経済団体祝賀会 前のめりの「官製春闘」 大企業呼応、中小蚊帳の外
岸田文雄首相が、今春闘で物価高を超える賃上げの実現を経済界に強く求めた。好業績の大企業は呼応する姿勢だが、原材料や電気代の値上がりに苦しむ中小企業は「官製春闘」の蚊帳の外となりかねない。支持率が低迷する首相は今春闘を正念場とみて、オールジャパンで賃金上昇の流れをつくろうと前のめりだが、労働組合からは政権のパフォーマンスだとの冷めた声も上がる。
生命線
「日本全体の賃上げを引っ張るのは、ここにいる企業の皆さんです」。5日の祝賀会であいさつに立った首相は声を張り上げ、居並ぶ主要企業のトップを持ち上げた。
賃上げは首相が唱える「新しい資本主義」の中核で、今春闘で成果を上げることは低支持率に苦しむ政権を浮揚させる上で生命線だ。円安などによる輸入コスト高騰で、消費者物価の上昇率は昨年11月に3・7%と40年ぶりの水準に達し、政府の物価高対策も一時しのぎの域を出ない。賃上げが伴わなければ、首相が期待する「成長と分配の好循環」もかけ声倒れになるとの危機感がある。
祝賀会に出席した経営者も前向きな姿勢をアピールする。サントリーホールディングスの新浪剛史社長は賃上げ率が「6%を超えるレベルにしたい」と話し、三井不動産の菰田正信社長も「第一歩を踏み出すことが大事だ。これまでの賃上げレベルとは違う水準にしたい」と強調。賃上げが「今年なのか、もっと先なのかは何とも言えない」(日本航空の赤坂祐二社長)との慎重な声もあるが、一部にとどまる。
背景には、企業によるコストの価格転嫁が一定程度進んでいることがある。2021年度の企業の内部留保は500兆円を超え、利益ため込みとの批判もある中で姿勢を転換させつつある。ホンダの三部敏宏社長は「昔は経営状況が良くなったら賃上げという方向だったが、どっちが先ということでもない」と積極的に賃上げする構えを見せた。
パフォーマンス
一方で労働組合の関係者の間には、首相による春闘での賃上げ要請は「パフォーマンスに過ぎないのでは」などと冷ややかな見方も少なくない。製造業の産業別労組の幹部は「(政府が賃上げを呼びかける)『官製春闘』になって長いことたつが、効果が出なかったのは明らか。賃上げを後押ししてくれるのは政府よりも物価高だ」と突き放した。
新型コロナウイルス禍の影響が根強く残る鉄道業界の労組関係者は「経営状況は厳しい。賃上げムードをつくるのは悪いことではないが、会社は政府が言うくらいでは動かない」と、しらけ顔。企業への声かけに終わるのではなく、賃上げに動かざるを得ないような具体的な方策を取ってほしいと強調した。
格差
中小企業の町工場が集積する大阪府東大阪市。自動車用アルミを手がける夏山金属工業は昨年、操業にかかる電力費が年150万~200万円も上昇した。「業績が悪く、例年通りの定期昇給しかできない」(幹部)として、賃金の底上げに当たるベースアップには踏み込めないと説明する。
こうした大企業と中小企業の景況感の格差に加え、賃上げに逆風となりかねないのが欧米の急速な利上げによる景気後退懸念だ。経団連の十倉雅和会長も5日の記者会見で「世界経済に日本は左右される。慎重に見ていかなければならない」と警戒感を示した。