文芸賞短篇部門受賞 西野冬器さん(静岡県出身) 「絶対にない世界観を」

 第60回文芸賞(河出書房新社主催)の「短篇部門」に静岡県の西野冬器さん(16)=在住地、在校名非公表=の「子宮の夢」が選ばれた。「短篇部門」は雑誌「文芸」が創刊90周年を記念し、1年限りの企画として募集。4176作の応募があった。選考委員の一人の作家松田青子さんは選評で「候補作の中で最も表現の冒険を行っている」とたたえた。

第60回文芸賞(河出書房新社主催)の「短篇部門」に選ばれた西野冬器さん(右から2人目)=13日、東京都港区の明治記念館
第60回文芸賞(河出書房新社主催)の「短篇部門」に選ばれた西野冬器さん(右から2人目)=13日、東京都港区の明治記念館

 西野さんは中学時代に小説を書き始めた。高校1年の年末に完成させた「子宮の夢」が、大きな成果を得た。「自分の書いたものが人に読まれているという感触を味わうのは初めて」と実感を口にする。
 作品は、女たちが子宮を投げ合う奇想的な場面で始まる。語り手の体から引っ張り出された「時間」との対話が始まり、いつしか夢の中で赤に彩られた世界にはまり込んでいく。
 幕開けのイメージは仏哲学者シモーヌ・ヴェイユの「重力と恩寵」の記述が端緒。鎮痛剤や頭痛薬で痛みをなくした臓器が軽くなって飛ぶ、という設定を思いついた。
 「絶対にない世界観にするために、最初にインパクトのあるものを入れたかった。自分の中から出て来た感覚を言葉にした」
 短編ながら表現の密度、強度は高い。オリジナリティー豊かな比喩をちりばめながら、五つの世界を漂う。登場人物のクイア(非異性愛)的な感性が描写の美しさを増幅させる。ルー・リードやクリステン・スチュワートら、音楽や映画のスターの名が修辞的に用いられ、「小道具」としての機能を果たす。
 「恋人がいないクイアを描きたくて。同性のパートナーがいたり、同性に『好きだ』と言ったりする場面をあえて作らず、クイアアイコン(記号、偶像)を登場させることで、主人公がクイアであることを示したかった」
 小説執筆の源流には豊富な読書経験がある。
 「小学生の頃は朝井リョウの作品が好きだった。中学生になって近代文学に接するようになり、川端康成や梶井基次郎を読んでめちゃくちゃ感動した。朝井の小説を読んでいた頃は『こういうものは絶対に書けない』と感じていたが、梶井らは周囲の描写、文章の細かさで小説を成り立たせている。自分にも書けるんじゃないかと思った」
 自宅のパソコンで創作に励む。これまでに六つの作品を完成させた。
 「あまり考え込んだりはしない。歩いている時に思いついた文章を打ち込むだけ。小説は(短歌や俳句より)物事を詳細に描けるのが好き。中2の時にまとまったものを書いてから、やめられない。(文章が)浮かんじゃうから」
 (教育文化部・橋爪充)

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