【追悼 ベイリー】小児病棟とセラピー犬、院内みんなを元気に(2011年の静岡新聞紙面から)

 ゆっさゆっさ。ゴールデンレトリバーの長い尻尾が揺れる。散歩の時には垂れたままなのに、病院の中だとこうなる。「今日も張り切ってるな」。セラピー(治癒)犬ベイリーの背中を見て、森田優子さん(29)=静岡市葵区=の口角が上がる。「犬には人の感情がすぐ伝わる。あなたが緊張すると言うことを聞かない。ポジティブ(前向き)でいなさい」。ハワイのセラピー犬訓練所で、トレーナーからそう言われた。確かに以心伝心なのだ。(静岡新聞2011年1月3日朝刊掲載、年齢・肩書などすべて当時の情報)

子どもたちから贈られたビーズのネックレスを、ベイリーの首に掛ける森田さん=2010年12月16日、静岡市葵区の県立こども病院
子どもたちから贈られたビーズのネックレスを、ベイリーの首に掛ける森田さん=2010年12月16日、静岡市葵区の県立こども病院

  院内を歩くと、擦れ違う人がみんな笑顔になる。「今日もかわいいねぇ」。患者も医療スタッフも立ち止まる。県立こども病院(静岡市葵区)に通い始めて1年。“ファン”の間には、日に1回はベイリーに会って元気をもらう「一日一ベイリー」という合言葉まで生まれた。

 2009年、森田さんは看護師として5年以上勤めた国立成育医療研究センター(東京都)を辞めた。大学の恩師から、今の勤務先のNPO法人タイラー基金(同)を紹介されたのがきっかけ。学生時代、「動物の持つ力を医療に役立てたい」と思ったが、国内で職業として携わる道はほとんど無い。ようやくそのチャンスが巡ってきた。迷いはなかった。
  タイラー基金が派遣する病院常駐のセラピー犬。そのハンドラー(指導者)に抜てきされた。試用期間を経て10年1月から週3日、病院への訪問が始まった。ただ、入れるのは一部の病棟だけ。他からはめったに呼ばれない。たった1時間、病棟を回って帰宅する日が続いた。ベイリーの尻尾は垂れたまま。「私たちは必要とされてないのかな…」。病院近くの遊水地を散歩しながら、寂しさは募った。
  ベイリーが尻尾を振るようになったのは、病院を囲む桜の花がほころび始めたころ。他の病棟からも予約が入るようになった。7月からは週5日の訪問に。子どもの検査や処置、リハビリに付き添うようになった。手術室への出入りも許された。

 今、ベイリーの控室には“アクセサリー”がたくさんある。ビーズのネックレスやマフラーなど。全部、子どもからのプレゼントだ。森田さんはその中の幾つかを選び出して、ベイリーの首に巻き付けた。訪問する病棟ごとに着け替える。贈り主に見せるために。
  看護師時代、子どもをみとるのはもちろん悲しかった。ただ、感情を引きずるわけにはいかなかった。「病気だから」と、どこかで割り切る必要があった。今は家族側の目線に立っている。出会った子が治らない病気と分かっても、「なんとか回復させたい」と強く願う。検査結果に一喜一憂するようになった。
  犬は子どもにとって、どんな立場にもなれる。時には頼もしいお兄さんに。ある時は親友に。森田さんは「動物介在療法」の可能性に挑戦したいと考えている。
  控室で支度が整うと、ちょっと間を置いて立ち上がるベイリー。「こののんびりした性格が、自分と似ている」。そう感じている森田さんが、表情を緩めた。コンビの息はぴったりだ。「さあ行こうか」。相棒に声を掛けて扉を開いた。(社会部・伊豆田有希)

 ※病院で療養する子どもを支える「ファシリティドッグ」として静岡市葵区の県立こども病院などで活動したゴールデンレトリバーの「ベイリー」は2020年10月1日、12歳9カ月で息絶えました。静岡新聞2011年1月3日付朝刊掲載の「笑顔の向こうに 小児病棟とセラピー犬」を期間限定で特別公開します。

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