視標「処理水放出」 実施は中止すべきだ 東電が長期保管を 京都大複合原子力科学研究所研究員 今中哲二

 政府は廃炉と福島の復興を進めるためとして、東京電力福島第1原発の処理水を24日に海洋放出する方針を決めた。本当に放出に問題はないのか、説明は尽くされたのか、懸念と不安は募る。今回の決定について、2人の識者が論じた。

今中哲二・京都大複合原子力科学研究所研究員
今中哲二・京都大複合原子力科学研究所研究員

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 岸田文雄首相は関係閣僚会議を開き、東京電力福島第1原発にたまり続ける放射性廃水、いわゆる「多核種除去設備(ALPS)処理水」を24日に海に放出する方針を決めた。そのままでは法令に基づく放出基準濃度を超えているので海水で希釈する。
 「廃炉と復興を進めるため」だそうだが、薄めても放射性物質がなくなるわけではない。漁業者をはじめとする多くの団体や地元議会の反対は無視された。
 2015年、度重なる汚染水漏れを心配して提出された福島県漁業協同組合連合会の要望書に対して政府・東電は、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないと文書で回答している。
 しかし、岸田首相は「漁業者との信頼は深まっている」と言う。「風評被害対策をしっかりやります」と言われると、かつて「最後は金目でしょ」とうそぶいた大臣を思い出す。
 海洋放出の話が出た当初から私は「第1原発からこれ以上余計な放射性物質を環境に放出すべきではない。放射性廃水は大きなタンクで貯留するか固化するかして、東電の責任で長期保管すべきだ」と言ってきた。
 これ以上タンクを設置する場所がないというのであれば、約10キロ離れた場所に廃炉が決まった福島第2原発がある。ALPSで除去できないトリチウムの半減期は12年なので、その10倍の120年たてば放射能の強さは千分の1に減衰し、もう120年たてば100万分の1になって自然界レベルと同じになる。
 第1原発は東電が最初に建設した原発で、1号機の設計・施工は米国のゼネラル・エレクトリックが受注、1971年に運転を開始した。高さ30~40メートルの崖を削って原子炉や建屋を設置したが、阿武隈山地からの地下水が流れてくる砂層があり、建設当時から水に悩まされた。
 福島事故で1~3号機の三つの原子炉がメルトダウンを起こし、溶融燃料で原子炉容器の底が抜け、燃料デブリが格納容器の底に堆積した。原発事故が厄介なのは、デブリが発熱を続けていることだ。この熱を冷却するため、今でも各原子炉で大量の注水が続けられている。
 デブリに触れて汚染された水は、壊れた格納容器から建屋の地下に流れ込み、外から入ってきた地下水と合流して汚染水となる。汚染水はポンプでくみ上げて地上タンクに保管されてきた。
 原発の汚染水漏れについて「アンダーコントロールだ」と、当時の安倍晋三首相が五輪招致の会議で演説した13年ごろ、汚染水の総量は約30万立方メートルで、毎日400立方メートル増えていた。「氷の壁で地下水をシャットダウン」という触れ込みの凍土壁が完成したのは18年だったが、汚染水の増加が半分になった程度で、いまでは氷のスダレと皮肉られている。
 第1原発で保管する放射性廃水量は現在約134万立方メートルで、タンクの残りの容量は3万立方メートルだそうだ。だが、第1原発敷地内でもタンクの増設はまだまだ可能だ。
 政府・東電がやるべきは、まずは海洋放出を中止して関係者の意見を聞き、同時に地下水の流入を防ぐ頑丈な遮水壁を、壊れた原子炉の周りに設置して根本的な流入防止対策を進めることだ。
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 いまなか・てつじ 1950年、広島県生まれ。原子力工学が専門。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の被害調査や福島原発事故の実態調査などに取り組む。

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