大井川とリニア 水と生きる(上)生活、産業にフル活用

 大井川の水は守れるのか―。JR東海が建設するリニア中央新幹線の南アルプストンネル工事で、トンネル内に湧き出る水の扱いを巡って同社と県の対立が続いている。県の求めに応じ湧水全量を大井川に戻すとした同社だったが、ここに来てトンネルを掘り進む一定期間、全量は戻せないと表明。流域住民に困惑が広がった。流域は昔から水不足に苦しみ、国策として進められた水力発電所の開発にも翻弄(ほんろう)されてきた。その歴史を振り返り「水の恵み」について考えた。

大井川最上流部に位置する田代ダム(手前)。数キロ先にリニアのトンネルが計画されている=17日、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から))
大井川最上流部に位置する田代ダム(手前)。数キロ先にリニアのトンネルが計画されている=17日、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から))
大井川最上流部に位置する田代ダム(手前)。数キロ先にリニアのトンネルが計画されている=17日、静岡市葵区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から))

 今月25日、本社ヘリ「ジェリコ1号」で大井川を上流から下流へとたどった。見えてきたのは、限られた水を生活や産業にフル活用する流域の営みだ。全長168キロの大井川は本県最北端の間ノ岳(3190メートル)を起点とする。トンネルはその10キロほど下流で源流部の地下を貫通する。手つかずの自然が残る山肌を流れる何本もの青白い沢筋。上空から見ても水量は豊かで、多様な生態系を支えている様子がうかがえる。
  全国有数の急流河川は高低差を利用した「水力発電に最適」(電力関係者)で、明治時代から開発が進んだ。トンネル計画区間のすぐ下流にある田代ダムは1928年に運転が始まった、大井川に現存する最も古いダムだ。たまった水の一部は発電用に導水路を通じて富士川に流れ出る。
  さらに南下すると畑薙第一、第二、井川ダムが見えてきた。昭和30年代に完成し、電力を供給して戦後の高度経済成長を支えた。ただ、堆積する土砂が増え、渇水時に水量を調整するダムの能力低下が懸念される。井川ダムより下流は発電の効率化で導水管により水を送るため、河原を流れる水の量が少なくなる。流域のダム14カ所と水力発電所20カ所は、経済成長へと突っ走った「国策」の歴史を象徴している。
  ヘリは下流域に到達した。左岸は水がしみ込みやすい「ザル田」と呼ばれる土壌の地域。牧之原台地が広がる右岸は水不足に悩まされ続け、江戸時代などに造られたため池が400カ所以上もある。発電に使われた水は中部電力川口発電所(島田市)の取水口を起点に志太榛原や小笠地域の家庭、田畑、工場で再び利用される。
  別の日、掛川市のトマト農家笠原弘孝さん(46)を取材した。大井川の流量減少問題について聞くと「水が数日間供給されないだけでトマトは駄目になる。水源の水が減るのは大きな不安だ」と語った。用水は工業にも活用され、スズキ相良工場(牧之原市)をはじめ、自動車部品や化学製品などの工場に安価な水を届ける。東遠工業用水道企業団の大石良治事務局長は「大井川のおかげで水源の乏しい地域に企業を誘致できるようになった。恵みの水だ」と強調した。

 ■渇水頻発 節水が長期化 気候変動で調整難しく
 大井川は近年、渇水が頻発し、水利用者に求められる節水が長期化する傾向がみられる。直近では昨年12月から今年5月にかけ147日間に及んだ。複数の利水関係者は「気候変動で降水量に偏りが出ていて、水量の調整が難しくなっている」と背景を指摘する。
  1994年は節水率が50%に達し、牧之原台地の茶が枯れ、もえぎ色の茶葉が赤く染まった。利水関係者は、リニアのトンネル工事で流量が減り、降水量減少など条件が重なれば同じ事態が起こりかねないと気をもむ。
  工場は年間を通じて水を使うため、節水は企業の生産活動をも左右しかねない。渇水が深刻化すれば志太榛原、小笠地域の62万人の上水道にも影響が及ぶ。
(静岡新聞2019年8月29日朝刊)

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