科学的議論に限界 着工是非 誰がどう判断【大井川とリニア 第8章 流域の理解は得られるか⑤完】

 リニア中央新幹線南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題は、県や国土交通省が設置した会議で専門家による科学的議論が長期化し、問題の出口が見えない状況が続く。JR東海による岐阜県や長野県の別のトンネル工事では崩落事故が相次いだ。科学的議論を尽くしてもトンネル工事の不確実性を踏まえれば、中下流域の水への影響を完全に予測できず、事前に影響がゼロと言い切れないというのが識者の大方の見方だ。

着工までに想定される主な手続き
着工までに想定される主な手続き

 県有識者会議の専門部会長を務める森下祐一静岡大客員教授は取材に、シミュレーションと現実の違いを指摘し、科学の限界を認める。シミュレーションを現実に近づけるため、流量や地下水位を継続的に計測する重要性を説き、県、JR、学識者らによる組織の設置を提案する。ただ、計測を進めても影響を回避する対策にはならないとする。
 政治や行政に詳しい県立大の前山亮吉教授は「有識者会議はデータなど判断材料の提供機関でしかない。合理的なデータが整った段階で、妥協して工事を容認するのか、しないのか政治的決断が必要になる」と話す。
 では、決断する仕組みはどうなっているのか。県は環境影響評価や河川法など関連法令の手続きを記したチャート図「着工までの主な流れ」を公表している。それによると、最終的には県と流域10市町、11の利水団体がJRと合意文書を交わすことになる。ただ、利水者は水量と水質の現状維持を強く希望し、妥協は容易ではない。
 流域の理解を得られず、着工できない場合はどうなるか。全国新幹線鉄道整備法によると、ルート変更を判断するのは事業者で、JR東海はリニアのルート変更に否定的だ。リニアは民間事業なので国土交通省の方針だけでルートを変えられない。前山教授は「誰が最終判断するか分からない仕組みで、責任主体の不明確さが事態の混迷をもたらしている」とみる。
 JR東海の金子慎社長と流域市町長による9月の意見交換会は、JRが流域の理解を得る前触れという見方があった。しかし、流域側のまとめ役の染谷絹代島田市長は取材に「意見交換会で説明したから、地元の理解を得たとJRが言うのは駄目だ。(JRと対話する)順番は県が先になる」と話している。
 東京電機大の寿楽浩太教授(科学技術社会学)は「(大井川の水問題は)既に社会的な紛争の状態にある。地元への謝罪や補償も視野に、解決のための妥協案を模索するしかないのでは」とJRの経営判断や政治問題だという認識を示す。「本来はリニアのルートが決まらない段階で大井川への影響を検討し、合意を得るべきだった」と指摘した。
 (「大井川とリニア」取材班)

 <メモ>大井川流域10市町と県 国土交通相は2014年の事業認可時に「地域の理解と協力を得ること」を着工の条件とした。これに基づいて国交省鉄道局は大井川の水問題を巡っては、流域10市町(島田、焼津、掛川、藤枝、袋井、御前崎、菊川、牧之原、吉田、川根本町)の理解が着工の前提条件になるとしている。大井川直下のトンネル掘削に必要な河川法の許可や開発行為に必要な条例の権限は県にある。

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