事務次官、異例の知事訪問 国交省27年開業へ焦り【大井川とリニア 第3章 “国策”の舞台裏②】

 「ちょっとよろしいですか、すみません」「ただですね」「ですから」-。7月10日、静岡県庁の知事室。知事の川勝平太と向き合った国土交通省事務次官の藤田耕三は平静を保ちつつ、とうとうと持論を語る川勝に言葉を挟み、リニア工事に向けた言質を取ろうと急いだ。

会談する知事の川勝平太(左)と国土交通省事務次官の藤田耕三(当時)=7月10日、県庁
会談する知事の川勝平太(左)と国土交通省事務次官の藤田耕三(当時)=7月10日、県庁

 リニア中央新幹線工事に伴う大井川流量減少問題で県とJR東海の協議が行き詰まり、JRが2027年の開業目標を事実上断念したと報道された中での訪問だった。知事が省庁の事務方トップの事務次官を陳情に訪ねることは多いが、次官が県庁に出向くのは異例だ。しかも、藤田が県庁で川勝と会談するのは、19年10月に続き2回目だった。
 藤田は会談に先立つ6月28日、南アルプスの工事現場をひそかに視察し、会談に備えた。ただ、藤田の静岡入りに鉄道局長の水嶋智(現官房長)は難色を示していた。国交省と県は反発し合い、相互不信は深刻化。事態が好転する確信が持てなかった。“奇手”とも言える次官再訪で膠着(こうちゃく)が打開できなければ省のメンツも揺らぐ。
 それでも、藤田は糸口を探りに県庁に足を運ぶ。周囲は「腹をくくった」と藤田のプライドを感じ取った。大阪開業の前倒しで財政投融資を活用し、政府の関与が強まったリニア。沿線自治体では27年に合わせたまちづくり計画や民間投資が具体化している。16年に安倍政権が財投を決定した当時、藤田は鉄道局長として公的資金投入を嫌うJRとの交渉の矢面に立った経過がある。
 2回目の会談で藤田は、南アルプストンネル本体工事の前段階としてヤード(作業基地)工事を認めるよう提案した。だが、川勝はヤードとトンネル本体は一体だと主張、工事の安全確保も理由に挙げて拒んだ。予定時間の30分を大幅に過ぎた交渉は不調に終わった。
 以前はオブザーバーの立場としていた国交省。主体的に関わる姿勢に転じたのは、19年秋にさかのぼる。藤田の1回目の県庁訪問決断がそれを象徴する。リニア工事を認可した国交省にとって計画通りの27年開業は譲れない一線。省内には着工のタイムリミットが迫っているとの危機感があった。
 初会談で藤田は川勝に、国交省が県とJRの議論を交通整理する新たな協議体の設置を提案し、川勝は「国交省は行司役をやってほしい」と同意した。だが、会議設置の実務者協議は難航し、翌月の19年11月の記者会見で川勝は会議の中立性を巡り「27年開業ありきの鉄道局は行司役にふさわしくない」と切って捨てた。
 川勝はこの頃、首相安倍晋三の名を挙げ、官邸が仕切るべきとの考えをほのめかしていた。水嶋は「官邸が出て解決するなら頼むが、そういう状況ではない」と取り合わなかった。官僚OBは「大臣クラス以上を出せるのは確実に決着が付く局面だけ」と霞が関のしきたりを説く。
 国交省は県とJRの着地点を引き出す役割を堅持する。一方の県は、県とJRの主張のどちらが正しいか軍配を上げる行司役を求めた。この溝はいまだ、埋まらないままだ。=敬称略、肩書は当時
 (「大井川とリニア」取材班)

 ■腰重いJR東海にも不満
 国土交通省はJR東海に対しても「事業主体のJRがろくに動かない。努力ができない」(同省幹部)と不満を募らせている。
 国交省はJRに大井川流域市町と直接対話すべきだと度々進言した。JRは「県や市町に断られた」として幹部が訪問していない。
 地域との信頼関係の築き方を学ぶべきだとし、2019年12月にはJR東海幹部を呼び、激しい反対運動が起こった成田空港建設を事例にした勉強会も開いた。

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