」と説明。プラスチック成分による環境破壊の枠組みでも精査すべきとの指摘もある。
 湾奥の濁りは自然由来のものも含め複合的原因で生じているとされ、官民挙げた広範な調査研究が不可欠な状況だ。
 〈2021.6.29 あなたの静岡新聞〉
地域再生大賞