コロナ感染者の葬儀 厳しいままの指針「お別れ」阻む【NEXTラボ】

 重症化率や死亡率が季節性インフルエンザ以下になった新型コロナウイルス感染症だが、今もなお、感染して亡くなった人の遺体は「納体袋」に入れられ荼毘[だび]に付されている。国が2年以上前に作成した葬儀等に関する指針が見直されていないからだ。指針は、臨終から火葬に関わる業務継続のために、関係者に慎重な感染対策を求める内容。「遺体からは感染しない」(複数の医師)にもかかわらず、葬儀社は火葬まで家族との接触を最小限にとどめているのが実情だ。葬儀社や遺族、病院関係者からは疑問の声が上がる。

新型コロナに感染し、亡くなった人の遺体を収める「納体袋」を手にする飯野哲哉社長(左)と鈴木幸さん=9月上旬、松崎町
新型コロナに感染し、亡くなった人の遺体を収める「納体袋」を手にする飯野哲哉社長(左)と鈴木幸さん=9月上旬、松崎町
新型コロナ病棟の病室を案内する副看護師長の永田優さん(中)ら。家族はマスクを着ければ患者と面会できる=9月上旬、静岡市立静岡病院
新型コロナ病棟の病室を案内する副看護師長の永田優さん(中)ら。家族はマスクを着ければ患者と面会できる=9月上旬、静岡市立静岡病院
新型コロナに感染し、亡くなった人の遺体を収める「納体袋」を手にする飯野哲哉社長(左)と鈴木幸さん=9月上旬、松崎町
新型コロナ病棟の病室を案内する副看護師長の永田優さん(中)ら。家族はマスクを着ければ患者と面会できる=9月上旬、静岡市立静岡病院


家族の接触、最小限 葬儀社 もどかしさ

 「25年以上、年100件前後の葬儀を扱ってきたが、ご遺体を袋に入れるのは、腐敗を伴う警察案件以外で初めてだった」。松崎町で葬儀社を営む飯野哲哉社長(48)は今年、コロナに感染し、亡くなった故人の葬儀を担当した。防護服を着た搬送業者が、納体袋ごとひつぎに入れられた遺体を病院から火葬場へ運んだ。
 納体袋は透明だが、遺体の体温や冷却剤の影響で曇り、表情はうかがいづらい。荼毘に付された後で遺族は火葬場へ入り、骨を拾った。「2020年の流行初期、テレビで志村けんさんや岡江久美子さんがお骨になって帰宅した映像を見た。収骨ができるようになっただけで、当時とほとんど変わっていないと感じた」
 同町では、通夜の後に火葬して葬儀を行うのが一般的。病院や施設で亡くなっても、遺体はいったん自宅の布団に寝かせる。家族立ち会いの下でひつぎに収め、葬儀社へ運んで通夜を行い、再び自宅に戻る。出棺までに親族や近隣住民が入れ代わり立ち代わり訪れ、思い出の品や花を手向ける。「故人を前に遺族らが『表情がにこやかになった気がする』『なんかちょっと笑ってない?』などと言葉を交わす時間こそ大切」(飯野社長)。通常の通夜や葬儀は、コロナ禍で参列者数は減ったものの、自宅で見送る光景は変わらない。
 同社社員の鈴木幸さん(41)は昨年、介護施設で暮らしていた旧知の隣人を亡くした。偶然その死を耳にしたのは、通夜も葬儀も行われないまま骨になった後。施設でコロナに感染したと聞いた。「80年、90年と地域で生きてきた方が、知らないうちにいなくなる。家族だけでなく近しい人にとっても、あまりにむごい」


遺族 苦しさと憤り、癒えず「母の尊厳がないがしろ」

 母の遺体を病院から火葬場へ運んだ搬送業者は、ゴーグルにマスク、手袋、防護服と完全防備のいでたちで、隙間なく目張りされたひつぎを携えていた。「その姿を見たとき、すごく苦しかった。母の尊厳がないがしろにされているようで」
 県東部の60代女性は昨年、90代の母を亡くした。前月まで元気だったが、転倒して骨折し入院。容体が悪化し、かかりつけ医のいる病院に転院した。院内でコロナに感染し、息を引き取った。
 院内の霊安室を訪ねた。主治医は「遺体からうつることはない」と言ったが、母にはすっぽりと、プラスチック製の透明なカバーがかぶせてあり、触れられなかった。
 次に母のひつぎと対面したのは火葬場。「孫たちはばあちゃんの顔を見ていない。焼く前に見せて」。娘とひつぎに近寄ろうとしたが、「目張りをしてあるから」と職員に遮られた。家族で収骨はできたが、その後も娘は「ばあちゃんが亡くなったのは信じられない」と口にする。
 「母を1人で逝かせてしまった。自宅に帰らせることも、みんなで見送ることもできなかった」。1年以上たっても、当時の苦しさと憤りは癒えない。


防護服、ガラス越しの対面 医師「遺体から感染せず」

 県内の市町や新型コロナ専用病床を持つ病院によると、患者の死の前後、家族は防護服を着て対面したり、ガラス越しで面会したりする。亡きがらは納体袋とひつぎに入れられ、病院や施設から火葬場に直接送られるケースが多い。一方、複数の医師は「遺体から感染するとは現実的に考えられない」と指摘し、納体袋をはじめとする特別な対策の必要性を否定する。
 国の指針は「遺体からは呼吸やせきによる飛沫[ひまつ]感染の恐れはないので、接触感染に注意することとなる」と明記した上で、納体袋への収容を推奨する。しかし米疾病対策センター(CDC)は2021年、「環境表面(人の皮膚や物の表面)を介して感染する確率は、全ての感染機会の1万分の1未満」と発表。ウイルスの付いた手指で顔の粘膜を触って感染する「接触感染」はほとんど起きないとの認識が世界に広がった。
 浜松医療センターの矢野邦夫感染症管理特別顧問は「遺体を触っても手指を消毒すれば感染しない。体液がわずかに漏れることはあるが、体液に触れたとしても、せっけんで手を洗えば感染の心配はない」として速やかな指針改訂を訴える。
 県内の病院管理者の一人は「死者の尊厳を守るために、葬儀社が普通の遺体と同様に扱えるようにしてほしい」と望む。別の病院の職員は「倫理面で問題があるだけでなく、いまだに葬儀社が遺体の引き取りを嫌がるケースがあり、調整に時間がかかる。指針の見直しを待っている」と話した。


静岡病院は納体袋に入れず 葬儀社は対応分かれる

 静岡市立静岡病院は今春から、新型コロナ患者の遺体を「特別な感染対策は不要」と記した説明文を添えた上で、納体袋に入れずに葬儀社に引き渡している。「遺体からは感染しない。普通の葬儀をしていい」と示す意図だが、国の指針があるため葬儀社側の対応は分かれている。
 ある葬儀社は、同病院職員に依頼して遺体を納体袋とひつぎに入れてもらい、一時預かった後に火葬場へ送り、遺族立ち会いの下で荼毘に付す。別の社は、医師の判断に従いたいとして一般の遺体と同様に扱い、葬儀も行う。
 静岡病院では、主治医の判断の下、臨終の前後に家族がマスクを着けて面会することを認めている。同病棟の副看護師長で、30人以上をみとった永田優さん(42)によると、患者が亡くなった後、家族は素手で顔や手、腕をさすりながら「大変だったね」などと声を掛ける。「間近で別れを告げた家族は、穏やかな顔つきになる。大切な人の死を受け止める一歩」。永田さんは全ての遺族がその一歩を得られるよう、指針の改訂を望んでいる。

 <メモ>「新型コロナ感染症により亡くなられた方およびその疑いがある方の処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドライン(指針)」は厚生労働省と経済産業省が2020年7月29日付で第1版を公開。現在まで改訂していない。遺体は防護服を着たスタッフが非透過性の納体袋に入れるよう推奨。袋に破損がなければ特別な感染対策は不要としている。遺族や関係者が会する際には一般的な感染対策を行うよう求めている。全国知事会は今年9月1日にまとめた新型コロナ対策に関する政府への緊急提言に「納体袋の必要性など最新の知見を踏まえて再検討し、ガイドラインの改訂を行うこと」との文言を盛り込んだ。

 新型コロナ感染者の死因 静岡県内で4月1日~9月1日に死亡が公表された288人について、各保健所が各医療機関に聞き取った。回答を得た282人分のうち、「コロナが主たる死因」は111人(39.4%)、「コロナは主たる死因でない」は143人(50.7%)、「分からない」は28人(9.9%)。複数の医師によると「コロナは主たる死因でない」人の死因は、老衰や、コロナとは関係ない誤嚥[ごえん]性肺炎など。たとえ交通事故で死亡したとしても、検査結果が陽性であれば、コロナの死亡者として計上される。

あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞