不登校でも「学校」に行かせるべき?/宿題や家庭学習どう取り組ませる? 半期の振り返り 記者座談会㊦【賛否万論】

 前回に続いて、これまで約半年間の「賛否万論」で取り上げたテーマを振り返ります。今回は「不登校でも『学校』に行かせるべき?」と「個別最適な学びへ宿題や家庭学習どう取り組ませる?」。取材に関わった記者3人が有識者やキュレーター、読者の皆さんの意見や取材を通して浮かび上がった課題や思いを座談会形式でまとめました。(社会部・大橋弘典、薬袋貴信、大須賀伸江)

放課後の子どもたちの様子をイメージして生成AIで作成した画像
放課後の子どもたちの様子をイメージして生成AIで作成した画像

 

テーマ「不登校でも『学校』に行かせるべき?」(2023年11月24日~24年2月2日)
 #1関連記事 広がる「受け皿」選択肢 フリースクール・自己肯定感高める 私立通信制高校・通学で独自教育も
 #2インタビュー 一斉教育の限界が来ている ひきこもり支援経験のあるフリースクール代表 黒川彩子さん
 #3インタビュー 互いに補完し合える関係 元小中学校教頭でフリースクール代表 見崎聡さん
 #4インタビュー 硬直化した制度に課題 私立通信制高キャンパス長 鮫島功さん
 #5~#9 キュレーターと読者の意見
「学校」が全てでない
 大橋 取材を進めれば進めるほど不登校の実態の多様性や背景の複雑さが明らかになり、記事の切り口をどうしようか悩んだ。コロナ禍で不登校の子が急増して社会的な孤立が問題視され、「不登校」の負のイメージこそが孤立を深める一因と感じ、これまであまり注目されていなかったフリースクールや私立通信制高校などの民間の「受け皿」に焦点を当ててみた。
 薬袋 いわゆる“普通の”学校に通った人は「フリースクール」や「不登校」という言葉にネガティブなイメージを抱きがちだが、親として自分が当事者になり価値観が変わった。「学校に行くことが全てではない」と。学びも社会生活も時が来れば経験できると理解するまでに時間がかかったが、得がたい経験ができていると前向きに捉えることも必要だと思っている。

制度のゆがみが影響
 大須賀 親だって大変だ。家庭という閉鎖空間で子どもに寄り添い続けることは強い自制心が求められ、ストレスがかかる。子どもの在宅に伴う昼食の準備や生活費の工面をしないといけないし、私立の通信制高校や大学に行かせる想定なら相当な学費も用意せねばならない。働きに出れば結局、子どもは日中1人になってしまう。「ひとりぼっち」の子は県内にも大勢いて、心の状態が心配だ。国の調査にある「どこともつながっていない子の割合」の方が、不登校者数よりも注視されるべき社会課題なのではないか。
 大橋 フリースクールや私立通信制高校などの「受け皿」は民間ならではのノウハウを生かし、生徒自らが心理学を学ぶなど、いわゆる「学校」とは異なる学習をしているのが印象的だったが、行政から必要な支援を得られていない課題も浮かび上がってきた。フリースクール代表黒川彩子さんの「(日本の公教育の)一斉教育の限界が来ているとも言える」という指摘にも共感した。必ずしも不登校の子やその保護者が悪いわけではなく、教育制度のゆがみが不登校に結びついていると気づかされた。

不登校「正常」に共感
 薬袋 不登校の理由はさまざま。フリースクールの運営支援も含めたインフラ整備とともに、社会全体で不登校をアンチにしないムードを作ることも大切ではないか。「個別最適な学び」にもつながるが、中間層を意識した日本の一斉教育が転換期を迎えている中、通信制だからこそ集中的に探求して学べる分野もある。学びを深掘りできる教育機関へのニーズは今後も増していくと思う。
 大須賀 中学時代に学校不信を経験し「不登校が多いのは正常な反応だ」と紹介した59歳の読者の投稿が心に残った。私が取材現場で会う教員は黒川さんの言う「一斉教育」と、多様化する教育ニーズのはざまで悩みながらも奮闘していて、頭が下がる。一方、ある小学校の学級で整列できない子がいたために「連帯責任」とされ全員がグラウンドを走らされたという話を聞いた。半世紀前の中学生に受け入れられなかったのと同じ感覚の教員が、たとえ一部だとしても、今もいることに驚き、残念に思った。
テーマ「個別最適な学びへ宿題や家庭学習どう取り組ませる?」(2024年2月9日~3月15日)
 #1関連記事 学校や家庭続く試行錯誤 県内保護者7割「塾や習い事 負担感じる」
 #2関連記事 「放課後の学び」の在り方
 #3インタビュー 「マイスペシャル」な個性伸ばす 東京学芸大付属世田谷小教諭 沼田晶弘さん
 #4~#6 キュレーターと読者の意見
課題見つける力必要
 薬袋 画一的な宿題をやめ児童が自ら課題を設定している函南町の丹那小は、「個別最適な学び」の「指導の個別化」と「学習の個性化」の二面性を体現した事例だが、小規模校だから実現できている側面は否めない。多くの学校では個別に対応した宿題を出すことは現実的には難しい。ただ、自分で課題を見つけ答えを導き出す能力は、社会生活で必ず必要になる。工夫して宿題や家庭学習に取り組むことは、その能力を養う練習になると思う。
 大橋 宿題をやってこない子をとがめないという東京学芸大付属世田谷小教諭沼田晶弘さんの考え方に刺激を受けた。教える側が宿題の必要性を伝えるべきだというのは、その通りかもしれない。一方でキュレーターの「宿題をやらなければという義務感の育成は社会人になった時に周りの評価につながる」という意見も一理あると思う。社会に出たら、宿題を粛々とこなす力は必ずしも無駄にならない気がする。

動機付け、多様でいい
 大須賀 そもそものテーマにあった漢字の学習について、細かく勉強することにどのような意味があるのかとずっと考えている。書き順を必ず守らなければならなかったり、止め、はね、払いにこだわったりするのは、やり通す力を身につけるためのものなのだろうか。社会生活で手書きの場面が少ないことを踏まえると、貴重な放課後時間を割いて必死に覚えるべきことなのかとの疑問も湧く。
 大橋 自分の子ども時代、放課後の過ごし方は友人宅にたむろしてテレビゲームをしたり、部活動にいそしんだりという記憶ばかり。机上の学習よりも有意義だったと、いま振り返っても思う。宿題はゲーム感覚でこなしていたのだろうが、中身はほとんど記憶にない。学習塾に通うのは何か違うと考えていて、塾通いの同級生に負けたくないという思いが強く、とにかく独学にこだわった。そう考えると、放課後の学びも勉強の動機付けも多種多様で良いのではないか。

学びとつながる遊び
 大須賀 的確に伝えたい思いさえあれば、夕食を取りながら家族に「今日こんなことがあった」と毎日話すだけで、国語力は身につくと思う。子どもたちが放課後、遊びでもゲームでも話題に出せるような、楽しいネタを宿題として提出できると良い。学校が国から求められる分野から忖度[そんたく]した宿題を出すのではなく、子どもが「やってみたい」という動機だけで取り組んだ宿題を認めてほしい。先日、猫を素材として使った動画「猫ミーム」を娘と作ったが、起承転結や巧みな倒置が必要で、良いものを作るのは難しかった。学業から遠そうに見えて、実は学びとつながっている遊びはたくさんあると感じた。
 薬袋 限られた放課後の時間を自由に使わせるべきと言う読者やキュレーターの意見も多かった。保護者は目の前の成績にとらわれない忍耐力も求められる。地域と連携した実践的な取り組みなどで、子どものうちに学びの楽しさを実感することは、将来像を描く良いきっかけになるはず。自由な時間の過ごし方にこそ、個性を認めて伸ばすヒントが潜んでいるのかもしれない。

次回のテーマ「なくなる学校。地域はどうする?」
 次回のテーマは「なくなる学校。地域はどうする?」です。少子化が加速し、県内でも中山間地を中心に小中学校の統廃合が進んでいます。この年度末も多くの学校が閉校します。教育効果を考えると一定の児童生徒数が必要で、統廃合は避けられない流れという見方が強いですが、学校がなくなれば地域が衰退するのではと懸念する声も聞かれます。地域住民の本音と葛藤を取材し、地域コミュニティーを維持するために何が必要なのか、学校と地域の関係を含めて考えます。(テーマは変更する場合があります)

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