袴田さん再審 死刑の根幹「捏造」衝撃 審理長期化、制度に課題【表層深層】

 1966年の静岡一家殺害事件で袴田巌さん(87)の再審開始を認めた13日の東京高裁決定は死刑判決の根幹だった「5点の衣類」について、捜査機関による証拠捏造の疑いを強く示唆し、検察に衝撃が広がった。第2次請求は科学鑑定が中心となり、高齢となった袴田さんの体調などをよそに15年近く長期化。検察による抗告や不十分な証拠開示が原因とされ、再審制度の課題も浮かぶ。

袴田巌さんの勤務先で「犯行着衣」とされる「5点の衣類」が見つかったみそ工場(支援団体の山崎俊樹さん提供)
袴田巌さんの勤務先で「犯行着衣」とされる「5点の衣類」が見つかったみそ工場(支援団体の山崎俊樹さん提供)
「5点の衣類」が見つかったみそタンク(支援団体の山崎俊樹さん提供)
「5点の衣類」が見つかったみそタンク(支援団体の山崎俊樹さん提供)
13日午後、支援者の運転する車で散歩に出かけた袴田巌さん=浜松市(代表撮影)
13日午後、支援者の運転する車で散歩に出かけた袴田巌さん=浜松市(代表撮影)
袴田巌さんの勤務先で「犯行着衣」とされる「5点の衣類」が見つかったみそ工場(支援団体の山崎俊樹さん提供)
「5点の衣類」が見つかったみそタンク(支援団体の山崎俊樹さん提供)
13日午後、支援者の運転する車で散歩に出かけた袴田巌さん=浜松市(代表撮影)

 ▽前提
 「巌さんに早く無罪の声を聞かせてあげることが不可欠だ」。決定後、弁護団の小川秀世事務局長は力を込めた。一方で検察関係者は「相当厳しい判断だ。血痕の赤みだけで再審開始になるとは…」とうなだれた。
 ステテコなど「5点の衣類」は事件から約1年2カ月後の67年8月末、袴田さんの勤務先だったみそ工場のタンク内の底から3・5センチの場所で見つかった。確定判決は、犯行後に袴田さんがタンクに隠したと認定。4トン以上のみその原料が仕込まれた66年7月20日以前に入れたとした。袴田さんの逮捕は同8月18日。確定判決は衣類が1年以上、みそに漬かっていたのが前提だった。
 弁護側や支援団体は2000年ごろからみそ漬け実験を実施。みその種類などさまざまな条件でも「1カ月もたつと血痕の赤みは消える」との結果に。再審開始を認めた14年の静岡地裁決定も、赤みが残るのは不自然だと判断していた。
 ▽宿題
 「教科書レベルの知識でも血痕の赤みが消えるのは明らか。百点満点だ」。弁護側が鑑定を依頼した旭川医科大の奥田勝博助教は13日の高裁決定を高く評価した。血液がみその弱酸性と高い塩分濃度に触れると細胞膜が破れ、流れ出た赤色のヘモグロビンがみそと混ざるとさまざまな色の物質が生じ、結果、黒色化する―。決定は、奥田助教らが示した血痕変色のメカニズムによって「赤みの消失は合理的に推測できる」とした。
 検察側は楽観的な見方もあった。08年からの第2次請求で当初中心的な争点だったのはDNA型鑑定だったからだ。14年の静岡地裁決定は再審開始の根拠としたが、検察側は即時抗告。その後、東京高裁と最高裁は相次ぎ弁護側の主張を否定し、「勝負はついている」と語る検察幹部もいた。
 再審開始を導いたのは、20年の最高裁決定で最後の「宿題」とされた血痕の赤みだった。
 ▽汚名
 「検察の抗告は必要がないばかりか冤罪救済を遅らせる。司法に対する不信につながっているのが現状で、諸外国の法制を見ても明確に廃止すべきだ」。袴田さんに再審開始決定を出した静岡地裁で裁判長を務めた村山浩昭弁護士は断言する。
 日弁連は検察側の抗告禁止を含む刑事訴訟法上の再審制度の改正を求めてきた。第2次再審請求では検察側は違法捜査をうかがわせる取り調べの録音テープや、衣類のカラー写真のネガフィルムなど600点に及ぶ証拠を初めて開示し、検察側の姿勢も問題化。検察が手持ち証拠を開示するかどうかが再審の可否を左右するのは過去の冤罪事件とも共通の構図だ。
 元裁判官の森炎弁護士は今回の高裁決定について「極めて手の込んだ有罪化のための偽装工作があったことを認めて再審開始とした。袴田さんは長期にわたり汚名を着せられている。審理の短期化が重要だ」と話した。

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